第4話

咲来が重い足取りで准教授の居室に行った時、すでに日付が変わっていた。

 もう帰っているのではないか、という淡い期待は、ドアのすりガラスから漏れる明かりによって打ち砕かれた。


「終わったか」

 ノックをした咲来に入るよう促した眞野は、ノートパソコンを閉じて問いかけた。

「はい。あの、さっきはすみませんでした」

「いや、俺の方こそすまなかった。考え事をしていて、前を見ていなかった」

 怒られるものだと思っていた咲来は、少し拍子抜けした。

「帰るんだろ?君は実家暮らしだったな。駅まで送って行こう。終電はあるのか」

 眞野は帰り支度を進めながらそう尋ねた。

 そのために待っていてくれたのだと気づいて、咲来は恐縮した。

「あ、しゅ、終電はもうないので、あの、自転車で帰るので、あの、すみません」

「自転車?家までどのくらいかかるんだ」

「30分もあれば、帰れます」

 大きなため息をつかれて、咲来は震え上がった。

「すみませーー」

「車で送っていこう」

 鞄を手に立ち上がった眞野の申し出に、咲来は顔と両手をぶんぶんと振った。

「いいです。そんな、いいです」

「こんな時間に若い女を一人で帰せるはずがないだろう」

「いえ、そんな、私は大丈夫ですから」


 すると、眞野は突然、咲来の手首を掴んで壁に押しつけた。

「俺のことを振り切れたら、一人で帰してやる」

 頭ひとつ分背が高くて、がっしりとした身体つきの男に押さえつけられて、咲来は本能的に恐怖を覚えた。


 その状態で数秒間対峙した後、眞野は不意に力を抜いた。

「そんな怯えた顔をするくらいなら最初からおとなしく送らせろ。余計な手間をかけさせるな」

 咲来が落としたビジネスバッグを拾い上げると、何事もなかったようにドアに向かった。

 その後ろ姿を見ながら、咲来は胸の高まりを感じている自分に気づいた。

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