第6話 デカい、龍も、それ以外も。

なんとか飛竜を落ち着かせることができ、島の周りを旋回し始めた。


「さて、タローにはこれを渡しておこう。」


 そう言われアルトールから渡されたのは望遠鏡だった。


「魔石製だ。これがあれば見逃すこともあるまい。」

「本当は我らも上陸して見届けるつもりだったが、飛竜が近づかなければお前は辿り着けない。連れてやることもできるが嫌な予感がする。」

「優秀なこの飛竜が怯えている。存外、あそこの主は強いかもしれん。」


 腕組みをしながら、そう良くない予測を立てるアルトール。だが彼の表情は穏やかだ。

 

「それは、ケルカは大丈夫なのか?」

「安心しろ、あいつは天才だ。そのうちこのアルトールも越える逸材だ。そんな簡単にはやられん。」


 一切心配する素振りもない。しかし、ケルカが天才というのは聞いていない話しである。そもそも会って日が浅いので知らない事しかないのだが。


「相手の雷竜はどうだろうな、中の上ってとこじゃねえか?」

「それってどのくらいですか?」

「下の下でこの飛竜くらいかな?」

「なら下の下でも、自分の場合は死にますよ。ドラゴンの強さなんて全部規格外すぎます。」


 自分が100人いても敵わないような生物の何段階も上の生物なんて、強さを測ることもできない。

 

「はは、じゃあ何ならわかる?」

「ドラゴンの基本的な話と……あとは鍛冶?」

「ハハハ、そうだな。職人ていうのはそういう生き物だ。」

「なら、単純な見分けを教えてやろう。足を見ればいいだけだ。」


 脚の何が違うかはどういうことかわからなかったが、アルトールは存外丁寧に教えてくれた。

 ドラゴンは元々空を統べる獣だった。そして一生地には降りてこない。だから脚というのは発達せずに細く、人間で言えば手の指みたいなものになる。

 しかし、すべてがそうではない。負けたドラゴンは地に落ちてくる。それの代表が飛竜だ。翼を持ちながら完全な四足歩行。巨大なトカゲと言われるほど変化した姿。つまりドラゴンは細い足が残っているほど原種に近く強いらしい。

 今回の雷竜だと2本は残ってるらしい。


「まぁ安心してみとけ。うちの娘なら4本でもいい戦いくらいはできるだろう。」


 ならいいのかどうかはわからないが、そういうことならとりあえず危険は少ないのだろうか。


「にしても始まらないですね。」

「主の方もケルカの存在には気付いてるはずだ。ケルカに怖気づくようなものでもない。それに始まればすぐわかる。山の半分くらいはデカいらしいからな。」


 それは出てきたらすぐわかるだろう。しかし、妙に時間がかかる。

 気になって先程の望遠鏡で島を観察する。

 島は2つの火山を中心に森林が広がる、丸い島である。


「砂浜……森……岩……木……黄色の大きな岩?……ん?赤い?……なんだ?」


 妙な物が見えた、赤黒い場所である。周りには木々やら、大きな水たまりなど、よくある山の一部の風景なのだが明らかに血で汚れたような色だ。だが、何かの動物が争ったにしたとしてもあんなに木の上に血が飛ぶのはおかしいし、そもそも量がおかしい。


「あの、あそこなんかおかしくないですか。」

「ん?なんだ?」

「あの左の山の真ん中あたりです、赤くなってんです。」

「あれは、血だな。しかもあの量、かなりのでかい生物のだな。」


 目を細めて観察するアルトール。魔法を使い遠くを見ることを可能にする彼には、タローよりも何倍の情報を集めることができる。


「それに黄色いあれ、たぶんなんかの足の爪だ、ドラゴンみたいな爪だな?縄張り争いか?いやそれにしては山が綺麗すぎる。」

「ではなにがあったんですか?」

「……考えたくはないがもしかしたら……」


 彼の初めて見るような不安の表情、何かを感じと言いかけたその時、前方が黒い影に覆われる。

 同時に何かが落ちてくる。見たこともない、小さな山ほどの多きさのだった。

 しかし、そのなにかの正体を知る前にその大きななにかは海面に衝突し、飛竜にも届くほどの水しぶきを上げる。

 

 急いでその何かを確認するために身を乗り出して海面を確認する。

 大きな翼に黄色を混ぜたような暗い色の鱗、そしてその顔。それほど知識を持たぬ自分でもわかる。

 なによりファメト家の家で見たことがある。大きさは違うがあれはドラゴンの頭である。

 しかし、ただのドラゴンではない、全身が血だらけなのである。あらぬ方向に折れた足、爪も何本か無くっており、右の羽は半分ほどが千切られたような傷つき方である。


「飛竜を退避させろ!」


 驚きのあまり誰もが声を出せなくなっている中、初めに響きわたるのはアルトールの命令であった。


「あれはまずい。」

「え?」

「あれは生き物の範疇じゃない。あれは天災の類だ。」


 天を仰ぐと、曇の間に光りが射す。まるで何かに道を譲るかのような雲の動き。


 そこには大きななにかと目があった。

 

 聞きたいことは沢山あった。しかしそれを聞いている暇がないことだけはわかる。


「俺も出る!タローを安全圏まで下げろ、お前たちは加勢に来い!」

「あっ……」


 兵士達が急いで戦闘態勢に入る。

 声が出ない。何が起きているんだ?ケルカさんは大丈夫なのか?

