奪う
第7話
「すまない」
眞野は、咲来が差し出したケーキ箱を見て、申し訳なさそうに言った。
「甘いものは食べられないんだ」
「そしたら」
咲来は引き下がらなかった。
「ご家族の方に。金曜日は、私のせいで先生の帰りが遅くなっちゃって、ご迷惑をおかけしたので。この部屋、冷蔵庫ありますか?」
「ああ、あるけど……」
眞野がチラッと振り向いた先に小型冷蔵庫を見つけて、咲来はその中にケーキ箱をしまった。
「シュークリームが二つ入ってます。賞味期限、明日です。忘れないで持って帰ってくださいね」
咲来に念押しされて、眞野は困ったようにこめかみを掻いた。
「忘れそうだな」
「じゃあ、ちょっと待っててください」
咲来は、研究室に戻ってピンク色のポストイットとボールペンを持ってくると、
『シュークリーム、忘れずに持って帰ってくださいね! 大政咲来』
と書いて眞野に渡した。
「これを、帰る時に絶対に目に入るところに、貼っておいてください」
「分かった」
眞野は、少し迷った後、それをノートパソコンに繋いだモニターの右下に貼り付けた。
それを見て、咲来はとても満足して眞野の元を後にした。
咲来の計画通りだった。
眞野がシュークリームをその場で食べるようだったら、一緒に呼ばれるつもりだった。そのために、敢えておやつ時に持ってきたのだ。
後で食べると言われたら、食べる時に呼んでください、と言うつもりだった。
持って帰るとか甘いものがダメと言われたら、今みたいに家族で食べてほしいと伝えるつもりだった。
ポストイットを渡すことも計算の内だった。ポストイットを見る度に自分のことを思い出してもらえることを期待した。
パソコン作業が中心の眞野が、モニターという一番見るところにポストイットを貼ったから、咲来はとても満足したのだった。
咲来には、眞野とどうこうなる気はなかった。
ただ、肩身の狭い研究室生活の中に、ほんの少しの癒しと刺激を求めただけだった。
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