第5話
眞野の車は、ペーパードライバーの咲来が見てもファミリーカーだと分かるくらい、典型的な四角い形をしていた。
咲来が伝えた住所をカーナビに登録すると、眞野は車をゆっくりと発進させた。
「今日は内定式だったのか」
話しかけられて運転席の方に顔を向けた咲来は、眞野の左手薬指に指輪がはまっているのに気づいた。眞野に関心がなさすぎて、今まで気に留めていなかった。
「未来の同期と飲みにでも行ったか」
続けて訊いてくる眞野に、自分は飲んでいないという断りを入れながら咲来が肯定すると、眞野は口元に微かな笑みを浮かべた。
彼のそんな柔らかい顔を、咲来は見たことがなかった。
「今日の投与くらい、他の奴に頼めなかったのか」
眞野はさらに問いを発した。
研究の話以外はしない人間だと思っていた咲来は、その親しみやすさを意外に感じた。
「前から思ってたんだが、君は一人で抱えこみすぎだ」
赤信号で車を停めて、眞野は咲来の方をちらりと見た。
「院に進まないことに負い目でも感じているのか」
図星を指されて、咲来は小さく頷いた。
「心苦しくて……」
咲来はそう呟いた。
「私、最初は院に進学するつもりで、ラボに入る時も、そう言って取ってもらったのに、入った後になって院に行かないことにしたから……」
咲来の所属するラボは、大学院に進まない人を取らない方針にしている。学部までで出て行かれてしまうと、実質一年間しか研究できなくて、中途半端になってしまうからだ。
だから、ラボの中で院に進まないのは咲来だけだ。教授はそんな咲来をあからさまに疎んじている。
「そんな風に申し訳なさそうにするから、他の奴がつけあがるんだ」
眞野が車を発進させながら言った。
「もっと堂々としていろ。君のこの半年あまりの貢献は、正直、他の学生と比べ物にならないと思っている。就職活動もしながらこれだけの成果を出すのは大変だっただろ」
それは、咲来にとって思いがけない言葉だった。眞野が自分のことを評価しているとは、全く思っていなかった。
街灯が流れていく窓を眺めながら、咲来は泣きそうになった。
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