第9話 上位存在の気まぐれ、子供っぽい

 飛竜に乗った後、頭の中に流れる声と会話が続いていた。


「えっとつまり、僕の作った武器が気になったと?」

「(ああ、なかなか面白いものを作っていたな。)」

「えっと、ありがとうございます?」


 まずこの声はさっきの巨大な龍で、会話ができるらしい。

 大きさだけじゃなく、能力まで規模が違うらしい。


「(その技術力は驚いた。昔の職人たちでも見たことない。気分が高揚したよ。)」

「はあ、それは光栄です?」

「(あれはどうやって作ったんだ?)」

「えっと、あれは龍の心臓を……」

「(どんな龍だ?)」


 答えるのに困り、ケルカさんの方を見る。


「えっと。確か二足のドラゴンと聞いています。あの……お怒りでしょうか?」

「(いやいや、弱い者が死ぬのは仕方ない。しかし、二足か。今の鍛冶はどんなものなんだ?)」

「えっと、特別なことはなくて……」


 その後龍には、さらに質問攻めをされた。鍛冶がどうやって武器を作るのかや、ケルカさんに使い心地についてなど隅から隅までだ。


「(いや、いいな君。君より技術を持つものはいたが、君と同じことをできたやつは知らないよ。)」

「えっと、ありがとうございます。」

「(それに、二本足程度の龍の武器で私の鱗に弾かれなかった!素晴らしい!)」

「どうも?」

「(しかし、理論ではわかるが、力加減だけどあれを作れるのか……)」

 

 先ほどから上機嫌なのか口調が変わるほど褒められているのだが、正直よくわからず、返事にすべて疑問符がついてしまう。


「あの、こちらから聞いてもいいですか?」

「(なんだ?答えよう。)」

「あのまずお名前は?」

「(名前?随分使っていないな。まあチオールでいい、昔どこかで呼ばれた。)」


 龍は思いのほか話が通じる様子だった。


「ではチオールさんは一体なんなですか?」

「(何と言われても困るな、まあドラゴンの古株だと思ってくれ。)」

「あの私もよろしいでしょうか?」


 話に入ってきたのはケルカさんだった。そもそもこの声は他の人も聞こえていたのか。


「なぜ、あそこで雷竜と争っていたんですか?」

「(ん?彼に喧嘩を売られた。最近は争いなんて誰もしてくれないからはしゃいだんだ。)」

「喧嘩ですか?」

「(たまにいる、格上に挑むやつだ。流石に今回は身の程知らずだったがね。)」


 確かにどう気が狂えばあの体格差で喧嘩を売るのだろうか。いや体格を言えばケルカさん達でも大概だが。


「おい、チオール殿よ、俺からもいいか。なぜタローに興味を持った?」


 飛竜の先頭の方からアルトールが問いかける。


「(興味か、一言でいいならその技術だな。)」

「なぜ技術を求める?」

「(そうだな、また戦いたい。)」

「は?」

「(要は昔のような時代を求めているんだよ。)」


 チオールが語りだしたのは、人には伝わらない伝説だった。

 この世ができてすぐ、魔力は世界に溢れ、今より強力な魔物も武器も、ひっきりなしに出てくる神話と呼ばれる時代。

 その時代の争いは楽しかったそうだ。特に人間は賢く、あの手この手で追い詰めに来たらしい。

 しかし、強い奴らから誰これ構わず戦っていると強い奴は負けても残り、中途半端な強さのものは死ぬ。弱者はできるだけ戦わずなんとか生き残る。


「(人間は強いが、段々と成長する。我らが人間の成長を阻害したんだ。)」


 そして気づけば、強者を殺すための魔石の手に入らない人類は、弱い魔石しか手に入らず強さと技術が明らかに弱体化したそうだ。


「(あれは私たちの失態だ。魔法を伝える役割を持ったやつらまで全滅させてしまった。)」


 本当に申し訳の無い声で言ってくるが、言ってることが邪龍だ。言葉は丁寧だが、内容が悪魔すぎる。


「えっと、つまり、タロー様の技術を使って武器を作り、それと戦いをしたいと?」

「(ああ、技術、戦士のどちらも足りていないが、彼の技術は新たな時代の息吹を感じる。)」


 悪魔がいる。龍ではなく悪魔だ。


「えっと、争いは必要なんでしょうか?」


 一応聞いてみる。期待はできないが。


「(必要だ。私たちのようなものに寿命はない、目的もだ。だから過去に縋る。)」

「いや、だからといって戦いだけでは……」

「(そもそもこれは頼みではない。命令のようなものだ。)」

「それでも争う必要は……」

「(そもそも君は勘違いしているようだが、私は人ではない。同じ言葉を理解しているだけの魔物だ。なぜ君たちの倫理観で生きていると思っている?)」


 それはそうなのかもしれない。たしかに、見逃してくれ、丁寧に話してくれてはいるが彼はただの魔物である。


「(戦いを求めるのは我らの常識だ。私は正しいことを言っているだけ。それになぜ文句をつける?それに、気が向かないなら君を殺すこともできるんだ。)」

「はい、申し訳ありません。」


 見えないはず龍からなのか、そらからは大きな威圧を感じる。

 

