035 ビルイの災難 4

 ビルイは目的の場所に来たが、そこは何の変哲もない、ただの行き止まり。


 だがビルイには確信があった。ここに来るまで、自分の記憶を思い起こしていた

が、この階層は床、壁、天井に至るまで全て一色なのだが。一か所だけ僅かに色が

違う場所があったのだ。


「あった、やっぱりあそこだけ色が違う」


 行き止まりの壁、床から三メートル上、天井に近い場所の一つのブロックが僅か

に黒ずんでいる。


 普通に手を伸ばしただけでは届かない場所である。しかも気づきにくい。


 ビルイはその個所の下まで移動し、跳躍してそこに触れた。


 …が、感触がない。


 なんと、手が壁の内側に入ったのだ。


 しかし、そこには確かに壁がある。


 ビルイは何度も跳躍して確かめたが、同じ結果になった。


 仕組みはわからないが、何らかの方法でそこに壁があると見せかけているのだ。


 ビルイは跳躍して縁に手を掛ける。そして、頭を壁の中に入れると縦横ともに

1.5メートル程の幅の通路が先まで続いていた。


 気持ちが昂る。


 ビルイは目の前にある出っ張りに手をかけて、その通路に身を滑り込ませた。


 ビルイは興奮していた。もしかしたら、自分が長い間発見されることのなかった

次の階層を見つけることになるのではと。だから気づかなかった、自分の行動が少

し前から監視されていた事に…


 ~~~~~


 通路を出た先は今までと変わらない構造だったが、転移場所を示す石柱があっ

た。


 ビルイは石柱の前に立つと、震える手を石柱にかざした。すると石柱には行先が

表示される。

 石柱に触れることで転移ポイントを登録できるのだ。ダンジョン内の石柱からは

入口までしか戻れないが、登録したポイントが一覧で表示され…


 ビルイの転移ポイントには、”三階層入口”が追加されていた。


「や…やった…三階層を…発見した」

 ビルイは、体がフワフワとして現実感がなかったが、徐々に偉業を達成した事実

を自覚してきた。


「やったぞー!俺が!初めてこの場所に到達したんだ!」

 ビルイの喜びが爆発する。


 この情報をギルドに報告すれば、多くのお金は冒険者に持っていかれるが、それ

でも少なくないお金が手に入るはずだ。


 これで当分生活に困ることはない、家族に腹いっぱい食わせることが出来る。


 ビルイは一人、この後のことを想像して頬が緩んだ。


 このまますぐに戻ってもよかったが、三階層の情報を少しでも持って帰れば、さ

らに収入が増えると判断して探索を始めた。


 そして、結果死に戻りしてしまったが、いくばくかのアイテムや情報を得ること

ができたのであった。


 ~~~~~


 ちなみに、すぐに調子に乗る誰かさんは、”ダンジョンに入って暫くは、足裏

マークは思わせぶりなだけで、ヒントでもなんでもなかった”と言っていたはず。


 だが実際は、誰かさんが見つけられなかっただけで、ちゃんとヒントはあったの

だ。


 ただ、すぐに調子に乗って勝手に恥ずかしがる誰かさんは、スキルの囁きでこの

通路を見つけたので、ヒント云々は関係なかったのである。


 ~~~~~


 入口に戻ったビルイだが、建物内の雰囲気がいつもと違うことに違和感を覚え

た。そこにいる全ての冒険者が興奮し、目をぎらつかせているのだ。


 ビルイがダンジョンから出て茫然としていると、突然胸倉を掴まれ、


「てめー遅かったじゃねーか!何してやがった!」

 と、黒き竜爪のメンバーに罵倒された。


「ダンジョンを可能な限り探索していたのです、決して怠けていたわけではありま

せん!聞いて下さい、第三層への入り口を発見したんです!」


 ビルイは自分の成果を、誇らしげに報告しのだが…


 その言葉を聞いた黒き竜爪の目が…据わった。


