037 ビルイの災難 6

 集落まで戻ってきたが、ビルイの様子は芳しくない。


「あんた!」「とうちゃん!」「おとうちゃん!」


 ビルイの妻と二人の子供達はビルイの手を握り呼びかけるが、ビルイは反応しな

い。


「ど…どうして…どうしてこんなことに…ダンジョンじゃ怪我をすることは無いん

じゃなかったの!」


 妻が泣き叫ぶ。


 ツラワンは事の一部始終を妻に伝え、頭を深く下げて金貨を差し出した。


「これは、ビルイが誰も成し遂げたことのなかった偉業を達成して得たお金だ。受

け取ってくれ」


 金貨が妻の前に置かれたが、そのお金に手が伸びることはない。


 家の中は隙間がないほどの人で埋め尽くされているが、ただ、子供達のすすり泣

く声だけがしている。


 その時、コンコンと、簡素な戸板を叩く音がした。


「私です、マエラです」


「「「マエラさん!?」」」

 獣人達は、予想外の人物の来訪に驚いた。


 そしてマエラは、


「今、ビルイさんが一刻を争う状況にあるとわかっています。入れてくれません

か?」

 と、続けた。


 出入り口の近くにいた獣人よって、戸が開けられると、そこには猫耳をつけてい

る懐かしい顔があった。


「マエラさん、どうしてここに?」

「ますは、これをビルイさんに飲ませてあげて下さい」

 マエラは質問には答えず、ポーチ型のアイテムボックスからポーションを取り出

し、ツラワンに渡した。


「欠損も治る最上級のポーションです」

「そんな…最低でも金貨100枚はかかるって言われたのに」

 ツラワンは、その価値を知っているため使用を躊躇するが、


 マエラは、

「いいから、早く!ビルイさんが死んでしまいますよ!」

 と、軽く威圧をこめて言い聞かせた。


 ツラワンは、マエラからそれまで感じた事のない圧力を感じ、言われるがままに

ビルイにポーションを飲ませる。


 すると、体の腫れや折れた手足、内出血でどす黒くなった腹や顔の色が元通りに

なった。


 呼吸も落ち着いている。


「間に合ってよかった、もう大丈夫ですよ」

 マエラがそう言うのと同時に、家の中の重苦しい空気が霧散した。


「マエラさん、ありがとう…本当にありがとうございます」

「マエラお姉ちゃん…あ…ありがとー」

「おねえちゃん、おとうちゃんを助けてくれて…ぐず…ありがとう」

 抱き合っていた家族は、マエラに向かって涙を流して御礼を言った。


 これで一件落着と言いたいが、それでは納得しない人物がいる。


「マエラさん本当にありがとう、感謝してもしきれない。ポーションの代金は必ず

返す」

 ツラワンが頭を下げてそう言った。


 しかしマエラは、

「お金は結構ですよ」

 と、その申し出をやんわりと断った。


「それは駄目だ、こんなに高価な物を貰うなんてとんでもない」

 もちろんツラワンは食い下がる。


 押し問答が続くと予想していたマエラは、


「いえいえ、私にとっては大した物ではないので。実は、今も百本は持っているん

ですよ。これは一部ですが、ご覧の通り余る程持っているので」

 と言って、その場に最上級ポーションを数十本取り出した。


 全員黙った。


 こういう時は、現物を見せるに限る。現物ほど説得力があるものはない。


「なので、気にしないで下さい。あと、これは必要な方がいたら使って下さいね。

ちなみに、これらは最上級ポーションの何倍も持っているので、本当に気にしない

で下さい、いいですね?」


 といいながら、最上級ポーションは5本だけ残してしまい、新たに上級、中級、

下級ポーションを30本ずつ取り出した。


 マエラはダンジョンで魔物やガーディアンを倒しまくり、宝箱も回収しまくった

結果、大量のポーションを取得していた。しかしマエラは、怪我らしい怪我をする

ことがなく、溜まって行く一方だったのである。


「いやいやマエラさん、こんなに貰えませんよ。今までも施しを受けるだけだった

のに、さらにこんなに沢山の貴重品を貰うなんて」

 マエラ、獣人のみなさんの価値観を破壊しようとしたが、流石にこの短期間では

常識を塗り替えることはできない。


 獣人のみなさんにとっては、ここに出されたポーションの総額を計算するのも怖

くて考えたくない状態なのだ。


「困りましたね~。では、私からお願いがある場合は協力して下さい。それで結構

です」


 マエラはまた軽く威圧を混ぜて言い聞かせた。


