メルーラ・冒険の準備編
第10話 次の客、デカい女
大きな声と共に表れた女性は、タローが見上げるほどの身長、引き締まった体と短髪の赤髪に小麦色の肌。
一言で言ってしまえば目立つ女、そんな言葉の似合う人だった。
「いや聞いてはいたがでかいなお前!私はメルーラ!メルさんでいいぞ!」
笑顔で、背中をバシバシと叩きながら話してくるメルーラさん。というか痛い、この人手加減とか知らないのか。
「えっと、ご依頼でしたっけ。」
話しながら、逃げるようカウンターへと移動する。
「ん?おう!ちょっとばかし作ってもらいたいものがな。」
「はい、大丈夫ですよ。ちょうど、今は手が空いているので。」
「そうか!……いや、待て先に話をしよう。」
「え?」
「えっとな……何だっけんなー……」
頭を捻りながら何かを思い出そうとするメルーラさん。
「そうだ!まずお前に報告する必要があったんだ!」
「報告ですか?」
「ああ、貴族会議の方で色々決まってな!」
「え?貴族会議ですか?」
「ん?ああ、そうだぞ。知ってるだろ?貴族。」
それはもちろん知っているのだが、そもそもこの人貴族なのか。どちらかと言えば冒険者とかに見える。
「ケルカが来る予定だったんだがな、気になるから変わってもらったんだ。」
「なるほど……で決まったことというのは?」
「ん?そうだな、まず方針だ。お前、外国ってわかるか?」
「それはまあ、知識としては……」
この世界において外国とは関わることがない。簡単なことだ、馬鹿デカい魔物が闊歩するこの世界では、人類の生存圏は極端に狭い。
だから、すごく遠くに別の国があることを噂話のように知っているだけ。一般人にとっては国がこの世界の全てなのだ。
「その外国に協力を取り付けることになった。」
「協力というと、連絡は取れるんですか?」
「いや、魔法でなら取れん。ただ、西側に国があるのはわかっている。まずはそこだな。」
「そうなんですか。」
「ああ、私は行ったことあるが、あそこはこっちの国よりデカいぞ。」
「え?行ったことあるんですか?」
「ん?ああ、言ってなかったな。私は大貴族マーキル―家、与えられた仕事は国家間連絡。ようは国の伝書鳩さ。」
驚いた。彼女が大貴族なのもだが、それ以上に他の国と関わりがあったという事実が予想外だった。
「えっと、その国はなんという国なんですか。どんな国なんですか?」
「おっ、急に興味津々じゃねーか。答えてやる……と言いたいが、そんなに答えられることもないんだな。」
「どういうことでしょう?」
「なに、ブリッドって国なんだがな、閉鎖的なんだよ。なんでも教義?で部外者は入れないんだ。だから私も手紙渡したら、じゃあ帰れって追い払われるんだ。」
「なるほど……」
すこし残念だった。この世界に生まれて、一度は他の国を見たいという気持ちがあった。
「だが次はそうはいかねー。人類の危機だからな。」
「ですよね。でも協力してくれるでしょうか?その国は閉鎖的なんでしょう?」
「ああ、だがこの間の龍のデカい魔法をお前は見ただろう?あれを観測していない訳ない。あとそれだな。」
自分の右手を指差す。龍につけられた紋様だ。
「それは、人の手でできるものじゃない。そもそも魔力の質が違う。それを出せば、多少は信じられるだろう。」
「これそれほどのものだったんですか。……ん?というかこれを出すというのは?」
「あ!言ってなかったな!お前もブリッドへの使節団になったぞ!」
「は?」
言ってなかったで済まされないほどの報告を、ものすごく軽いノリで済まされた。
「どういうことなんですか?えっと、自分なにもできないんですけど?」
「別になにかできると思ってないさ。要は届け物がお前なのさ。」
「というか、もうそれは完全に決まっているんですか?」
「ああ、大体決まってるんじゃね?」
「いや、会議してきたんでしょう?」
「ん?ああ途中まではな?」
「途中ですか?」
「ああ、面倒くさくて抜けてきたんだ!」
輝かしいほど笑顔ではっきりと言うメルーラさん。この人本当に、貴族なのだろうか。
「えっと、抜けたんですか?」
「ああ、お前の話を聞いてな。気になってたら、先遣隊になるのが決まってな!じゃあ呼んでくるわって言って来たんだよ。」
ガキか!という言葉をそっと胸の内にしまっておく。
この人が来た理由はつまり、サボる理由が見つかったからだ。ヘラヘラしているが本当に貴族としての矜持とかないのかもしれない。
でも仕事はしっかりとこなしてそうな辺りは完全に不真面目でもないのだろう。
この国は貴族達の真面目さに関しては目を見張るものがある。不思議なほど悪い噂を聞くことがほぼない。悪徳貴族なんて1人くらいならいそうなものだが。