 ~~~~~


 場面は戻り、ビルイとツラワンが別れて少し経った頃…


「ちっ、何も見つかんねーじゃねーか!」

 ツラワンはその言葉にビクッと体を震わせた。


 宝箱どころか、魔物にも遭遇しない。


 このままでは、収入がないどころか、後で冒険者達に何をさせるかわからない。

ツラワンのせいではないのだが、獣人は不満のはけ口となってしまうのだ。


 ちなみにツラワンを雇ったパーティーは”赤き狼牙”と言うが、こちらも”黒き竜

爪”に負けず劣らず評判が悪い。


 そんな重苦しい雰囲気の時であった、ダンジョン内をうろつくビルイが視界に

入った。


 実際はうろついてはいなかったのだが、気持ちが荒んでいるときは、何でも気に

入らなく思ってしまうものだ。そしてその獣人は、行き止まりの部屋に入って行

く。


「あの獣人、確か入口にいた奴だな、あんな所で何してやがる」


 部屋の入り口から、突き当たりの壁際で跳躍する獣人を観察していると、その獣

人が壁の中に消えた。


「なんだ!?あの獣人壁の中に入って行ったぞ!あんな仕掛けあったか?」

「いや、聞いたことねーぞ」

「もしかして…もしかするんじゃねーか?」

 赤き狼牙のメンバーは、ニンマリと笑い、頷き合った。


 それを見たツラワンは、この後起こるであろうことに考えを巡らす。


「おい、獣人。あそこに入って様子を見て来い、決して先に行った奴に見つかるん

じゃねぇぞ。確認したら直ぐに戻って来い、いいな」


 その指示が来ることは想定していた通り。ツラワンは指示に従い、ビルイが入っ

ていった通路を進む。


 行きついた先は、三階層だった。


 ツラワンは悩む。ビルイは既に戻ったのか、この階層を探索に行ったのかで、事

態が大きく変わってしまうからだ。


 このまま自分だけでも入口に戻ってしまう手もある。だが、戻れば自分一人では

帰って来れない、流石に赤き狼牙達もツラワンが戻って来なければ、通路に入って

第三層を見つけるだろう。


 そして自分がいないことがわかったら、報酬を貰えない。もしビルイが入口に

戻っていなくても、自分が赤き狼牙と一緒に戻れば、自分の報酬をビルイに渡せば

いい。


 だがそれも問題だ。ビルイを雇った冒険者達に、ビルイが最初に見つけたことが

伝わったら、ビルイに被害が及んでしまう。


「おーい、ビルイいるか!聞こえたら入口に戻って来い!」


 最善はビルイを先に入口に戻すこと。既にこの階層にいないかもしれないが、ツ

ラワンは大声で叫んだ。


 返答はない。入口に戻ったのか、それとも声の届かない程奥に進んだのか…


「お前、何やってる。何もするなと言っただろう。ダンジョン内だから手は出さ

ねーが、勝手な事してんじゃねぇよ」


 ツラワンが思案していると、聞きたくない声が後ろから聞こえた。


「す…すみません。正確な報告をした方がいいと思い、いるかいないかくらいは確

認しようと…」

 もうツラワンに出来ることはない。最悪の場合に備え、報酬だけでも手に入れる

作戦に舵をとり、媚びへつらう獣人を演じることにした。


「まあいい、奴はいたか?」

「いえ…私が来た時はいませんでした。入口に戻ったか、先に進んだかもわかりま

せん。ただ、今の呼びかけにも反応はありませんでした」


「そうか…よし、急いで戻るぞ!あの獣人が戻っていなければ、俺達が三階層を発

見したことにできる!暫く遊んで暮らせる大金が舞い込んでくるぞ!」

「「「おお!」」」


 赤き狼牙は見た事もない気合の入り具合だ。自分達の野望を一気呵成に成し遂

げんという勢いである。


「あの…ご相談があるのですが…」

「うるせーぞ!後にしろや!莫大な報酬がかかってるんだよ!」

 ビルイが話しかけるも、赤き狼牙は足早に入口に戻って行った。


「まずい…せめてビルイが見つけたことだけは隠さないと」

 ツラワンは冒険者の後を追った。


 ~~~~~


 結果、ビルイは戻っておらず、新階層発見の手柄と報酬は、赤き狼牙に奪われて

しまった。


 最悪の展開になってしまったが、これ以上悪化させてはならない。


 ツラワンに出来るのは、ビルイが最初に発見していたことを知られないようにす

るだけ。


「あの、お願いがあるのですが」

 ツラワンは赤き狼牙に話しかけた。


「なんだ?報酬か?心配するな、ギルドの決まり事だから破るわけにはいかない。

勿体ないがお前にも報酬が入るだろうよ」


「あ…ありがとうございます。実はお願い事は別でして…あの…三階層を見つけた

事はみなさんとうことは間違いない事実です。ですから…ビルイ…あの獣人を雇っ

た人達にばれないようにして頂ければと…」


 それを聞いた赤き狼牙は呆れ気味に言った。


「そもそも、その言い方がおかしいんだよなぁ。入り口は俺たちが見つけて最初に

報告した、それが事実だ。何を言っても覆ることはない。ん?ははぁ、そうか、お

前が心配しているのはそういう事か、それはお前が、あの獣人を説得すればいいだ

けだろ、俺達は知らん」


「そうですね、ありがとうございます」


 そう、あとは、ビルイが彼を雇った冒険者に接触する前に口裏を合わせればいい

だけだ。


 憂いが無くなり、そう結論を出したツラワンはダンジョンの入り口に行こうと目

を向けたのだが…


 時すでに遅し、ビルイが殴られている姿が目に飛び込んできたのであった。


===================================================


お読み頂きありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る