第11話 この世界は小さかった

 もう飛竜程度では驚かなくなった自分に驚く自分がいるような気がする。


 王宮に呼ばれた理由というのは思い当たる節しかないので省略するが、非常に戸惑うものである。正装というものを持ち合わせないのだが、緊急時だからと作業着そのままで飛竜に乗せられてしまった。


「あの王様ってどんな方なんですか?」

「王はとても心の広い方です、緊張しなくても大丈夫ですよ。」

「そうなんですか……」


 確か子供の頃に先代の王が亡くなって、王様が変わるってことで演説かなんかを見にいった覚えがある、ほとんど記憶にないが。


「緊張しなくていいぞー。本当に優しい人だからな!けっこうなんでも許してくる!」

「あなたは王の優しさに甘えるのをやめなさい。」


 メルーラさんの感じからして王様が優しいというのは確かなのだろう。というかこんな強い人達のトップなんだからもしかして最強な戦士のなのかもしれない。


「しかし、呼ばれた理由はわからなくないんですが、私が行ってもなにをするんでしょう。」

「そうですね、目的は顔合わせみたいなものですかね。これからは嫌でも重要人物となるんです。形式だけでも謁見は必要です。」


 なるほど確かに。お荷物鍛冶師とはいえ使節団、国の代表なのだから王も何も知らずに派遣するわけにはいかないか。


「しかし、まさか人生で外国へ行くことになるとは思っていませんでした。」

「それは私もですよ、タロー様。国の中でもマーキル―家の人間くらいです。」

「冒険者の中にも外国を目指したやつはいるらしいぞ。結果は言わずもがなだけどな。」


 帰ってこなかったのか、帰られなかったのかは言わなかったがそういうことなのだろう。国に居てもたまに山の向こう側から何かの頭が見えたりする世界だ。

 それを専門として育てられた秀才が歴代のノウハウを持って初めて出来ること。目の前のメルーラさんもこんな態度だが国有数のエリートであることは間違いないのだ。


「あの、外国に行くってどんな感じなんですか?」

「別に、馬に乗ってひょいーだぞ?」


 うん、すごいエリートなのは間違えないのだ、すこし感覚派なだけで。


「皆様、そろそろご到着です。」


 兵士の報告を聞き飛竜の頭の向こう側を見る。いつもは見上げるだけの王城が初めてと同じ高さにある。


「なんだか、緊張してきたな。」

「大丈夫ですよ、基本的に話を聞くだけでしょうし、多少の無礼があっても正式な謁見とは違いますから。」

「はい。ありがとうございます。」


 できれば何も無礼なく終わらせたいのが本音なのだが、なるようになるだろう。


 飛竜が王城の塔の1つに着地する。


「さあタロー様、行きましょうか。」

「はい。」


 さて王城だ。そういえば前世を含めても、王城なんて初めてかもしれないな。




 王城は、広かった、というより複雑だった。攻め込まれた時のためだろうか?そんな知識をどこかで聞いた覚えがある。

 案内されたのは、会議室だった。てっきり玉座のある場所かと思って期待をしていたりしたがその期待はもう忘れていまっていた。


 これまで案内される廊下は王城というには殺気と苦労の顔に溢れていた。そしてこの扉、重厚で存在感のある大きな扉。この扉の先から重い空気を感じられる。小さな頃だったか、父がスランプになったと言ってイライラしているのを隠せていなかった、あの時のような雰囲気。