「まあ、いいじゃねーか。それにほら、そろそろ来たみたいだぞ。」
「え?」
なんのことかと思うと、なにか大きな音が聞こえてくる。というか音がだんだんと近づいてくているような気がする。
家が揺れている気もしてきた。そして、その音が限りなく店に近づいた時、ピタッと止まり扉をノックする音が聞こえる。
「あのタロー様いらしゃいますかー?」
「ほらな?」
「ほらなって、え、ケルカさん!?えっと、いますよ!」
扉が開く。いつも綺麗な長い髪が崩れているケルカさんがいた。
「どうもタロー様……ってメルーラさん、あなたここでなにをやっているんですか?」
「メルさんでいいといつも言ってるのに。」
「それはいいんですよ。話を逸らさないでください。」
「えぇー、まああれだ。下見と、あとが武器の依頼?」
「それは、会議よりも大事なことなんですか?」
「別に言われたことをするだけなんだから会議なんて関係ないだろー。」
「あなたは外国に関しては責任者ですよ。もっと責任感を持ってですね……」
「ああ、もういいよー。ここで説教はやめてくれ。」
大貴族同士がまるで親子のような会話をしている。その光景に口を出すこともできず立ちすくむ。
「タロー様申し訳ありません、ご迷惑をおかけして。えっと、この人からなにか聞きましたか?」
「えっと、外国に行くのと。僕がついていくことは。」
「それは……はぁ。まだ機密のはずなんですが……」
どうやら、先ほどの会話はかなりマズいものであったらしい。
「いいじゃねーか、そいつ連れていくのは確定みたいなもんだろう?」
「だからと言っていいとはなりません。あなた、本当に腕は一流なのにどうしてこんな問題児なんですかね。」
ケルカさんは頭を抱えていた。想像以上にメルーラという人物は破天荒なようだ。
「まあ、知ってしまったなら仕方ないです。私の方から詳しくお話しいたしましょう。」
「えっと……お願いします。」
ケルカさんは、メルーラさんに比べてかなり丁寧に説明をしてもらえた。
外国に行くのはほぼ決まりであるが、実際にどうなるかは不明である。
記録上はブリッドという国以外も存在するため協力的な国を探すことも視野に入れている。また強力な魔石探しなど他にやることも多い。
そして会議はまだ終わっていないので変更も多いだろうということ。
「という感じでして、この人の言ったことは一旦忘れてもらっていいです。」
「なるほど。そういうことでしたか。」
「別に私は噓ついてないぞ!」
「はいはい、そうですねー。」
もう完全に子供をあやす親のようになっている二人だが、おかげで多少は現状を理解することができた。
「とりあえず、国としては徹底的にやるという感じなんですね。」
「やるというよりやるしかない訳ですが、まあやれるだけやる感じですかね。」
「ですね。」
ケルカさんと目を見合わせる。疲れているだろう彼女は少し目元がやつれているように思える。
「あの休めていますか?」
「ええ、まあ父に比べれば多少は。」
先ほど少し聞いたが、王宮の中は大慌てらしい。
書庫の中から役に立つのかわからないものまでひっくり返してでも探しているそうだ。
「どうなるか、わかりませんがこれから歴史が大きくなることは確かでしょう。」
「まあ、生き残りたいものですね。」
この世界に何があるかはわからないが、案外どうにかなるかもしれない。少しは楽観的になるのも必要かもしれない。
「でも可能性はあると思いますよ。いま1つ提案をしているんです。」
「提案ですか?」
「はい、あの龍、チオールと行っていましたが、彼はタロー様の武器を始め拾ったものか聞いていました。」
「拾う?どこでですか?」
「なんでも大陸の真ん中とか地下と言っていました。もしかしたら古代の遺物が世界のどこかにはあるのかもしれません。」
「なるほど、古代の遺物。それを探して戦うと。」
鍛冶師のプライドとしてはそんなものより自分の作った武器で倒したいものではあるが、そんことも言ってられない。
なんなら古代の武器というのにも興味がある、詳しく話を聞こうとしていると、店に兵士が入ってきた。ケルカさんのとこと兵士とは装いが違う。王宮の専属だろうか。
「ケルカ様、メルーラ様。ご報告にあがりました。」
「私たちにですか、どうしましたか?」
「鍛冶師タローを連れ、王宮に戻るようにとのご命令です。飛竜を用意しております。すぐに出立の準備を。」
「え?」
大貴族の次は王宮。最近は自分の身分というものを忘れてしまいそうである。
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