036 ビルイの災難 5
「お前、奴らにそれを教えたのか?」
それが、黒き竜爪から返ってきた言葉だった。
ビルイは、自分が予想していたものとは別の反応が返って来たことに戸惑い、
「や…奴らとは…誰のことですか?」
質問の意味がわからず、ビルイは聞き返した。
「赤き狼牙だよ」
抑揚のない声が返って来る。
「え?いえ…赤き狼牙のみなさんとは、ダンジョン内で会いましたが、私は誰にも
話していません。新階層を見つけたあとも、できるだけ情報を得ようと探索して…
そうです、こちらを回収してきました」
と、新たに入手したポーション類や武具を差し出した。
しかし、黒き竜爪は、いつもならひったくるそれを受け取ろうともしない。
「あいつらは、俺達が死に戻りしてからダンジョンに入って行ったんだぞ?」
そう言われても、ビルイには何のことかわからない。
自分は世紀の大発見をしたのに、なぜ自分が責められるような物言いをされてい
るだろうか?と、戸惑ってさえいる。気持ちの高ぶりと思い込みで、視野が狭くな
ているのだ。
そんなビルイの態度に怒りを募らせる黒き竜爪。
「お前は、奴らより先に、三階層への入り口を見つけたのか?それとも、奴らの後
に見つけたのか?どっちだ?」
ビルイは、ここで初めて、自分が何をしでかしたのか認識した。建物内の異常な
雰囲気は、既に第三層の発見という情報が齎されていたためであると。
「わ…わかりません…」
ビルイの顔から血の気が引く。
「わかりませんで済む問題じゃねーんだよな、これが。お前、見つけたあと探索を
したと言ってたよな?それは、どのくらいの時間だ?」
「せ…正確には…さ…ニ十分程度かと…」
”ゴスッ”
ビルイは顔に衝撃を受け、気づいたら床に倒れていた。
剣が鞘に入った状態で殴られたのだ。
「お前がのんびり探索などせずに戻って来ていたら、金は俺達のものだったんだ
よ!お前は奴らにつけられて、奴らを第三層へ導いたあげく、呑気に探索している
間に俺達の手柄を横取りされたんだよ!」
黒き竜爪は、ビルイを囲んで蹴りつける。
実際はどうかわからないが、状況と時間からしてビルイが探索をしている間に、
三階層発見の功績を横取りされたのだと判断したのだろう、黒き竜爪は荒れ狂っ
た。
そこに、思わぬ相手から静止が入った。
「おいおい、暴力はいけないぜ?そいつ死んじまうぞ?せっかくお前達のために、
アイテムを持ってきてくれたんじゃないか」
と、一人の冒険者が、ビルイを殴り飛ばした人物を宥める。笑みを浮かべなが
ら。
ビルイを集団で痛めつけていた黒き竜爪は、その笑みで、自分達の考えが間違い
ではないと確信する。
「その獣人は、俺達をつけて、俺達の後に三階層に入ったんだろうよ、だから八
つ当たりするのは筋違いというもんだぜ?そいつの持ってきたポーションで回復し
てやれよ、お前達の勘違いで今にも死にそうだぜ?」
黒き竜爪は、苦々しい表情で赤き狼牙を睨み付ける。
「お前らが俺達の功績を横ど…」
「証拠はあるのか?ないよなぁ、お前達は死に戻りしていたから、三階層に行って
いないからなぁ」
黒き竜爪には、それに反論できる証拠はない。ないのだが、
「お前らが、俺達の功績を奪ったんだろうが!金は俺達のものだ!返せ!」
彼らの怒りは収まらない。
「おいおい、言いがかりは止めてもらいたいな。もしお前達の言い分が正しいとし
ても証拠がないようじゃなぁ」
とヘラヘラ笑いながら言った。
「貴様!」
と、赤き狼牙に殴りかかろうとしたとき、
「お前達、何をしている!」
ギルド職員が割って入った。
「いえ…その…」
「なんかこいつらが、俺達、赤き狼牙の新階層への入り口の発見という輝かしい成
果を妬んで絡んできたんですよ、いあ~嫉妬はこわいこわい」
