028 黒い小箱 1

「ふふ、レベル30を超えた私の華麗な跳躍を見せてあげます!」


 懲りずに調子に乗っているマエラが、カウンターが1になった台座に後方伸身宙

返り一回捻りで降り立った。


 …かに見えたが、


「ぐへっ」


 妙齢の女性が出してはいけない声を出して、盛大にすっ転んだ。


 それはもう見事に、浮遊感を覚えた直後、背中からズドンと床に叩きつけられ

た。


 敷石が一斉に赤く点灯し、部屋の中に響き渡る。”ブッブー”という人を馬鹿にし

た音。


「なんでぇ~しかっり着地したのに~」


 仰向けになったまま悔しがるマエラ。


 ~~~~~


 壮絶なレベル上げを終え、マエラは再びこの場所に戻って来た。そして、満を持

して台座に乗る。


 表示された数字は10。


 マエラは躊躇うことなく最初の敷石に向かってジャンプした。そして、足をつけ

た瞬間には次の敷石へ跳躍する。


 レベルアップして強化された運動能力と動体視力を駆使し、着地した瞬間に部屋

の中を確認、次に点灯する敷石を視界に捉えて、そこに向けて跳躍して行く。


 台座の数字が瞬く間に減って行き、数字が1になった時に光ったのは台座の足

跡。


 マエラは、あの足跡の上に自分の足を乗せるのだと、瞬時に判断した。


 そして飛ぶ、無意味な捻りを加えて。


 余裕ぶっこいたのが悪い訳ではなかったのだが、着地に失敗して物の見事にすっ

転んだ。


 起き上がったマエラは台座へと向かう。かなりの勢いがついていたため、それな

りの距離を飛んでいたが、落下による体への影響はない。マエラは既に、常人の域

を遥かに超えているのである。あの程度では打撲にもならない。


 今のマエラの身体能力なら、空中で体勢を立て直すことも可能だったのだが、ク

リア寸前の油断から受け身すらとれなかった。これでは、また馬面教官の出番が必

要である。


「なんでいつも肝心なとこで調子に乗っちゃうんだろう…誰かがここにいたら笑い

者だよ…」


 マエラは自分の迂闊さを反省し、この場所に一人であったことに安堵する。確か

に誰かいたら大爆笑物の恥ずかしい場面だったであろう。


 ダンジョンなら他に人がいてもおかしくはないのだが、現在マエラがいる場所ま

で到達できる人間はいない。


 しかしマエラよ、無理かもしれないが、常識を疑え。数時間後には、その恥ずか

しい動画が多くの人の目に触れることになるのだ。

 台座の場所まで来て足裏マークの位置を見ると、何かが光を反射している。


 水だ、台座の上部から水が滲み出ていた。


 台座の上は元々滑りやすかったが、そこに水膜ができることで、摩擦係数が下が

たのである。


 もちろんマエラがそんなことをするはずもない。ということは、ダンジョンの機

能ということになるのだが…暫く台座を見ていたら水が引いていき、元の状態に

戻った。触っても手に水滴はつかない。

「もうなんなの!この無駄に凄い技術!」


 いやらしい仕掛けに、マエラは憤る。


 しかし、対策を考えなければならない。水が滲み出てくるのは、台座だけではな

いかもしれないのだ。


「近くなら問題ないし、五メートルくらいなら真上から着地するように調整できる

けど、それ以上の距離になったり、次に向かって力を込めたりしたら、絶対に滑る

よね…」


 マエラは暫く考え込んでいたが、「そういえば…」と、呟いた。ダンジョンに来

る前に渡された道具の中に、ある物が入っているのを思い出したのである。


 それは靴、ポメラが滑らない靴と言っていた。


 マエラはその靴を取り出して履いた。何の素材で出来ているか分からないが、と

ても軽くて動きやすいし、クッション性もある。今まで履いていた皮の靴がまるで

木の靴に思えてくる。

 水を台座の上に垂らして、勢いをつけ飛び乗ってみるが滑らない。


 マエラは薄々感づいていたが、それが確信に変わった。反教会同盟は既にこのダ

ンジョンを踏破しており、ダンジョン内の情報を持っていると。


 少なくとも、ジルベスタとズダロンは踏破しているだろう。でなければ、コアを

壊せばダンジョンを破壊できると知っているはずがない。もしかしたら、別のダン

ジョンを消滅させた事があるのかもしれない。


 それはともかく、なぜ足裏ダンジョンを破壊していないのか。今までの話からの

想像だが、同盟はマエラのような人材が見つかるのを待っていたのではないか、教

会に反意を持っており、自分達の思想と合致する思いを持つ人物を。


 ジルベスタも言っていた、人間がダンジョンを破壊することに意味があると。


 全てが、マエラの中で繋がった。


 マエラが現れたのは偶然だが、リビール商会の目的に合致していることは間違い

ない。マエラの勘違いと言えないのが悔しい。