「(これは……本当に俺が入れるような空気なのだろうか)」

「ただいま戻りましたー!」


 そんな開くことを許されないような扉を、蹴破るかのように開けたのはメルーラさんだった。


「おい誰……メルーラか。ならいい。」


 この人マジでいつでもこんな感じなのか。アルトールさんが諦めてたぞ。


「メルーラさん、仮にも王の御前ですよ、もう少し礼儀を……」

「よい。メルーラはいつもの事だ。」


 父とは反対に一応注意しようとするメルーラさんを遮ったのは王様、アレウス王国現国王アレウス・リールスその人であった。


「メルーラはもういい、私も諦めている。彼女に忠義があることもわかっている。お前達は仕事に集中しておいてくれ。」

「「「「はっ。」」」」


 王の一言に止まった会議室はまたあわただしくなる。


「ケルカ、その彼が報告にあった職人だね。」

「はい、間違えありません。」

「よろしい、少し席を離れる。二人は仕事を手伝って上げてくれ。」

「わかりました。」

「はいよー。」


 席を立つ王様、顔はある程度の歳と伺えるがその立ち姿は若者にも劣らぬものを感じる。戦いに強い人には見えないが。


「タローだったね。君はついてきてくれたまえ。」

「えっ?あ、はい。わかりました。」


 呼び出しを食らってしまった。これなら不良に校舎裏呼び出しを食らう方が緊張しない。


「とりあえず、着いてきなさい。」

「はい。」


 言われるがままベランダに連れられてしまった。ベランダと言っても広くて国中が眺められる素晴らしい場所だ。


「緊張しなくてもいい、少しお話をするだけさ。」

「はい。」


 全然緊張する。とりあえず、武器の事を考えよう。

 護衛の人の武器は剣だ。鞘の中でもわかるほどとても上質な剣。おそらく人の首なんて痛みもなく切り落とせる。


「(余計に緊張してきた。)」


 愚かな思考をしてはしまったが、無礼を働いた光景を想像する。終わったな。両親よ、ありがとう。


「君の父は、確かジローだったね。」

「え?ご存知でしたか。」

「国民の名前くらい知ってるさ。」


 そんなわけあるか。父さんがけっこうすごかったんだな。家で修行をしてた身だから、あまり親の評判を聞く機会なんてなかった。


「親子で優秀な鍛冶師とは、国を管理するものといては頭が上がらないものだよ。」

「いえいえ、そんな。」


 妙に腰の低い人だ。地位だけで言えばこの国のトップなのに。


「謙遜しなくてもいいよ。現に君は龍に選ばれたんだ。」

「……それは、まあ偶然ですよ。」

「偶然?龍は君の技術を見て、褒めていたと聞くよ。」


 それはそうなんだが、あまり嬉しくない。


「嫌だったかな?」

「それはもちろん。望みはしてないですから。」


 こんな人類の破滅の危機の中心なんて願い下げである。


「それも仕方ないさ。みんな逃げられないものはある。」

「それは……そうですが。」

「現に私も逃げられなくなっている。」


 それを言われると何も言えなくなるのだが。


「はは、少しいじわるだったね。忘れてくれ。」

「はぁ。」


 この王様、妙に自然と笑う。緊張感がないというか威圧感がなのか、関わりやすいという感じ。


「でも、君には先がある。」

「先ですか?」

「ああ、逃げられないが終わりじゃない。龍を倒せばその後がある。」


 それはそうなのだが、その終わりは来るのだろうか。むしろそうならない可能性の方が高いんじゃないだろうか。


「あんまり、そんな顔をするんじゃないよ。あまり暗く考えてしまうと現実になってしまうよ。」

「え?ああ、すみません。」


 そんなに顔に出ていたのだろうか。いや王様なのだからそのくらい手に取るようにわかるのだろうか。


「魔法みたいだろう?生まれてずっと沢山人と話してきたからね。」

「えっと、はい。驚きました。」


 また笑顔、もしかして落ち着かせようとしてくれているのだろうか。


「あの、王様は龍を倒したらどうするんですか?」

「私か?」


 初めて笑顔以外の表情を見せたような気がする。驚いているんだろう。

 

