第11話 冰雪の空の下に

『いってきまーす』


「いってらっしゃいませ、お嬢様」


『朝からツッコむのめんどいからやめて?』



ユズキの口から素直な「いってらっしゃい」が聞きたいものだ。










そして学校に到着、教室に入り、着席。


『…』


「あのさ」


『…』


「…いやね?自分がそれでいいならいいんだけどさ」







「…流石にクラスで話せる友達一人はほしくない?」


当たり前だ。一人だよ。さみしいよ!どうしてくれるんだお前ぇぇぇ!


「え私のせい?」


クラスメイトに友達はほしいけど、みんな絶対輪作ってるんだ一週間以上経つと。


「とりあえず隣の男子とか?」


『お前ぶちころすぞ』


私に異性に話しかけられるコミュ力あるならとっくに一人や二人友達できてますボケ。



「ごめんって…なんか今日カナ口悪くない?」




しばらくして朝のチャイムが鳴り、担任の永崎先生が教室にいつものルンルン気分で入る。先生はいつもボディラインがわかりやすい服を着ていて、ハツカ曰く男子生徒から一定のファンが居るらしい。


「はーいじゃーね、今日はちょっとみんなに時間頂いちゃうけど」


永崎先生は教卓の前で生徒に呼びかける。


なにかレクリエーションとかするのか?でも朝のSTだしそれは…





「席替え、しよっか」


うわあ。


嬉しく…ない。なんだろう…すごろくで振り出しから3マスぐらい進んだらまた振り出しに戻されるこの気持ち。



新しくなった席の位置としては窓側一番後ろ。



正直なところ内職がしやすくて助かる。



『今度こそ…隣に』


話しかけようと横を見る。







隣には女の子がいた…はず。


『ね…寝てる』


まじ?普通ちょっと新鮮味感じて周りキョロキョロ見たり会釈程度に前後左右の席の人に話しかけたりするよね?



「1時間目移動教室だから、遅れんよーにねー」


そう言い残し永崎先生のほのぼのトークタイムが終わる。ただ1時間目は家庭科で、永崎先生の担当は家庭科。今日はほのぼのトークタイム第2ラウンドがある。


『え…』


みんながぞろぞろ教室を移動する中、横の寝ている彼女はピクリとも動かない。


『し…死んでる?』


「…」



このままでは遅れる。…のは可哀想だ。

おそるおそるトントン、と背中を叩いてみるも反応なし。


『えーと…いどーきょーしつ…だけど…』


まだまだ初対面の人と話すのは苦手だ。


「…ふ…あ?」


『あ…起きた…かな』


「ん」


こちらをまじまじと見つめる。やっと顔が見えた。



白く長い髪に、眠たそうな目。

とっさに出た例えは、眠り姫…だ。


「あれ、キチガイ」


『え…あ、はい…キチガイの、カナです』


ひでぇ。


いつの間にかキチガイ呼ばわりされていたらしい。ひどい言いがかりだ。…まあ、カイと話しているときも、はたから見たら何もない空間と会話しているだけなのでそう言われても無理はないのだが。


『あの…移動教室で』


「ん、え?」


『いや…あの…移動教室』


「にほんごでおねがい」


どこに外国語要素があるんだよ。


『いやだから…移動教室』


「…ちぇっ、つまんねーの」



そう言葉を吐き捨てて体を寝る体制に。


『えー!ちょちょちょ!行こーよ!遅れるよ!?』


「うるさいなぁ、一人で行けば?あの先生、眠くなるんだよ」


『あなたは…授業どーするの?聞いてなかったらわからなくなるじゃん』


「家庭科くらいどうにでもなるし。提出するならそこら辺の男子からノートとか借りるって…最悪頼めば書いてくれるし…」


性格終わってるなーと思うものの男子からはもてはやされる容姿はしているので何も言い返せない。


『ダメだってそれじゃあ!』


「あーもーうるさいな!寝たいんだよ私は!」



女の子は顔を上げて私に怒鳴る。



『今はやってくれるかもしれないけど、その男子がいなくなったらどうするの!?』


「親かお前は!…そしたら、違う男子引っ掛けて借りればいいし」



あろうことか、彼女の頬を強くはたいた。



「痛っ!」



気づいたら、いや、気づいてた。何を、叩かなくても。…いや、叩くべきだった、かもしれない。



『甘ったれてんじゃねーよ!』


「え…」



『眠いのはわかるし、授業が辛いのもわかる。でも、先生が毎時間毎時間「どうしたら生徒がこの教科を好きになれるかな」って思いながら作ってくれてると思うから、私は授業が好き』