 ~~~~~


 台座には15の数字が出ているが無視して、一旦下りる。


 そして、改めて気合を入れ直して乗った。すると今度は3と表示された。この仕

掛けは、数が少ないほど距離が長くなる傾向がある。それを考慮すると…

「台座以外は二か所ということ…二回目は隅から隅への跳躍になりそう…ギリギリ

届くかどうかって距離かな…」


 そう結論を出して、マエラは床をみる。…が、点滅している敷石がない。


「どういうこと?一旦降りてみる…のは止めよう、この機会を逃すのは勿体ない」


 そう思い止まり、マエラは視線を上げた。すると、その視線の先、正面の壁の一

部が点滅しているではないか。


 マエラは考える、今の状況で起こる最悪な事を。


 部屋の中を再度確認し、そして一つの可能性に辿り着く。今のマエラに可能だろ

うか…と不安になる。だが、ジルベスタが言った、ダンジョン攻略にはレベル30

は必要だと。


 マエラはそれを信じる「だったら、今の自分なら出来るはずだ」と。


 自分にそう言い聞かせて、一回目の跳躍をした。


 ~~~~~


 壁に向かって跳躍したマエラは、既にある方向に向かって次の跳躍をする準備を

整えていた。視線はその一点に向けられている。


 そして壁に足をつけた瞬間、予想した場所が光るのを確認し、その勢いのまま、

想定した力加減で壁を蹴った。


 跳躍した先は天井。


 部屋を確認した際、天井も確認したのだ、壁があるなら天井もあるかもしれない

と。すると天井の真ん中付近に不自然に色が変わっている場所を見つけた。そして

今その場所が点滅している。マエラの読み通りであった。


 天井までの高さは三十メートル、壁を経由してもギリギリ届く高さだろう。それ

に今回は、天井に足をつかなければならない。空中で上下逆さまになるように反転

する必要がある。


 しかし、それは心配していなかった。マエラには、ズダロン教官直伝の伸身宙返

りがある。あの技術があるなら、上下逆さまは問題にならない。


 天井に足をつければ後は台座に乗るだけだが、嫌らしいことに、天井の点滅して

いる箇所は中心から少しずれており、ただ落ちればいいというわけではないのだ。

不安定な体勢で、絶妙な力加減で台座の上に降りなければならない。


 マエラにはここで決めたい理由があった。それはマエラが勿体ないと思った理

由。


 このダンジョンは、難しい謎解きの方が良いアイテムが手に入るのだ。しかし、

難しい謎が出る確率は低い。おそらく、このパターンは何百回に一回の確率のは

ず。ここで必ず決めたい。


 蹴った壁を前方とすれば、台座の位置は天井の足場より前方にある。ということ

は、進行方向と逆方向になってしまう。


 天井には、ほぼ勢いを殺した上で、膝にためがある状態で到達しなければならな

い。


 天井が近づいてくる。


 体を反転させた。


 頭ではイメージ出来ていたが、ぶっつけ本番である、考えるのと実際にやるのは

違う。体の捻りの幅が少し大きくなり、少し体勢が崩れてしまった。


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お読み頂きありがとうございます。

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