「(君の技術も別にこれまで存在しなかったが、必ずしも私の命には届くものでない。君以外でもいいんだ鍛冶師は。まあ、素材としては君より上はないかもしれないがね。)」

「…………」

 

 もう何を話せばいいかわからない。何かの拍子に人類が滅ぼされるかもしれない。


「(……ならばこうしよう、もうすぐ攻める。)」

「えっと、それはどういうことでしょう?」

「(人間という種は、昔から窮地でもなぜか生き残るものだ。なら追い詰めればいいだろう?)」

「それは何というか……」

「(人間の急成長とは期待できる。本当は少し見守ろうとも思ったが、どうする?今から滅ぶか、それとも抗うか?)」

 

 そんなことを今答えられるわけがない。手を握りしめる。どうにもならないのだろう、こんな存在には。

 飛竜の上の誰もが口を閉ざす。


「抗います、我らは滅びません!」


 しかし絶望に落ちる中、ケルカさんは声を上げた。


「私たちは、必ずやあなたを仕留めましょう。そしてこの地で生き続けます。」

「(ほう、ならよい。速く強くなれ。存外私は気が短いのだ。)」


 鼻から知っている、そんなことは。

 

「(まあ明日に来ることはない。数年か……まあ貴様らが努力するのなら待つだろう。)」

「ありがとうございます。最善を尽くすことを約束致します。」

「(よい。お前たちはワシの敵だ。これをやろう。)」


 手に違和感を覚える。龍を模るような紋様が浮かんでくる。


「(忘れぬための印だ。お前たちは私の前に立て、それではな。)」

 

 紋様に目を取られる間に、空から大きな存在感が消えた。


 「行ってしまいましたね。」

 「行ったようですね。」

 

 初めは丁寧な龍だと思ったのだが、中身は子供のような悪魔だった。

 ケルカさんと顔を見合わせる。お互い顔に疲労の二文字が顔に浮き上がっている。


「申し訳ございませんタロー様。何も告げず、このようなことになり。」

「いえ、仕方ないことだと思います。自分としても何も言えず、申し訳ありません。」

「謝らなくて良いです、仕方のないことですから。」


 彼女はなんとか作ったように微笑む。なんと自分は弱いのだろうか、悔しい。

 

「とりあえず……ここにいるものは今あったことの口外を固く禁じる。」


 アルトールが命令を出す。顔に手をあて天を仰ぐ彼は、これからの困難を象徴しているようであった。


「あのケルカさん、これどうなるんでしょう。」

「とりあえずは王に報告して、会議でしょうか。国民には知らせないでしょうが……どうなることやら。」

「ですよね。」

「あと、タロー様は間違えなく、重要人としてこれから苦労をおかけすると思います。」

「まあ、ですよね。」


 わかっていたことだが大変なものに目をつけられてしまったものだ。

 もはやため息を出すこともできない。いまだに体にはあの龍の恐怖が残っているようであった。

 その後の、飛竜の上は誰も、話し出すような雰囲気ではなかった。


 国に帰ってからは大慌てだった。まあ自分でなくファメト家の皆さんなのだが。

 とりあえず、自分の店には帰ってこれたが、流石に兵士の人がついてきた。彼らは買い物に行くのもついてきて、居心地が悪くて仕方なかった。


「どうなるんだろう、俺。」


 天井を眺めながら考える。ここ数日は鍛冶の仕事にも集中出来ずにいた。自分の無力感は、どうしても拭えない。


「タロー様、お客様です。」

「え?お客さん?」


 ここ数日は客など来ていなかった。兵士のいる鍛冶屋に入りたい奴が少ないので仕方ない。

 急いで店先へと向かう。


「えっと、いらっしゃいませ。」

「おう!あんたがタローか!武器の依頼にきた!」


 そこにいたのは、タローが見上げるほどの大きな女性が、胸を張って立っていた。

 

 「(胸、デカ!)」

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