029 黒い小箱 2

 しかしマエラは焦らない。


 崩れた体勢でもなんとか天井に足をつけると、台座の足裏マークが点滅した。


 片足での接地だが、速度とためは想定通り、靴のおかげでグリップが効いてい

る。体の向きも半身気味ではあるが正面側を向けている。これなら大丈夫、踏ん張

りは効く。


 マエラは下に向かって天井を蹴った。強すぎず弱すぎない力加減、魔物の集団の

猛攻から逃げることを思えば大したことではない。マエラは、あの、力加減を間違

えたら死が待っている状況を潜り抜けてきたのだ。


 最終試験の一つとして、魔物の群れから逃げることもやらされたのだ。


 マエラは空中で体を少し捻りつつ半回転し、着地の姿勢に入る。これくらい出来

なければ、あそこでは生き残れないのだ。


 マエラはその間も、近づいて来る台座をしっかりとその視界に収めている。あと

は台座の上に乗るだけ、体勢と位置は完璧、着地の瞬間膝を軽く曲げ衝撃を吸収す

る。


 マエラは、滑る事無く、足裏マークの上に正確に着地した。


 その瞬間、部屋全体が色とりどりの光に輝き、軽快な音楽に包まれた。


 マエラはやり遂げた。あの、人を小馬鹿にする音を聞いても挫けなかった。腹は

立ったが。


 マエラは大きく息を吐いた。そして台座に視線を落とすと今回も水が出ていた。

滑らなかったのはマエラの身体能力もあるが、靴の影響が大きい。


 マエラはポメラに少しだけ感謝した。


 部屋を満たしていた色とりどりの光が消え、今度は台座全体が点滅を始めた。マ

エラ何かが起こると直感し、台座から下りる。


 マエラが台座から降りると台座の上部が中心から左右に開き、その中に黒い光沢

のある小さな箱が現れた。


 マエラは戸惑う。なぜなら、今まで出て来た宝箱とは形が違うからだ。これまで

の宝箱は木材でできており、縁取りが鉄、銅、銀などの色違いはあったが、これぞ

宝箱と言った形状であった。おそらく金の縁取りもあるのだろうが。

 しかし今回は、大きさ自体が小さい。片手で掴める程小さな箱。


 だが、その小ささも気にならない美しさにマエラは心が惹かれた。


 顔が映る程光沢のある黒、そこに金色で描かれた木と花、鳥の絵。マエラは、今

まで見たことのない美に魅了された。

 日本人なら一目でそれが何かわかったであろう、黒色は黒漆、その蓋の表面に

は、金色で表現された梅の木と薄い赤の花、そしてその木の枝から今にも飛び立と

うとするメジロが、蒔絵で描かれている。そう、蒔絵漆塗りの小箱だと。


 あまりの美しさに警戒することなく手に取ってしまった自分の迂闊さを恥じる

が、スキルが反応していなかったのだから問題ない、うん問題ない。


 マエラは、小箱の蓋に手をかけた。


 この瞬間は、何にも代えがたい高揚感に満たされ、気持ちが昂る。はやる気持ち

を抑えて、ゆっくりと箱の蓋を開けた。


 中には、箱の大きさとほぼ同じ大きさの、透明な板が入っていた。


「私知ってる、これ、カードだ」


 単語帳に言葉の説明とともに載っていた絵に似ていた。


 マエラはカードを木箱から取り出す。


 カードの素材はわからないが、すべすべしていて透明で、表面には文字と絵が書

かれている。


 文字は、”飛翔”。そして、背中から鳥のような翼が生えている人の絵。


「何だろうこれ…カードの説明にあった、色んなカードを集めて遊んだり、交換し

たりするもの?全部集めれば何かがもらえるとかじゃないよね…」


 こんなに苦労して、低確率で出現したであろうカードを何枚も集めるなんて気が

遠くなる作業は…それはそれで面白そうと思うマエラだが、あまりやりたいことで

はない、何枚集めればいいのかもわからないのだ。


「でも…すごく貴重な物なのは間違いない…私のスキルが、そう囁いている」

 マエラのスキルが囁いているなら、そうなのだろう。


「どうやって使うのかな。ダンジョンから出てくるアイテムなら、必ず意味がある

と思うし…」


 マエラは、カードを振ったり、投げたり、「飛翔!」とポーズをきめて声に出し

たりと試してみたが、何も起きなかった。


「えぇ~集めるタイプのカードなのかなぁ。あ、もしかしたらステータスに変化が

起こってるかも」

 と、呟きながら、なんとなくステータスウィドウを表示させた。


 しかし、ダンジョンに入る前と比べても、ステータスに変化はない。


「違ったかぁ~苦労して手に入れたんだから、何かご褒美が欲しいです!」

 と言いながら、カードをステータスにかざした。


 特に何も考えていなかったのだが、それが正解だった。


 ステータスウィドウ上に文字が表示されたのだ。


【能力カードを確認しました。”飛翔”の能力が獲得可能です、能力を獲得します

か?YES / NO】


 それを目にしたマエラの全身に、鳥肌が立つ。


 マエラは、震える指で、”YES”を押した。


 直後、カードが消失し、マエラの頭の中に知識が流れ込んできた。


 そして、ステータスウィンドウの能力の欄に、ある記述が追加されていた。


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 名前:マエラ

 年齢:21

 種族:人間

 身分:リビール商会 従業員


 レベル:30


 スキル:トレジャーハンター

  レベル1 :財宝や罠を感知

  レベル2 :財宝を感知(近づく程強く感じる)、罠を感知、魔物を感知

  レベル3 :マップが使える(ダンジョンや遺跡などに限る)


  感知範囲:50m

  レアアイテム獲得補正:2倍


 特性:


 能力:気配察知、魔力操作、飛翔

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