【03-3】武闘派幼稚園教諭、蘆田光の誕生(3)
小学校を卒業した光は、両親の勧めもあって、自宅から少し離れた地域にある、私立の中高一貫校に進学した。
今思えばそれは、小学校の同級生たちに対する、彼女の
光は中学に入学した頃から、身長がグングンと伸び始め、高校進学時には170cm近くに達していた。
女子としては長身だったが、剣道や柔道をする上では、その方が有利だったので、光はむしろ、そのことを喜んでいた。
そして彼女の中で、激しいながらも大らかな性格が、はっきりと芽生え始めたのは、その頃だったのかも知れない。
高校生になった光は、周囲が見違えるほど大人びた容貌に成長していた。
色白の顔は、やや面長で鼻筋はすっきり通っている。
少し吊り気味だが、切れ長の目は大きく、顔全体の中でのバランスもよい。
瞼はくっきり二重である。
髪は今と同様、肩より少し下まで伸ばした、ストレートのロングだ。
面倒なのでヘアダイはこれまで一度もしたことがない。
上背があり、かつ長年剣道で鍛えてきたので、スタイルはかなり良い方だ。
つまり光は、かなりルックスの良い女子として成長していたのだ。
しかしそれは、あくまでも周囲からの評価で、彼女自身は自分の顔など見慣れてしまっていて、別に何とも思わない。
むしろ休日前に徹夜でゲームをした朝の、疲れ切って浮腫んだ寝起きの顔など、とても他人に見せられたものではないと、彼女自身は思っている。
そう思ってはいたのだが、それでも光は結構もてた。
しかもどういう訳か、異性より同性の方に人気があったのだ。
学校が中高一貫の女子校だったので、男子との接点が多くないのは当然だったのだが、それでも学校の行き帰りに声をかけてくる、他校の男子生徒が定期的に現れたものだった。
もっとも、それら有象無象は、
それよりも光が閉口したのは、女子高内での人気が半端ではなかったことだ。
高校3年の時には、下級生の一部が、知らぬ間に親衛隊とやらを結成し、その代表と名乗る子が、結成の報告に現れたこともあった。
以来高校を卒業するまでの約1年間は、彼女の都合は一切お構いなしで纏わり付いて来る、その親衛隊連中を振り切るための、苦闘の日々だった。
同級生の中にはそんな彼女の苦境を、やっかみ半分で冷笑して見ている子たちもいたようだ。
しかし光は、そういう連中は無視して、放っておくのが一番効果的であることを、それまでの経験から熟知していた。
――ネチネチと鬱陶しい奴らだわ。
時折うんざりした気持ちと共に、そう思うこともあったのだが、それ以上に、そんな連中と関わるのが面倒だったので、とにかく卒業するまでの我慢だと割り切って、日々を過ごしていたのだ。
そんなこともあってか、結局高校を卒業するまでの間、光は本当に気を許せる友達に出会うことはなかった。
そして高校卒業後、光は都内の女子短大に進学した。
勉強が得意とは決して言えなかったので、我乍ら妥当な進路選択だったと今でも思っている。
そこで知り合ったのが
短大に入学して2週間ほど過ぎたある日、光はたまたま講義の空き時間に、一人でキャンパス内をぶらついていた。
彼女は短大に入ってからも、例によって積極的に友人を作らなかった。
そのこと自体は特段苦にならなかったし、流れに任せていれば、そのうち一人くらいは出来るだろう――くらいの、お気楽な気持ちだったのだ。
そんな光が構内の売店でおやつを物色していた時、
「あんた英文科の新入生だよね」
と、声をかけてきたのが
光はその時まだ、同級生の顔や名前をほとんど知らなかったが、自分と同じくらい長身の渚のことは何となく憶えていた。
しかしそれまでに接点があった訳でもなかったので、急に声をかけられて少し驚くと同時に、警戒モードに入った。
「そうだけど。何か用?」
光は思わず身構えて、
すると、それまで無表情だった渚が、急にニヤッと笑った。
「まあ、そうとんがらずに。
あんたと試しに友達になってみようかと思ってね。
取りあえずあっち行って、茶でも飲もうか。勿論割り勘だけどね」
そう一方的に言ったかと思うと、渚はさっさと売店と隣接したカフェテラスの方に歩き出す。
そして途中で振り返り、事態を把握できずに突っ立っている光を手招きした。
それが彼女との腐れ縁の始まりだった。
その時聞いた話では、渚は入学以来、光をそれとなく観察していたらしい。
それというのも、彼女は極端に人付き合いが苦手というか、途轍もなく面倒に感じる性質で、できるだけ周囲と親密になりたくなかったようだ。
それでも、取り敢えず一人くらいは学内の友人を作っておかないと、この先何かと不便だろう――と考え、候補者を物色していたらしいのだ。
そんな渚のお眼鏡にかなったのが光だった。
自分の何がどう気に入ったのか光が問い詰めると、
「あんた、距離感良さそうだから」
と、渚はぼそりと答える。
「何の距離感だよ?」
さらに光が問い詰めると、「面倒くせえなあ」と言いながら、
「あんたの距離感って、相手を傷つけないための距離感じゃん。
普通の奴は、自分が傷つけられたくないから周りと距離取ってんの。
でもって、自分の警戒領域内に入って来られると、びびって逃げるか、逆切れして攻撃してくるかの、どっちかなんだよね。
つまりヘタレってこと。
そういう奴って結構面倒くさいのよ、経験上。
その点あんたは逆だから。
こっちが下手に近寄らない限り、お互い適当な距離を保てるってことで合格ね」
と意外な程多弁で述べると、勝手に光を友達合格にしてしまった。
結局は、あなたと一緒にいても面倒くさくなさそうだから、友達になりましょう――ということらしかった。
渚の返事を聞いた光は、一瞬唖然としたが、すぐに吹き出すと最後は爆笑してしまった。
――こんな身勝手な奴って、今まで会ったことないけど、結構面白そうじゃん。
そう思った光の負けであった。
以来8年以上も付き合いが続いていて、今ではシェアハウスをしている仲なのである。結局はお互い、結構馬が合っているのだろうと、今では思っている。
実際光も、人間関係構築が得意という訳ではない。
どちらかというと、女子同士にありがちな、ベタベタした付き合いが苦手だった。
その点渚との、付かず離れず、互いにあまり干渉せずという関係は、光にとって、それなりに心地よいのだ。
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