第8話 ユズキ
『…え?』
気がついたら、私は水の中にいた。
息ができない。体が動かない。なんで?
夢かな、そう思った途端に視界がブラックアウトする。
ここは…
真っ白い空間に、一つの椅子があり、机がある。
『…私の机?』
色合いも、机の中に全教科を置き勉しているのも見るにと完全に私の机だ。
そして、また視界が黒く消える。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
騒音が私の耳に深く刺さり、苦しめる。痛い。泣きたい。動けない。目も開かない。怖い。怖い。怖い。
『!?』
私の家、学校の教室、近くの公園、近所の人の家の庭、ショッピングモール、コンビニ、墓場、
…屋上。
景色が次々に変化してゆく。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。酔いそうだ。
「○○○○○」
誰かが私に何かをささやく。騒音が止む。
意識がとお…のい…てい…く…
『!』
「!」
起きると心配そうにカイがこちらを見ていた。
「うなされてたよ、可哀想に」
全身冷や汗でびっしょり。
こんな不可思議な夢は初めてだ。
『ふぁぁ…いい湯だあ』
ユズキがカイに指示され、お風呂を沸かしてくれていたらしい。
ユズキも「時短」と言って私と一緒にお風呂に。
『結構お母さんから家事とか任されてるけど、別にやりたくないならヤダって言えばいいからね?』
髪をシャンプーで洗っているユズキ。機能の夜ご飯、洗濯物、皿洗いなどもほとんどユズキが受け持っていた。
「そうはできないよぉ、この家に住ませてもらってるんだからぁ、恩返ししなきゃぁ」
『ふーん…』
根は真面目だな…とか、いや別に見た目が不真面目な訳でも言動がヤンキーそのものでもないし根『は』真面目、ではなくないか?とかバカなことを考える。日本語ってやっぱり難しいっすね。
「僕も、浸かっていい?」
『いいよ』
ちゃぷん、と足から入る音がする。ユズキはまじまじと私の顔やら胸やらを見て、
「まだ成長できるよぉ」
『うるせぇ』
余計なお世話だ。…でも大きくなりたいよぉ…。
このケモミミに胸囲で負けてる事がなぜか無性に腹が立つ。
「でも、なんかぁ」
『なんか?』
「…」
バシャン、と水しぶきを上げて立ち上がり、急接近。私の肩を掴みながら体を近づける。
「カナってぇ、すっごいえっちなんだよぉ?」
『え、っち…?』
彼女の生温かい吐息が私の唇を撫でる。この展開は…
「かわいい」
『ユズキ、これ以上は』
「がまんできないよぉ、ふふふ」
『んっ…』
今、私は何をされている?…ユズキに、キスされている。ピンクで柔らかい唇が私の言葉を奪う。口からとろけてなくなりそうだ。
こんなことされるの、何年ぶりだろうか。
親にしつこくされた覚えもあるし、
ある時は自分がせがんだこともある。
この行為は「挨拶」などという軽いものではない、と認識するまでは。
カナってぇ、すごいえっちなんだよぉ?
「ヤッていい?」
『やめて』
流石に一線は越えたくないという謎の私の心の中の貞操観念が目を覚ます。ユズキは『ちぇー』と言いながら湯船から出て、私に『タオルと着替え置いとくねぇ』と言い残し、浴室から出ていった。
『…』
唇に手を当てる。…された。なんで?…私のことが好き?…えっちだから?
『あーもうわけわかんない』
とりあえずこの記憶は忘却しよう。その方が良い。
私に性的魅力があるなら多分世の中の男性はそこら辺にある雑草でもするだろ(失礼)。
「カナー、お昼ご飯できたよぉ」
部屋のドアを開けてユズキが言う。『うぃー』と軽く返事。
食卓にはしっかりと美味しそうな料理がある。
「ま、まま、むめめも。もめ(あ、カナ、美味えよ。これ)」
『飲み込んでから話してよ、カイ』
人生楽しそうだな、こいつ。
…いや、もう終わってるのか。
「こんなにガツガツ食ってくれるとぉ、作る側としても気分がいいねぇ」
『てか、ユズキってカイ見えるんだね』
「ネコの視力は引き継がれてるからね、カナと見える世界はだいぶ違うよぉ」
『幽霊が見えるのって、視力の問題なんだ…』
よくわからん返答に首を傾げるも、ガツガツ美味しそうに食べているカイを見て私もお腹が空いてきた。
『いただきまーす』
『寝るんだね、あいつ』
「そだねぇ」
昼食がよほど満足だったのかソファで横になりいびきをかく幽霊。
「はい、どうぞ」
『あ、ありがと』
ユズキからお茶をもらう。彼女は私の隣に座り、
「お話しようよぉ」
と手招きする。
『いいけど』
特に弾むような会話を私が持ち合わせているわけでもなく。こういうときに私はやはり陰キャなのだなと自覚する。
「…なんか話したいことある?」
『自分から振っといて!?』
流石にそれはないだろ、と言いたいところだがそもそも目の前の対話相手がケモミミなんて存在自体が『それはないだろ』案件なのでもう何も私はすぐ飲み込める自信がある。
『なんで、私に…したの?』
「えっちだから」
『えっち…?』
「あー…。言い換えるならぁ、私の性癖にドストライクでめちゃくちゃセックs」
『あー!わかったわかった!』
「胸は小さい方が良いからねぇ」
『いやそれは好みじゃないの?』
「まぁ…それはそれとして。でも、私は本当にこの家に感謝してるしぃ、カナにもお母さんにも感謝してるよぉ?」
『ありがとう…あのさ』
「?」
『なんでケモミミの実験体になったの?』
「…もう何年前の話だけどね」
『おかーさんー!今日はどこに行くのぉ?』
いつも、休日はどこかに連れてってくれるし、夫婦であり親子であり喧嘩はあれどすぐ仲直りするし、いい家庭だったと今でも思う。
「…ごめんね…ごめんね」
車でドライブかな、今日は遊園地かなと思っていたらどうやら両親の様子が怪しい。
『どうしたのぉ?おかーさん…おとーさん、おかーさんがなんかへんだよぉ』
「…」
『ふたりとも、おかしいよぉ』
僕の方のドアを誰かが開ける。
「こいつか…『売り物』は」
怖そうなおじさんが私の腕を強く引っ張る。
まるで、人間じゃないような扱いをされた。安い人形みたいに。
『経済的にきつかった夫婦は、ユズキを実験体へと売り飛ばした、と』
「…そうだねぇ」
なんとも言えない、この気持ち。救いたい…とは違う。実際彼女は私達によって救われている。
守りたい?私になんかできるわけがない。
…じゃあ?この気持ちは何?
1秒でも多く一緒にいたい。
1秒でも多く彼女を笑わせたい。
1秒でも多く…幸せにしたい。
これを…。
人は、何と言う?
私なら何て言う?
『母性…かな』
「???」
『…多分違うな』
さっぱりな顔をしているユズキのほっぺたに挨拶程度の接吻をして、『どう?』と聞く。
変なことやってるなー。と自分でも苦笑する。
「やっぱりぃ、えっち。今すぐにでもえっちしたい」
『まぁ…おあずけってことで…』
「あー!ずるいー!絶対しないでしょー!」
『あ、バレたー?』
「ぐぬぬぬぅ!」
じゃあ無理やりヤればいいのに、と言ったら「合意の元の性行為が一番気持ちいい」など、和姦についてえげつないことを話し出したので今日はこれで。
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