「た…ただの、希望的観測じゃん」


『お前がいくらキレイで人望があったとしても、そんな考えで根が腐ってちゃいつか友達なくて死ぬね』


「…うるさい。お前よりはいるよ、キチガイ」


少し私の怒号に驚きながらも、彼女は崩れた積み木をまた積み重ねていくようにその態度を戻していく。



『それほんとに友達?』


「あ…当たり前じゃん、何その質問、バカなの?」







『互いにいて「楽しい」って思える人?自分といっしょにいれるなら、いいかなって言ってくれた?心の底から、この人が好きって、この人が、これが、友達なんだって、思えた?』



大きい声で、早口で。


慣れない。


酸素が身体を上手く回ってない。


頭がくらくらする。



「うるさい…だまれ」


『お前が作ってるのはただの…奴隷だ。いつか…絶対、誰にも、助けられなくなる』


「…」



『ねぇ』


しゃべりすぎて…呼吸の仕方がわからない


いきぎれが…ひどい。死ぬ?わたし?きぜつ、…するかな?



まえも…したきがする。



「…まじウケる。陰キャだから、それだけでも疲れるんだ?私を叩いて、ペチャクチャ説教して、それで終わり?マジでゴミ。私の睡眠時間返して?」


『ねぇ』


「…なんだよ、うるっせぇな、キチガイ」


『…』


「なんとか言えよ、おい」


『…』











「『死ね』」



今は、彼女の顔面を殴らないと気がすまなかった。


暴力はダメだ。


知っている。

 


そんな、私。


感情的に人を殴るような人じゃないと思ってたけど。だけど、人に対して、感情的になったことも、なるような会話もしたことも、なかったな。




メリッと頭蓋骨に拳が届き、彼女は椅子から転げ落ちる。






ダメだ…













「よく頑張ったね、カナ」






幽霊の声とともに視界がかすんで















「ゆっくり、眠って」














『ここは…?』



気がついたら花畑。


裸足だけど、地面に触れている感覚はない。





「…」


『だ、誰?』


目の前にいる人物に問う。

ここの場所を聞くのが先なのか…?