 この集落にはビルイのような酷い容体の者はいないが、体に欠損のある者、病気

で治療が必要な者が、それなりの人数いるのだ。マエラはそれを分かっているの

で、マエラとしてもこのポーションを渡したいのである。


「わかりました…ありがとうごいます…」

 ツラワンもマエラの気持ちがわかったのだろう。ここは素直に受け取るべきと判

断し、マエラの厚意に感謝した。


 そして、話がまとまった時であった…


「お前達…ここは…家…か?」

「あんた!」「とうちゃん!」「おとうちゃん!」

 ビルイが目を覚まし、家族がビルイに抱き着いた。


「おいおい、何を泣いているんだ。それに…みんな…え?マエラさんまで!?…

そえいば、俺は暴行を受けて大怪我をしたはず…」

 ビルイは、目が覚めたら自分の怪我が治っていることに困惑した。


「ビルイ、実はな…」

 そんなビルイに、ツラワンが状況の説明を始めたのであった。


 ~~~~~


「そうだったのか…マエラさんは命の恩人だ、何かあったら…まあ、頼りになるか

わかないが、出来る事なら何でもするから、気にせず言ってくれ」

 ビルイがそう言って頭を下げた。


「はい、その時はおねがいしますね」

 マエラ、社交辞令で返す。


 そして一転、真面目な顔になる。


「みなさんには、追加でお話することがあります。私がビルイさんのことを知って

いたのは、実は、私もダンジョンの所にいたからでして…」


 そう、マエラは、その場に居合わせていたのだ。


 メッキラ独立国からダンジョンに戻ってきたマエラが、姿を消して中に入ろうと

した時であった。マエラの強化された耳に、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 マエラがその方向を向くと、ビルイと冒険者が揉めているとこであったのだ。


 元々建物内が騒々しいと思い聞き耳を立てていたら、三階層という単語がそこら

中から聞こえていたのだが、既に常識が破壊されているマエラは、”ふーん、三階

層に行けたんだ”程度の認識だった。要するに、興味がなかった。これは強くなっ

た自分に酔っていたわけではない…と…思う。


 これは何かあると思っていると、どうやらビルイが三階層を発見したが、その功

績を他のパーティーに横取りされたとのことだった。


「あのとき助けに入れずに申し訳ありませんでした。あの冒険者達があそこまでや

るとは思っていなかったのと、実は諸事情で姿を見られる訳にはいかなかったので

す。理由は話せないので聞かないで下さいね。もちろん私がここに来たことも」


 また軽い威圧を混ぜる。


 非常事態なので仕方ないが、これは調子に乗っている。


「とはいえ、それに関しては今までも秘密にして下さっていたので心配はしていま

せんが」


 と、一拍置き、


「実は、ビルイさんを雇っていた冒険者が、この集落を見張っています。おそら

く、金貨が目当てと思われます」


 と、ツラワンが狙われていると伝え、


「ツラワンさんもそうですが、ビルイさんも家から出ないで下さい。回復したと

知ったら、ポーションを隠し持っていたなど、あらぬ疑いが生じてしまいます。皆

さんも普段と変わらず過ごして下さい。もちろんビルイさんが回復していない体

で」


 と、忠告をした。


「私は、早急にやらなければならないことがあるので、少しの間姿を消します。た

ぶんそれほどかからないと思います、皆さんが眠っている間には方が付くと思いま

すので、明日の朝にまた来ます。その後のことはその時に話し合いましょう」


 そう言って、マエラは立ち上がり、


「では、くれぐれも気をつけて下さい、馬鹿な真似はしないで下さいね」


 と、再度忠告して、マエラはビルイの家を出て行った。


 ~~~~~


「なあ…マエラさん、いつもと雰囲気違わなかったか?」


「なんか、凄みがあったな」


「あのマエラさんが、あんな雰囲気になるって…」


「まさか、奴らを一人で相手にするつもりじゃ…」


「マエラさんに限ってそれはないだろ…姿を隠さなきゃならないって言ってたし」


「だ…だよな」


 獣人のみなさんに、あらぬ誤解を与えたのであった。


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お読み頂きありがとうございます。

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