第10話 記憶≠百合えっち
私は自分が信じられなかった。
〚あなたは私の自慢の子よ〛
耳が聞こえないのに?
〚いつも筆談で…つかれるよね〛
共感すらもしてないくせに。
誰が。誰が私の気持ちをわかるの?
誰か。誰か私の気持ちをわかってくれないの?
「きっちゃん、って呼んでいい?…あ、聞こえないのか」
私の前に現れたのは、一人の女の子だった。
〘誰?〙
“こっちのセリフだ、なんで立入禁止の屋上に?”
彼女は…手の動きから察するに…手話?
なんで知ってるんだ?
耳が聞こえない私ですら、難しくて諦めてしまったのに。
〘すみません、筆談しかできなくて〙
「あー…どーしよ、せっかく覚えてきたのになあ」
長く黒い髪に特徴的な右目の紋様がある少女はおもむろにペンとメモを取り出し、
〘○○○○○〙
と名乗った。
〘その友達はそれ以降、姿を消したんだ〙
〘名前は、覚えてないや〙
〘覚えてれば、良かったな〙
先輩の家で、お茶を一杯もらいながら、相槌を打つ。
先輩がその時のメモ帳をどこかからか持ってきて、私に差し出す。
“その友達”、誰なんだろうか。
〚そんな過去が。…なぜ急にこの話を?〛
彼女は、ふふふと微笑みながら私に返事をした。
〘あの人と、同じ「気持ち」になったから〙
先輩の玄関を出て、
『『あの人』って、カイじゃないの?』
「え?まじ?…あーそー言われたら、きっちゃん、知っているような知らないような…」
幽霊とはこんなに物覚えが悪い生き物なのか。
…“死”に物?かな?
「ま、いいじゃないかそんなこと」
『いやあなたのことなんですけど…』
こいつ大丈夫なのかな、と思いながら私は帰路をたどった。
『ふぁー…寝るか…』
テレビとリビングの電源を消して、自分の部屋に行く。今夜は母は帰ってこないそうだ。
「お母さんってどんな仕事してるの?大変そーだけど」
カイがあくびをしながら私のあとをふわふわとつける。
『助産師とかそんなんだったはず』
いつも私のために働いてくれて感謝でしかない。
ん…?
『なんか…私のベット、誰かいる?』
布団が変に膨らんでいる。ゴソゴソ音も聞こえるし。
まさか…、幽霊!?
「ぺらっ…って、ユズキ?」
カイは布団をめくる。
「あ」
『あ』
そこには…
第793回︰家族会議 (母不在)
『あのさ…ユズキの部屋がないのはごめんね?』
「…」
「私、下半身ないもんなー…幽霊だし」
「…」
『せめてさ、トイレとか…そこら辺で…してほしかったな…ね?』
「…」
「まー…あれだよ!カナだって夜中スマホ持ってってトイレ行ってはユズキみたいに」
『黙れ』
「…ハイ」
「…………んです」
『「?」』
「カナの匂いが…僕は耐えられなかったんです!」
?????
あ、そういうことね!私の匂いで、えっちな気分に!…ってなわけあるかーい!
さあなんとリアクションしようか。
1.そのまま受け入れる。
『まあ…性欲がケモノのままなら…仕方ないよ』
「そうなんですよねぇ、なので毎日ここでまたします」
ダメだ。
2.否定する
『流石にちょっとそれはやめてくれない?』
「そうですよね…じゃあカナがいないときにします」
ダメだよ最適解がないよ。
3.殴る
『おりゃ』
「…え?何?急に頭触って」
そうだ私!自慢じゃないけど握力12キロなんだ!
たぶん幼稚園児と腕相撲でバトルでもしようもんなら複雑骨折に違いない!じゃあなんで前にワルガキ殴って吹っ飛ばせたんだ…?
もしかして…カイが…?
いやそんなことはどうでもいい。
暴力は根本的解決にはならない。どうすれば?どうしたら?
「あのさ?ユズキ」
カイが何やら助け舟を出すらしい。
「なにぃ?」
「一生に一度だけカナとするか、カナのベットで毎日一人でヤるかどっちがいい?」
…?え?
『ちょちょ!何勝手にアホなこと言ってんの!?』
「わかったぁ、もうやめる」
『…そ、そう…嬉しいけど…なんか違う』
日が経てば忘れることでしょう。そう願おう。
「今から」
『?』
「今から…ね?」
『???』
第794回︰家族会議 (母、ユズキ不在)
『何勝手なこと言ってんの!?私まだ20まではそういうことしないって決めてんの!』
「なんでそういうビジョン見据えてんの…?」
『どうしよう…ユズキヤる気満々だったよね?』
「尻尾めちゃめちゃ振ってたね」
『マジすか…でもなあ…私にはきっとこれからどこかで…ね?告白されたり…?』
「大丈夫、カナにそういう相手はできん」
『引き裂くぞ』
「…まあ考えてみ?相手は女の子だよ?ちょーっとだけ舐め合いっこしたりなんだりするだけ」
『「だけ」じゃないんだよぉ…』
「ベッド選択する羽目になるより良いでしょ?」
『そーだけどさ…?』
「決定!ユズキー!聞いてるー!?ヤれるって!!!」
『あ!ちょ!話進めんな!』
「まじ?」
ドアを爆速で開けるユズキ。
『ああああああああああああああああああ!』
「いい?服脱がしてぇ?」
『あーもうなんでこうなるんだよ』
「邪魔しちゃ悪いからねー」と家を出ていく主犯を私は何度も恨んだ。きっとこの恨みは彼女の脳内に届いていることだろう。チクショウクソが。
「…僕じゃあ、やっぱいや?」
『いや…そういうわけじゃないんだけどさ』
むしろユズキはそんじょそこらの他人とは仲が違うので、嫌、というわけではない。…他人と比較しているので、当たり前ではあるが…。
こんな私でも貞操観念はまだ捨ててない。
ここはしっかりダメ…というしか。
「じゃあ私のジャージ脱がして。下には、何も着てないからぁ」
でもそれでユズキがもう私のベットで何もしなくなる、ということ…。
今日だけは貞操観念をドブに捨てよう。
そう記憶を消せばいいんだ。消えた記憶はやってないも同然。なんだろう犯罪者みたいな言い訳になったけど。
ゴクリ、と唾を飲む。
チャックをジジジ…と下におろしていく。
彼女の肌は、とても白かった。
「触っていいよぉ、その間に、カナの服、脱がせるから」
『…ヤッてしまった』
頭が真っ白だ。
体全体が痺れている。
気持ちいい。
温かい。
「ねぇ」
『何?』
パジャマを着ながら、私は尻尾をフリフリとさせるユズキの方を向く。
「また…ヤろ?」
やだ
と言いたかったが…。
『また、いつかね?』
「ホントにぃ?やったぁ!僕家事頑張るよぉ!」
別に、一人より気持ちよかったとかそういう理由ではない。断じて。多分。きっと。
とりあえずつかれた。色々。
もう寝よう。
「え?やば…」
「凄い、えっちな気分だ…」
一人、外のベランダで火照る幽霊と共に、夜は過ぎ去った。
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