027 馬面教官の扱き 4

「どうですか?ご自分の実力の無さが確認できましたか?」


 おそらく節足動物の魔物の足が、飛んでいく。


「ダンジョンの最奥では、あの猿くらいの強さの魔物が出てきます。マエラさんは

一人でダンジョンを攻略しなければなりません、その時頼れるのはあなた自身で

す」


 マエラの顔に、何かの液体がかかる。


「今のマエラさんでは逃げ切れません、出会ったら最後です」


「はい、身に染みて実感しています…」


 マエラは、クリーンの魔道具を発動させた。


「つかぬ事を伺いますが、お二人の強さは、いったいどのくらいなのでしょう

か?」


 ズダロンが、マエラの直前まで迫ってきた魔物を蹴とばした。


 二人の常識外れの強さは一体なんなのか、これだけ動いても全く疲れを見せない

し、本気ではないように思える。”誰10”の教官も強かったが、素人のマエラでもわ

かる、この二人は次元が違う。


「ドラゴンにも勝てますよ」


 ジルベスタがしれっと答え、金属棒で毛虫の魔物を殴り倒す。


「…ドラゴン?ドラゴンって、あの伝説のドラゴンですか?またまた、面白い冗談

ですね………まさか、本当に…いるんですか?」


「いますよー。あいつら性格最悪ですから、マエラさんとは絶対に気が合いません

よ。基本的に人を見下しますし、虫けら程度の認識です。自分達に奉仕するのが当

たり前と思っている、傲慢な奴らです。友好的なドラゴンもいますが、ごく少数で

すね」


 ズダロンが、マエラの後方に鉄球を十回くらい投げた。何がいたかは知らない。


「出会いは良くなかったんですね」


「嬲り殺されそうになりましたから。でもなんとか生き延びて、レベルを上げて倒

せるようになりました!」


 蟷螂の魔物が宙を舞っていく。


「そんなに強いなら、お二人で教会を潰せるのでは?」


 目の前をズダロンの拳が通り過ぎる。


「出来ますけどやりません」


「なぜですか?」


「その答えがマエラさんです」


「??」


 眼前を元が何かわからない臓物らしきものが通り過ぎていく。


 唐突な指摘にマエラは意味が分からない。ただ、ズダロンが無言で魔物を屠って

行くのに、戦慄を覚えていた。


 おそらく子供のズダロンが、魔物の死体の山を築き上げていくのを見て、背筋が

寒くなる。


 そう思ったマエラだが、”違う、それは失礼だ、ズダロンさんは私を守ってくれ

ているのだから”と、自分の考えを恥じる。魔物が襲い掛かる中雑談ができるの

も、絶対に助けてくれる信頼があるからなのだ。と、少し意識が逸れる。


「私が答えとは、どういう意味なのでしょうか?」


「力で変えたら、私達が次の教会になってしまいます。獣人への差別はなくなりま

せん。もしかしたら獣人と人間の立場が逆になって、獣人は畏怖の対象になるかも

しれません」


 ズダロンの蹴りが、マエラの髪を揺らす。


「人の認識を変えなえれば、何も変わりません。簡単ではないでしょう、無理かも

しれません。でも、人間が自ら教会に反抗するという実績を作ることが重要だと思

いませんか?」


 そして、「全部受け売りですけど」と続けた。


 確かにそうである。獣人が教会を潰したら、それまで畏怖の対象で、絶対的な正

義であった人間の根幹が、獣人の手によって潰されたら…その怒りは獣人に向かっ

てしまうだろう。


 獣人に対する暴力や差別はなくなるかもしれないが、人間の心には、今よりどす

黒い気持ちが溜まって行くであろう。そして、いつかそれが獣人に向かうことは確

実だ。


 だが、人間が自分達の意思で教会に立ち向かうなら話は別だ。人間は教会に従っ

ているが、それは権力によって無理矢理従わされているも同然なのだから。


 獣人ほど酷くはないが、教会と癒着して甘い汁を啜っている権力者以外は、教会

に不満を持つ者が殆どである。その不満のはけ口が獣人なのだ。


 反教会同盟の戦略は、獣人に不満が向かないように教会を潰すことなのだろう。


 だから、マエラの手によって教会を潰すことは、大きな意味を持つ。


 人間すべての差別意識を無くすのは不可能であろうが、社会全体の意識の方向を

変えることに繋がるはずだ。


「さすがです、私達が何をしようとしているか、理解されたようですね」


 巨大なハエの胴体が吹き飛んだ。


「一つだけ確認したいのですが…」


