031 偉業の裏で
その日、リビール商会に激震が走った。
激震と言うのは大げさかもしれないが、リビール商会で持っていない情報が齎さ
れたのだ。
”我は全てを知っている”などと傲慢なことは言わないが、調査依頼は成功率
100%(商会設立一ヶ月ちょっと)を誇っている商会なのだ、情報の保有量に関し
ては負けることはないと自負している。
ダンジョンに関しても、確認できている全てのダンジョンを攻略し、ダンジョン
内のマップや宝箱、罠の場所や種類を把握している。
一人が入ったわけではない、リビール商会の従業員の義務として、一人一回はど
こかのダンジョンに入って情報を集めて来た。そのサンプルは途方もない数になっ
ている。
もう調べ尽くした、これ以上の情報はないという、仕事に対する矜持もあった。
しかし見方によっては、それは驕りが過ぎるというもの。
へし折られるべくして、へし折られたプライド。
その情報とは、ダンジョンで”能力カード”が見つかったこと。
そして、それを発見したのは、今リビール商会で一番話題の人物であるマエラ。
”能力カード”の存在は、”今日のマエラさん”で配信され、その情報は商会中に一
気に拡散された。
見つけたのがマエラというのが問題なのではない、自分達が調べたのに、未知の
仕組みや情報が残っていたのが問題なのだ。
リビール商会の従業員は高い能力を有している。慢心しないようにと、”誰10”終
了後にはその点を注意されていたが、やはり人は急に力を得ると慢心するのであ
る。
秒で慢心するマエラが見つけたという落ちも付いたが、マエラは直ぐに正気に戻
るので、まあ…そこは、まあ…
だが、この出来事は今後の商会にとって良いきっかけとなるだろう。
ともあれ、”能力カード”の存在は今まで誰も知らなかったわけで、実はダンジョ
ンが出現してから初めて確認された事実でもある。
控えめに言って世紀の大発見、マエラのトレジャーハンターとしての実績に特大
の偉業が書き加えられたのであった。
ダンジョンが出現して今まで発見されなかったということは、とても出現確率が
低いということだが、カードが出る段階まで到達できる者が少ないと言うことも
あった。
マエラの場合もトレジャーハンターのスキルにより補正はかかっているが、
0.000001%が0.000002%になったようなもの、確率的には微々たるものだ。
「じゃあ、なぜ今回現れたのかわかります?」
「普通に宝箱を探していたら0.000001%の確率のままだが、あの娘のように”謎を
解いて絶対に手に入れる”といった気持ちが大事なようだな。そして、”ダンジョン
を楽しむ”という純粋な情熱を持っていないと駄目らしい」
遥希の問いに赤髪の美女が答え、さらに、
「あと、ダンジョンをただの資源として見ていると能力カードは出てこないようだ
ぞ。”作成者”はダンジョンを楽しんで欲しい、と”言って”いたからな」
と続けた。
「ありがとうございます。でも、この情報は秘密にした方がいいですね」
「そうであろうな、楽しんで頑張った者だけが手に入れる事ができるのは良い事
だ。まあ、報酬欲しさにダンジョンに挑む者が多く出るだろうが」
赤髪の女性は、そう言って笑うのであった。
事実、リビール商会の従業員がダンジョンに入るようになるのだが、果たして能
力カードを手に入れる事が出来る者は現れるのだろうか。
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マエラが飛翔を覚えたことで、とても落ち込んでいた人物がいた。そして、その
人物が遥希の元を訪ねて来た。
「ハルキ、クモさん…悔しい」
「クモさんどうしたんです?何があったんですか?」
遥希は、クモさんの今まで聞いた事のない声に、何か重大な事が起こったのだと
察した。優しくて、褒めるとすぐ照れて謙遜するあのクモさんが、こんなに思い
詰めているのだ。
「クモさん、マエラをずっと近くで撮ってきた。ベストなアングルを追及して、マ
エラの良い所をみんなに見てもらおうと、努力してきた」
「ええ、知っていますよ。綺麗で迫力があって、マエラさんの良い所がすごく表現
されていて、楽しく見させてもらっていますよ」
「ありがとう…でも、クモさん…マエラの初めてを…撮ってあげられなかった…」
クモさんの声がだんだんと沈んでいく。
遥希はクモさんの側に行き、クモさんの胴体をさすった。
「クモさん、辛いことがあったら何でも話して下さい。僕達は仲間です、クモさん
には色々な所で活躍してもらって、助けてもらっています。だから忘れないで下さ
い、クモさんが困ったときは、僕達が手助けします」
「うん、クモさん、それはしっかりわかっている。だから、お願いに来た」
「はい、頼ってくれて嬉しいです。話を聞かせて下さい」
遥希はクモさんの手を握る。
「クモさん、マエラが初めて外で大空を飛んだとき、下から撮ることしかできな
かった…。ダンジョンの中では天井があったから色んな角度から撮れたのに、大空
では足場がない。下から追いかけるしかなかった…。望遠でも鮮明に撮れるけど、
全部下から…マエラの偉業を、最高の動画で残すことが出来なかった…悔しい!ク
モさん、こんなに悔しいのは初めて!だから、クモさんも飛びたい!マエラの様に
自由自在に大空を飛びたい!仲間に確認したけど、そういうスキルを持ったクモさ
んはいなかった、難しいのは分かっているけど、一緒に方法を考えて欲しい!」
遥希は、クモさんがこんなに長く、気持ちを込めて話すのを初めて聞いた。本当
に悔しかったのだろう。
「わかりましたクモさん、もちろん協力しますよ」
「クモさん、飛べるようになる?」
「どうかな?」
遥希は隣に座っている、銀髪の女性に話を振った。
「たぶん、できると思います。だけど魔力操作から覚えないといけないから、今
直ぐという訳にはいかないと思いますけど」
女性は、大して悩むことなくそう言った。
「クモさんやる!クモさん頑張る!マエラがダンジョンに行く前に絶対に覚え
る!」
クモさんの決意は固い。
「わかりました、では風魔法で飛ぶのと、重力制御で飛ぶのどちらにしますか?」
「クモさん、重力制御をまず覚えたい。風が起こると周りにバレちゃうから。でも
風魔法も覚える」
こうして、やる気に満ちたクモさんの魔法習得が始まったわけだが、この時、遥
希も銀髪の女性も、クモさんの種族特性を失念していた。
クモさんは僅か半日で、魔力操作から重力魔法、そして風魔法を覚えてしまい、
次の日には全属性の魔法を習得してしまったのだ。
遥希達はクモさんに魔法を教えることで、意図せず、あまねく宇宙において最強
の種族を生み出してしまったことに、まだ気づいていない。
そしてクモさんは、宇宙の番人として悪人から恐れられることになるのだが、そ
れはまた別のお話である。
本当に、クモさんが善性の心の持ち主でよかった。
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”今日のマエラさん”人気動画ランキング
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1位:マエラさん飛ぶ
2位:マエラさん黒い小箱を開ける
3位:マエラさん調子に乗ってすっ転ぶ
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こちらも堂々一位を飾った。
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