第9話 届かない声と寄り添うあなた

『は…?6の階乗…?…えーと、6かける5かける…。あーもう理系じゃないんだよ私ー!』



そう心の中で訴えるも虚しく、数学の教師はチョークを片手に問題を進めていく。理系と文系では脳構造が違うんだ。そうだそうに違いない。


なんか聞いたことあるぞ、右脳派と左脳派みたいな。そういえば脳で思い出したけどイルカは右脳と左脳で交互に休ませて動くとか…多分こうやってどうでもいい記憶が飛び飛びしてるから本当に大事なことだけ覚えられてないな私。



「なんでそこでつまずいてんの、これは確率の問題でしょ?Pを使うんだよPを…あーここ、計算ミスしてる」


『ぐぬぬ…』


私の横でさながら家庭教師のように私を教える。


理系だけはできるから、などどこかで抜かしていたがそれは事実らしく、わかりやすい説明でだいぶ助かっている。むしろカイが教師をやってほしいくらいだ。


「…もうチャイム鳴るか…?じゃあ、今日はこれで終わるぞー」


終わりを告げる教師。っしゃうらぁぁぁぁぁ!とガッツポーズ…をしたいところだがもう目立ちたくない。目立ち方にも善し悪しがあるのだが、入学してから悪い方でしか目立ってない。


「じゅるり…早く食べよ?てかもうここで食べようよ?」


『居場所ないから絶対に屋上行くからね』


「カナ、そんなこと言ってたら何も変わらないよ?」


『いや半分以上お前のせいなんだけど!?』


まずい、声を張ってしまった。何処かから目線が刺さる。そうだよな。はたから見たら一人でぶつぶつしゃべったり急に大声出したりとただのやばいやつだもんな。


『クラスの一人くらい、話せたらいいのになぁ』


そう思い、チャイムとともに教室を出た。







『「「いただきまーす」」』


今日は前回とは違う。そう…


『陽キャがいる!』


「名前で呼んで?」


箸のケースを開けながらハツカは冷静にツッコミを入れる。セットになかなか時間がかかっているであろうチャームポイントのツインテールが今日もなびくなびく。


「…ていうか、カナさんは部活、どうするんですか?」


『…へ?』




そんなのあんの?




「今絶対『そんなのあんの?』って思いましたよね」


『カホってエスパーなの?』


「なんか顔でだいたい分かるようになってきました」


「ほふはほへ、ははひほはほへははふふはほ(そうだよね、私も顔でわかるんだよ)」


『カイ、食べ物は飲み込んでから喋ろ?』


ちなみにハツカには残念ながらカイが見えないらしく、少し可哀想なような、見えなくていいなー、とか。


『なんか、楽して稼げる部活ないの?』


「そんなのあるわけ…『稼げる』って部活に何求めてるんですか?」


「あ…一つあるけど、どうする?」


『え?ハツカ、まじ!?入る!』


「今日本登録だから頑張れ!」



『行ってくる!』


これは最高だ。変に帰宅部でより陰キャに磨きもかからないし、稼げる。でかい。


私は放課後、ハツカに言われた教室に走った。







私はハツカを恨んだ。



「あ、一人来た」


『え、あ、はい、こんにちは』


あえてみんな集まってからのほうがいいかなと、結構遅れて来てみたんだが、そこにいるのは顧問の先生らしい人物が一人。


『す…少ないですね』


「あー、だいじょぶだいじょぶ。毎年こんなんだからさ」


『へぇ』


「この紙書いたら先生に渡して、そしたら登録完了です」


言われるがままに紙に名前などなどを記入し、提出。


ドアが開く音がした。


誰か来た!


「あ、きっちゃん!」


『きっ…え?』


「あー、まだ知らないか。2年1組の、音色吉(ねいろきつ)さん。耳が聞こえない病気らしいから、配慮してあげて」


聞こえない?ドラマとかで聞いたことがあるけど、実際に見るのは初めてだ。




『あー…。ていうか先生、ここ何部なんですか?』


「知らずに来たの…?」


『友達が頑なに言わないから…ただなんか「稼ぎたいならここ」…とか』






「ここは購買部よ」


こーばいぶ?


ここの学校は公立高校では珍しく売店室っていうコンビニまがいのものがあり、そこでは私たち購買部が働く…ということらしい。


要は騙されました。


『へー…』


「はい、レジ打ちやってー」


先生から作業服らしきエプロンを渡される。


『いきなり荷が重すぎやしません!?』


「だいじょーぶ、きっちゃんもいるし」



不安でしかない。最初は商品並べとかじゃないの?




『とりあえず…これでいいのかな』


売店室は意外と広く、コンビニに相違ない。


『キャッ』


トントン、と誰かに肩を触られる。

振り返ると音色先輩がいた。



『えーと、え、あの、きゃ、客がいないんですが私は何をすれば』



「」



『あーそうだ、聞こえないのか…え?難しくない?私はどうすれば先輩と言葉が通じるんだ…?手話?いやでも全くわからない…。ジェスチャー?』



『何すればいいの?』のジェスチャーなどあるわけないので、私はどうすればいいのか。


その心境を察してくれたのか、ポケットからペンとメモ帳を取り出し何やら文を書いている。




〘ごめんね、面倒くさいよね〙




『いや、そんなことないですよ』



私は伝わりやすいようわかりやすく首を横に振る。そんな訳ない。先輩もなりたくてなっているわけではないはず。



〘私は音色キツ。さっき顧問の安達(あだち)先生に紹介してもらったっぽいからわかると思うけど〙



わかりやすい丸みを帯びた可愛らしい字に、読み仮名をふってくれる優しさ。このメモ帳はきっと彼女の会話用なのだろう。垣間見えるひとページひとページから優しさが溢れている。



『ちょっと待っててください』


そこにいて、と指でジェスチャー。急な命令で図々しいかと思うが、優しい先輩は「?」と首を傾げながらも私の意図を察してくれたのか、「待ってるね」と言わんばかりの笑顔で返事をしてくれた。



私は一つのメモ帳とシャーペンを持ってきた。


〚これで話せますね〛


私の字を見た先輩は目を丸くさせる。


目がきらりと光る。

宝玉でもはめられているのかな。


彼女は私の字を見る。


なんて書く…。なんて返事するんだろ。








〘ありがとう〙






『…』




何度も私はその5文字を咀嚼し、心の奥で確かめる。


先輩は、喜んでくれたのかな。


…こんなので。喜ぶのかな。




耳が機能しない彼女をわかり合おうとは思わない。


可哀想だと、私は哀れみない。


だって、私よりも、ずっと、幸せそうだ。




〚頑張りましょ!〛




〘そうだね〙





『はあ…つかれた』




「どーだった?」




『…あ、ハツカ…とその奥にカホがいるな?』



部活を終え、着替えを済ませ学校を出ようと昇降口を出ると、外のベンチに二人がいた。



『みんなは何部にしたの?』


「わたしはバド部だよー」


『うっ…陽キャだ!』


「私は理科部ですね」


『なんかそれっぽい』





「あ、」


何かに気づいたのか、カホは私の肩を叩く。


彼女の指先の行方には…?


『音色先輩…』





〘ちょっとお話していい?〙


「筆談ですかね…?」


「お話…。カホ、二人にさせてあげよ?」




ハツカはカホの手を引っ張り走り出す。「あー!危ないです!痛いです!」という声が聞こえるが、彼女は無事だろう。…多分。


〚どうしたんですか?〛


〘あのね〙


彼女は丁寧にペンを進める。


どんな言葉が来るんだろう。


この気持ちがとっても好きだ。





〘私の家に、来てくれない?〙







『を?』




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