「なんでしょうか?」


「私がダンジョンを攻略してダンジョンを消滅させたら、それをやったのが私と公

表するのですか?」


「それはマエラさん次第ですね、強制はしません、目立ちたくない人もいますか

ら。でも…」


 そこで、ジルベスタは言葉を切り…


「トレジャーハンターなら、名声を欲するのでは?」


 マエラはブルっと震えた。


「公表すれば教会への敵対が表面化します。そして、名前が売れたマエラさんは狙

われることになります。ですから、返り討ちに出来るように強くならなければいけ

ませんね!」


 ズダロンがマエラの目の前に立ちはだかって、カブトムシの突進を片手で防ぎ、

金属のような体を拳で粉砕した。


「もう休憩は結構です、私も戦います!」


 マエラは、金属の棒をコガネムシの魔物の頭に振り下ろした。


 コガネムシの頭には、大きな傷がついた。


 ~~~~~


 マエラがインフォメーションセンターで見た、ニーシャとラライの映像の真相。


 あれは、幼い獣人の子供を魔物が跋扈する危険地帯に連れて行っているのではな

い、むしろ逆である。


 今回のマエラと似た理由で、あの映像は、「リビール商会の従業員は、こんな凶

悪な魔物も簡単に討伐できるんだぞ、俺達にちょっかいを出したら、わかってるよ

な?」的なことを対外的にアピールしているだけなのだ。


 その撮影はマエラが連れて来られた場所よりも奥で行ったため、撮影スタッフに

危険が及ばないように警戒したり、もし対処できないほどの強敵が出て来た場合の

対処要員として、二人はその場にいたのだ。


 二人は実際に教官もやっており、一方はレベル上げの任務を、ただただ真面目に

遂行、もう一方はただただ無邪気に無体を強いているだけ。誰が呼んだか、全てを

拳による一撃で粉砕していく姿から、畏怖を込めてキトゥンフィストとも呼ばれて

いる。

 普段は可愛い妹キャラだが、レベル上げが絡むと鬼教官と化す(訓練生目線)。

本人達に自覚がないので、止める人がいない。止めるといっても、訓練では実際に

結果を出し、生徒への被害もないため、保護者であり上司でもある遥希も止めるこ

とはしない。


 二人の実力はリビール商会だけではなく、惑星メライアス出身の生物の中でベス

ト5に入る程なのである。二人にとってレベルは正義、レベルは裏切らない、だか

ら本気でレベル上げを手伝うのである。


 なぜ二年の間にそのようなことになったかは、おいおい説明する予定である。


 ~~~~~


「マエラさんがダンジョン踏破の名声を得ることに躊躇いはなさそうでよかった

よ、これでマエラさんの動画を無断で公開していたのがバレても怒られないよ

ね!」

 遥希は胸をなでおろした。


「いやいや遥希さん、それは別問題ですって」

「そうですね、動画は活躍してる場面だけではなく、失敗したりした恥ずかしい場

面も公開してしまっていますし」

 銀髪の男女が突っ込む。


「だよね~これもしっかり謝らないといけないよね」

 しでかした事は謝る、基本である。


「でも、ニーシャとラライがしっかりと演技できてるのは感慨深い」

「ラライちゃんは、ただ楽しんでいるだけだと思いますよ?」

 男性がそうつっこむ。


「あの馬面と狐面、まさか役に立つとは覆わなかった」

「僕も買った直後は後悔したんだよ?遥希さんにもらった大切なお金で何買ってん

だろうって…」

 女性の感想に男性がそう答える。


「でも、狐面は俺も欲しいかも」

「それならどうぞ」

 と、男性が虚空から面を取り出して遥希に渡した。


「ありがとう、暫く部屋に飾っておこうかな。おい、馬はいらないから」

 続けて「では、これもどうぞ」と頭に被せられた馬面は拒否した遥希であった。


 ちなみに男性は、女性にも馬面を被せたのだが、ボディーに右ストレートを食

らっていた。


 ~~~~~


 ”今日のマエラさん”人気動画ランキング

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 1位:マエラさん馬面教官に扱かれる

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 堂々一位を飾った。


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