「ええ、龍を倒した後は王様にもあるでしょう?」

「ああ、たしかにそうだったね。」


 余計な事を聞いただろうか。親しみやすくてついつい話題を振ってしまった。


「私は王をやるだけさ。死ぬまで変わらない。」

「えっと、やりたいことは?」

「そんなの王にはないさ。」


 それはまるで王以外の個人がないような言い方だ。


「……考えていることはわかるよ。でもそういうものなんだ。」

「そういうもの?」

「君ならいいだろう。私にそこまで踏み入れる人もいないし、話して損もないだろう。」

「はい?」


 何か雰囲気が変わる。まるで別人なのかと錯覚するほどの表情だ。


「私はね、昔冒険をしたかったんだ。」


 それは、まあ子供によくある夢だろう。


「でもね、王を継ぐものがそんな危険なことできるわけない。なら魔法を勉強したかった。ダメだった。その知識は必要だが他の学びもある。私は専門家にはなれない。王は理知的で友好的で、信頼される存在にならなくてはならない。」

「それは……そうなんでしょうね。」

「ああ。この国は個人が持つ力の大きさが桁違いだ。貴族に対抗できる手段は王家にあるが、全員で来られたら間違いなく無理だろう。ではどうするか、簡単さ。裏切られないようにするんだ。」

「えっ?」


 言ってることは間違いない。だがそれはかなり実現性がないと考えるのが普通だ。


「可笑しいだろう?だが人同士の争いのほとんどは、何かの革命の時だ。それは王の座が揺れることもある。だから、私のご先祖様は考えたんだ。完璧な王を作る。魔法でもなく、ただの信頼だけで。」


 できるのか?そんなこと。可能ではあるがそんなの無理だ、前世では不可能と言ってよかった。


「まあ魔法なしに完璧な王は無理だったがそれに近いことはできた。現にこの国で内乱はこの数代で気配すらない。」


 確かにそれはそうだ。そんな話を聞いたことはない。


「現に君はさっき私に心を開きかけていた。」


 否定はできなかった。それに貴族の人たちも忠義というのに厚いように感じる。


「つまりはね、王も貴族も、この理不尽な世界で国を持続させるための機械。奴隷さ。」


 そんなことはない、とは言えない話だろう。


「だからこそ、私は今回のことを少し嬉しく思うんだ。」

「え?」

「だってそうだろう?みんなで神の如き存在と争う。国内以外の初めての争いだ。」


 それは嬉しいことなのだろうか?この世界に生まれ長くなるがその価値観はわからない。


「今まで求められてきたのは持続とすこしの改善だ。しかしこれからは進化、急速な発展がはじまる。嬉しいさ。」


 取り繕う様子もないにやけ面、ふと何かを理解できた気がする。この人にはこの世界が狭いのだろう、こんなにデカい世界なのに。


 前世の日本で言うなら王族よりも皇族か。自由なき王、私欲なく君臨する者。だから初めてのやれることが増えた今に心から喜んでいるのだろう。


「だから私はすべてをかけ頑張るよ。人生最後かもしれないからね。」

「なるほど。よくわかりました。」


 よくわかった、そら終われば自由の人間に大丈夫と声をかけられるはずだ。


「私からもいいかな?」

「はい?いいですよ」

「なぜ君はそれを疑問に思った?王はそうある、疑問にも思われないというのは王家の掟さ。この国に生まれそう思わないのは魔法に近い仕組みがある。なのに君は疑問を持った。まるでこの国以外を知っているようだね?」

「え!?」

「なんだ、当たりか?まあいい、忘れよう。君も今回のことは口外なしだ。これでも王族だけの秘密なんだ。」

「はい。いやでも兵士さんいますよ?」


 廊下の方に立つ兵士さんを指差す。流石に彼が王族には思えない。自分もなんだが。


「ん?あれかい?大丈夫だよ。」

「え?大丈夫。」

「ほら甲冑取って。」


 そういうと兵士はおもむろに顔に手をあて、兜を取る。そこには何もなかった。頭がなかったじゃない、中身全てがなかった。


「えぇぇ!?」

「言っただろ、貴族に対抗できる手段はあるって。」

「そうですが……」

「これも秘密だよ。話したのは……まあ私が完璧な王ではないからさ。」


 そこは完璧であってほしかったのだが。空っぽの兵士に見張られながら、とんでもない王様とのおしゃべりはまだ終わらなそうだ。

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