【03-4】武闘派幼稚園教諭、蘆田光の誕生(4)

そうして光の学生生活が落ち着き始めた頃に、その事件は起こった。

その頃になると、同級生の中で渚以外に話す子も増えてきていたが、その中の一人が合コンの話を持ってきたのだ。


光は全く興味もなかったし気も進まなかったので、最初はその誘いを断ろうと思った。

しかしその時、かすかな頭痛と共に、久しぶりに例の感覚が蘇ったのだ。


――何かやばいことが起こりそうな気がするな。

そう思うと放ってもおけず、どうする?――と隣の渚を見た。


すると渚は案の定、

「あたしゃ、バイトがあるからパスね」

と、取り付く島もない。


結局光は幹事の子に泣きつかれ、しぶしぶながら付き合う羽目になったのだった。


合コン当日、新宿西口で待ち合わせた光たちは、幹事の子に先導されて、相手側が指定した店に向かった。

そこは表通りからはかなり路地の奥に入った、8階建ての雑居ビルだった。


ビルの前には待ち合わせていた男が立っていたが、見るからにチャラそうな馬鹿丸出しの奴だった。


――これはいよいよ怪しいよな。

そう思った光は、心の中で警戒レベルを上げる。


左手には使い慣れた護身用の木刀を、専用の袋に入れてぶら提げていた。

同級生たちがそれを訝しんだが、適当に誤魔化しておいたのだ。


男に案内されて階下に降りると、そこは見るからに胡散臭い雰囲気の店だった。

室内の照明は妙にけばけばしく、向かって左サイドに置かれた長テーブルをはさんで、あまり趣味が良いとは言えないソファが並んでいる。


テーブルの上には、缶ビールと灰皿が置かれていた。

男たちはすでに飲んでいたらしい。


先に来ていた男のうち、一人は壁際のカウンターにもたれるように立っており、二人がソファに腰かけていた。

三人揃って光たちを値踏みするような、不躾ぶしつけな視線を向けて来る。


――わかりやすい奴らだわ、まったく。

光はいち早く状況を察した。


「何これ?全然合コンする雰囲気じゃないじゃん」


先頭で室内に入った、幹事の香菜という子が不満そうに言った時、突然後ろでドアが閉まる音がした。


驚いて振り向くと、ドアを挟んで両側に男が立っている。

どちらも頭の悪そうな顔に、にやけ笑いが張り付いていた。


その時、部屋の奥にあるドアが開き、また別の二人が部屋に入って来た。


――都合8人か。

光は男たちの人数を数えながら、室内に2歩移動した。


「ちょっとお、これどういうこと?」

香菜が、案内して来た滝沢という男の二の腕を掴んでそう文句を言うと、滝沢は逆に彼女の手首をつかんでねじ上げた。


そしてその顔に触れるくらい自分の顔を近づけると、薄ら笑いを消して言った。

「うるせえな。これから皆で楽しむんだよ」


そう言いながら、香菜を部屋の奥に引っ張り込む。

すかさず入口の二人が、ドアを背中で塞いで立ちはだかった。


そして滝沢と入れ替わるようにして、三人が部屋の中央に出て来る。

その時になって、ようやく状況を察した女子たちは、竦み上がって声も出せないでいた。


そんな中で光は冷静に位置取りを変えつつ、手にした袋から木刀を抜き放った。

それを見た男たちが、揃って怪訝な表情を浮かべる。

何が起こっているのか、咄嗟に判断出来ていないようだ。


それはそうだろう。

合コンに木刀持参で現れる女子など、想定外にも程がある。


しかし光は、男たちのその隙を見逃さなかった。

フロア中央に立っていた三人の鳩尾みぞおちに、電光石火の突きを入れる。


そしてすかさずテーブルに飛び乗ると、ソファに座っていた二人の頭に、中段からの面を、立て続けに叩き込んだ。

その間20秒と経っていない。


得物が木刀だったので、勿論光は手加減していたのだが、五人は自分に何が起こったのか理解する間もなく悶絶していた。


光はテーブルからフロアに飛び降り、肩に木刀を担ぐようにして仁王立ちになると、部屋の奥に立っている滝沢を睨みつけた。


滝沢はその時になってようやく我に返ったのか、慌ててジャケットの右ポケットから小型のナイフを取り出すと、光に向けてそれを構えた。

しかしその手は小刻みに震えている。


光が入口の二人にちらっと眼をくれると、まだ何が起こったのか頭の中で整理できていないらしく、口を半開きにして棒立ちになっていた。


――どいつもこいつも、ヘタレのボンボンって訳か。

光は心の中でそう毒づいた。


「てめえ、何やってんだよ」

滝沢が震える声で喚いた。

びびってパニックを起こしているらしい。


――見ればわかるだろうが。

そう思いながら光は、振り向きざまに素早く数歩摺り足を進めると、ナイフを持った滝沢の右手首に木刀を振り下ろし、小手を取った。


返す刀で横面を打つ。手首と頬骨が砕ける感触が伝わって来た。

相手はヘタレだったので手加減しても良かったのだが、先ほどの滝沢のにやけ面が無性に癇に障ったのだから仕方がない。


光が振り向いて入口の二人に木刀を向けると、慌てた男たちは互いを押しのけるようにしながら階段を駆け上がり、逃げていった。

部屋中でもがき苦しんでいる仲間はあっさりと見捨てたらしい。


――ま、自分が一番大事だからね。

二人の無様な逃げっぷりを見た光は、心中でせせら笑うのだった。

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