今はそんなこと、どうでもいい




「わたしのなまえは」


人物がいるのはわかるが…白いモヤがかかり姿が見えない。声から察するに女性だと予測する。





「○○○○○」















『う…あ?』


「あ!カナさん!起きました!?起きましたよね!?幽体離脱とかじゃないですよね!?」


『だとしたらなんで見えてるんだよ…』


「このツッコミは…カナさんです!やったー!」


現実世界には泣いて喜ぶカホと前も見た安静室。


「お…おきたん、だ」


『あ…』


しっかり殴った彼女は鼻血が出てしまっていたらしく、鼻に詰め物をしている。


「二人に…させてくれない?カホ」



少し申し訳無さそうな声で、カホに交渉するさっきの女の子。



「いいですよ!…でも…あなたが悪いんですから、カホには何もしないでくださいね」


「あはは…はい、すみませんでした」


「またね」とこちらにウインクして、カホは部屋を出ていく。







「なにから…話せば」


『あ!…ごめん!ほんっとごめん!顔面殴ったし、その前は…叩いたし』


「…私が悪いんだよ」


『とりあえず、仲直り…ね?』


「そうだね…ありがと。話、とりあえずはじめていい?」


うんと許可をすると、少ししょんぼりしたような顔で、話を始めていく。



カホに説教でもされたのかな、と思いながら。








カナ…が倒れたあと、私、何をしたらいいかわからなかったんだ。体が、動かなかった。怖かったんだ。


自分以外のこと、全く気にかけたことなかったから。






ずっと、泣いていたんだ。





チャイムが鳴るまで。


移動教室からクラスのみんなが帰ってくるまで。




自分はどんなに弱いんだ、って。




自分は、どれだけ意気地がないんだ、って。




何で助けないんだ?何で助けれないんだ?って。




早く近くの教室の先生のところに行けばよかったのに、何もできなくて。




クラスメイトが何人か戻って来て、




「誰か!先生、呼んで」




私の最大限の声で、わめいた。


これで、キミが、助かる、と思ったんだ。




でも、




誰も、助けてくれなかったんだ。


ずーっと、嫌な視線と、聞こえはしない悪口を、


言われているような気がして。





キミって、いつも、こんな気持ちだったんだね。




〝いつか…絶対、誰にも助けられなくなる〟



ああ、キミの警告を、ちゃんと聞いてれば、よかったのにな。





キミのもとに、2人、友達が来たんだ。



カホ、ハツカ…だったかな。


「カナに何したんですか!」


カホが、私に怒鳴った。


「カナ!だいじょーぶ?いま、保健室連れてくから」


ハツカが、キミを持っていって。



『違う…勝手に、倒れて。被害者は…私だよ。あいつに殴られて』


とても、悲しそうな、顔をされた。


「理由はよくわかりませんが…カナは暴力に身を任せる人ではありません。あなたに『治ってほしい』と思ったからなのでは?」


 



『いや』




「初対面の人に言うのもあれですけど」





「あなたが思ってる以上に、あなたは最低でクズです」




『!』




「彼女が弱すぎるのありますけど、人を気絶させるほど…。そして、放置ですか」


『…』




言葉にならない自分への怒り。


「じゃあ」


『待って…待って!』





「あれ誰?」


「ほら、ずーっと寝てる、あの子」


「あいつに、ノートうつさせてたけど、やばいやつだったのかもしれない」






「なんか、可哀想w」



「だめだって、笑っちゃw」




見るな。


何が面白い。


悪口言うな。


何が楽しい。







「カナ…ごめん」




「行い」は、決して消えることはないと、


私は強く感じた。











「ごめん…ごめん…」




私のベットの布団に顔をこすりながら、泣く。




『…』



「わたしには…助けてくれる友達、一人もいなかったみたい」





『男子は?』


「泣いてる私の顔を見て、みんな、大笑いしてた」


『…そっか』



涙をこすり、しばらくして。


「学校、やめようかなって思う」


『…なんでさ』


「もう…このままいても。ね?友達もいないし」


『…はあ』


ベッドからすっと置いてあるスリッパを履き床に立ち上がる。




『立って』




「?」


強く、優しく、彼女を抱きしめる。


『じゃあさ、友達に、なろ』


「あんな、こと、言ったのに?」


『だって、あなたみたいな可愛い人、ほっとけないからね…いや、こくはく』


「…はあ。ズルい」


『ダメ?』


わかりきってる質問を。




「断れる訳、ないじゃん」




ふわあ…と体を伸ばしながら大きなあくびをする。



『あ…名前は?』








「ヤダ」




 


『え?』



彼女は顔を赤らめる。


『な…なんでよ』


「言いたくない」


『だいじょーぶだって』





「さむぞら…げげ」 




『さむぞら…げげ…?げっ…げげっ…げげ?』


「ほら!そうなるでしょ!?」


なんというか…キラキラネーム…?なのか?


『漢字は?』


「寒い空に、下々」


『あだ名タイムだ』



「え…?」


今まで2人の実績がある私のネーミングセンスをとくと見よ。


『げげたん』


「ゴホッガハッ」


あまりにおかしいのか、何かが喉に絡むげげたん。


お前はもうげげたんなのだよ。げげたん。







『ただいまー』


「おかえりー」


なぜハツカ?


なぜ家にあたかも家族かのように友だちが?


「おかえりーカナ」


『あ、お母さん。今日早いね。あとなんでハツカがいるの?』


「なんでって…あなたの事心配してくれてたみたいよ。…んで学校から「あなたの娘さん倒れました」って言われたらもう仕事抜けざる負えないし」


『な…なんかすみません』


「なにはともあれ、元気でよかったよ、カナ。カホもさっきまでいたんだけど、「やっぱ心配です!探してきます!」って言って家出たけど…すれ違っちゃったみたい」


カホ…元気かな。

ハツカがポンポン、と私の肩を叩く。






『もう少し…まともな学校生活、送りたいなぁ…』






まあ、一人ぼっちよりかは、いいのかな。ふふ。


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