反論できない黒き竜爪に対して、赤き狼牙はこの場所にいる全員に、新階層発見
は自分達の功績だと周知するように大声で言った。
「そうなのか?」
とギルド職員が聞くが、
「………」
黒き竜爪は反論できない…だが、認めたくない。
ギルド職員は暫く待ったが、何も言わない黒き竜爪を見て、
「反論がないなら、これで終わりだ」
と、切り捨てた。ギルド職員も事情は把握しているが、証拠がなければどうしよ
うもない。
「俺達は全員三階層へ到達している。そういうことだ」
赤き狼牙は、ハハハハッと笑いながら去って行く。
一方、ギルド職員にはもう一つ片づける仕事があった。
「それで、これはどういうことだ?この中では暴力は禁止されているぞ?」
と、顎で床に転がっている獣人をさした。
「そ…それは…こいつが、契約違反をして…」
「そうです!こいつが、重大な発見をしたにも関わらず、俺達に隠していたん
だ!」
「功績を独り占めしようとしやがって、つい手が…」
と、責任逃れをする。それを聞いたギルド職員は、
「ならば仕方あるまい、だがこの場で死んだとなるとお前達を罪に問わねばならん
ぞ。簡単な治療だけはしておけ、それで不問とする」
と言い、戻って行く。
獣人の扱いはこのようなものなのだ。
「クソッ!」
と、ビルイが集めたポーションの中から、安物のポーションを投げつけた。
~~~~~
ビルイは、ツラワンの思いも空しく、既に冒険者達に接触してしまっており、全
て露見してしまっていた。
その場にいた者達は事情を察したが、最初に発見したのがビルイだと証明できな
いため、誰も擁護はしない。そして、ビルイなどいなかった、何も起きなかったと
いう体でその場から離れていく。
ツラワンはビルイに駆け寄って、彼を抱き起す。
「すまねぇ…ビルイ…すまねぇ…」
「き…気にするな…俺の注意力が足りなかった…だけだ。俺がお前の立場でも…ど
うしようもなかったのは…わかる…」
「ポーションだ、早く飲め」
ツラワンはビルイの口の元にポーションを持って行く。
ビルイはポーションを飲んだが、小さな傷が癒えただけで、内臓や骨折は治って
いないようだ。手足もあり得ないくらい腫れて、おかしな方向に曲がったままだ。
「ちくしょう、あいつらやりたい放題しやがって!獣人の命なんかなんとも思って
ねえ!」
このままではビルイは助からない。
しかしツラワンは思い出した。新階層の発見で、自分にも金が入ることを。
「待ってろ、ポーション買って来るからな」
ツラワンはそう言い残して受付に行く。
「俺の、今回の俺の報酬を貰いたいんですが!そしたら、そのお金で最上級のポー
ションを売って下さい!」
「今回あなたに支払われる金額は金貨10枚ですね。最上級のポーションは大金貨
10枚、金貨にして100枚は下りません、それが最低金額です、全く足りません。そ
れより、ここで死なれると困るので、動けるようなら町から出て行ってもらえます
か?というより、そろそろ門が閉まりますよ?」
ツラワンの必死の訴えも、受付の職員からは事務的な回答がくるだけ。
「お前達は、あんなに苦しんでいる者を見ても、何も思わないのか!」
ツラワンは声を荒げるが、周りの人間は、「お前何言ってんの?だって、獣人だ
ろ?」という表情だ。
何も不思議な事ではない。彼らには、それが当然のことなのである。
「ツラワン、一旦町から出るぞ!」
振り向くと、他の獣人達がビルイを担いでいるところだった。
「わかった、今行く」
「報酬はよろしいので?」
事務員からそう言われ、金貨十枚を乱暴に掴んで、その場を離れた。
そして、その様子を伺っている者達がいたのだが、怒りと焦りでそれに気づくこ
とはなかった。
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