 恐怖と困惑に口も腕も、なにもかもが動かなくなる。

 

 その時背中を大きく叩かれる。


「任せておけ!あれくらいなら人生で4回は殺し合った。でもここで元気にしておる、だから今回も大丈夫だ。」


 落ち着かせるような声で、国の最強が優しく微笑む。


「わかりました……」

「おう!」


 自分も何かをできるとは思わない。はじめからそれは理解している。

 それでも無力感は拭えない。だが、それ以上にこの人の強さは信頼できる。


 アルトールは先んじて島へと飛び出した。兵士達も飛竜の操縦者を残し、皆が飛び出した。


 飛竜は島に背を向け、どんどんと離れていった。

 あの巨大なアルトールが見えなくなってくる。

 空からはなにかの爪が覗かせていた。こんなにも遠いのにはっきりと爪とわかる。

 少しして、轟音が鳴り響く。海が揺れ、風が吹く。風は何度も、何度も吹き荒れる。きっと戦っているのだろう。


 あんなものと人間が戦うものであるのかわからない。想像の中ですら存在しない、きっと神話でもこのスケールのものはないだろう。


 飛竜が小さな岩場に着地し、兵士が声をかけてくる。


「タロー様、ここで待機します。おそらくここまで来れば被害はないと思われます。戦闘の終了報告があれば、皆さんを迎えにいきます。」

「わかりました。」


 兵士は冷静に報告する、流石はアルトールさんの直属の兵だ。話を終えるとまた風が吹いてくる。

 おそらく何十キロメートルも離れているはずなのに、岩場の石が動くほどのものだ。


「(一体何が、ん?)」


 力を込め握りしめると、右手には渡されていた望遠鏡があった。

 

「(完全に忘れていたが、ずっと握りしめてたのか。これを使えば少しは見えるか?)」


 握りすぎて自分の手の跡が残ってしまった望遠鏡を島の方に向け覗き込む。


 空にはさきほどの大きな爪、島の方には誰かはわからないが、人が動いているのがわかる。

 それぞれがおそらく魔法と思われるものを光を放ちながら空へと飛び出うが、まるで見えない壁があるかのように落ちていく。

 しかし、兵士たちの上には2つの影が見える。恐らく、アルトールとケルカの二人だろうか。


 2つの影は空へと向かう。追い払うように動く爪を避け、雲の向こう側へと行ってしまう。


「(何が起きているのだろうか。)」


 二人が雲の上へと消えて少し、轟雷が鳴り響く。空が太陽のような輝きを出し、咄嗟に目を覆う。

 ほんの数秒、光が途絶えなんとか目を見開くと、空には青空が広がっていた。


「(ケルカさん達は?)」


 急いで望遠鏡を覗く。

 空には大きな頭があった。


 龍だ。


「(ドラゴンというより龍。蛇のような細い体に神々しい姿。前世で想像する龍の姿そのものだ。)」


 その龍の体は空の向こうに伸び、もはや宇宙にまで届くのではと思える。

 その下には2つの小さな姿が見える。おそらくあの二人だろう。


 5分ほどだろうか。空をずっと見続けていた。

 すると龍は身を引くように空へ消える。そして二人はゆっくりと地に降りてきた。

 もう戦いは終わったのか?そんな疑問が浮かぶ中、兵士が叫ぶ。


「迎えの指令が出ました!すぐ向かいます!」


 その知らせにすぐ、反応する。みんなは無事だろうか。


 飛竜は飛び出し、どんどんと島に近づく。先ほどまで豆粒のように見えた兵士たちも、人であることがわかるほどになった。

 島の先では、ケルカさんが大きく手を振っていた。


「ケルカさん!?」

「タロー様!ご無事でしたか。」


 どう考えても無事でないのはあなたの方なのだが、よく自分の事を心配できる。

 たしかに彼女は無事なようだが、鎧はボロボロである。


 辺りを見回しても、兵士の人たちは命に届くほどではないみんなボロボロである。


「あの、えっと、あの龍は?」

「ああ、あれは……少し長くなりますし、先に帰りましょうか。兵の治療もしなくてはいけません。」

「ああ、そうですね。」


 何かをはぐらかすかのようにも感じたが、そう言ってケルカは怪我をしている兵士達を手伝いに行った。

 それを見て自分もなにかを手伝おうかと思うと、アルトールが話しかけてきた。


「おう、タロー。お前のおかげで助かった。」

「え?」

「帰ったらなにか褒美を渡そう、考えておけ!」


 わけがわからないが、アルトールはそれだけ言って飛竜に飛び乗っていく。


「あのタローさーん、もう皆さん乗りましたよー?」


 するとケルカが飛竜の方から呼んでいる。思考の整理もつかないまま急いで飛竜へと乗り込む。


「すみません。」

「いえいえ、大丈夫です。それに今回はタローさんのおかげでなんとかなりましたから。」

「えっと……アルトールさんも言っていたんでうけどそれって?」

「ああ、それはですね……」


 彼女がなにかを言いかけたその時頭の中に何かが響いた。


「(お前があの刀を作ったものか。)」

「え?」


 声は聞こえない。だが確かに感じるこの声に自分がおかしくなったのかと考える。


「(答えよ。)」


 明らかに聞こえ、いや感じる。


「あのタロー様?聞かれていますよ?」

「え?」

「いや、なにか頭の中で聞こえませんか?」

「もしかしたて、ケルカさんも聞こえているんですか?」

「はい、まあ不思議ですよねこれ。」


 どういうことかわからない。つまり、これは幻聴ではないということは確かになった。


「あのこれは?」

「さっきの龍ですね。」

「え?」

「(おい、そろそろ答えないのか?)」


 今のところ龍との会話はしていない。

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