026 馬面教官の扱き 3
「ここでは、汚れることが当たり前と思って行動して下さい」
「………」
クリーンの魔道具で全身の汚れを綺麗にしたマエラに、ジルベスタが事務的に
言った。
なんの慰めにもなっていないが、レベル上げは簡単ではないと思い、気を引き締
めるマエラ。
「まずは、姿を消す魔道具を渡して下さい」
「え…それは…指輪がないと私…」
姿を消す指輪はマエラの生命線である、彼女はジルベスタの言葉に動揺した。
「マエラさん、何事も想定外を考えて行動しなければ、いざという時に対処できま
せん。先程も魔物の体液がかかっただけで動けなくなってしまいましたよね?蛇の
追撃にも対処できていませんでした。指輪を無くしたらどうするのですか?ずっと
逃げ回りますか?抵抗するのを止めますか?あなたはここに何をしに来たのです
か?」
ジルベスタはマエラの覚悟の無さを咎める。
それはマエラが今まで取っていた行動そのもの。ジルベスタの叱責に、危険があ
れば隠れればいいと思っていた自分を恥じ、彼女は指輪を外してジルベスタに渡し
た。
「お預かりします」
ジルベスタは指輪を受け取り、ズダロンに渡す。ズダロンは虚空に手をかざすと
指輪が消えた。おそらくスキルなのだろう。
その時、徐にジルベスタが言葉を発した。
「来ましたね。ここの魔物は血に飢えているようで、すぐに次が来るので探す手間
が省けます。ではマエラさん、あれに攻撃して下さい。危なくなったら助けますの
で」
ジルベスタに言われて後ろを振り向くと、三メートルはあろう巨大な黒くてごっ
つい猿が、物凄い速さで迫って来ていた。
「えっ!?教官が弱らせてから私が倒すのではないのですか?え!え!わっ!」
そんな無駄口を叩いている間に巨猿は眼前に迫っており、マエラの胴回りの二倍
はあろうかという腕が振り下ろされた。
マエラは動けない。
強固な決意も、圧倒的な暴力の前では何の役にも立たないのだ。
その拳が当たれば、痛みを感じることなくマエラはこの世からいなくなる。
猿の拳が、ゆっくりとマエラの頭に近づいてくる。
マエラは、死を覚悟した。
しかし、マエラに迫る拳が小さな手により動きを止められた。マエラの前に割り
込んだ人物が、その左手で巨猿の拳を受け止めたのだ。そして続けて突き出された
右手が、巨猿の上半身を粉々に吹き飛ばした。
振り向いたズダロンがマエラを見て頷いたが、馬面のため表情はわからない。
しかし、あの小さくて、やさしさを感じた手が、巨猿を粉砕したことは事実であ
る。
「………」
「マエラさん、”誰10”は簡単にレベル10になるための初心者育成プログラムです。
ここからは、自らレベル上げの意思を持った人が進む新たな戦いの場です、生易し
い指導はないと覚悟して下さい」
「………」
「あなたが全力で立ち向かい、全てを出し切ったと判断出来たら、私達が今の様に
手助けします。さあ!思いっきり戦いましょう!」
「………」
「ほら!また来ましたよ!」
今度はコガネムシのデカい奴だ。
覚悟が揺らいだマエラだったが、二人を信じて、今度は鉄球を取り出し全力で投
げるのであった。
~~~~~
「ぜぇ…ここの魔物…うっぷ…強すぎ…おえぇ…ません…か?」
「地上の魔物では、メライアスで一番強い魔物が生息する地域ですね」
「………」
「でも、その中でも外周の一番弱い魔物がいるところです」
「………」
「マエラさんは初心者なので、まずはここか始めて行きましょうね」
「………」
”なんて所へ連れて来るんだ”と心の中で叫ぶマエラ。それに、その言い方だと、
もっと奥へ進むということである。
「これで!限界です!」
マエラは、本当の最後の力を振り絞って、魔物に鉄球を投擲した…しかし、硬質
な音を残して、鉄球はコガネムシの外骨格に弾かれる。
マエラは意識が朦朧となり、膝から崩れ落ちた。
結局マエラは魔物を倒せなかった。だが、頑張った、全力で倒しに行った。それ
でも、小さな傷を付けるのがやっとだった。
そう、目の前に落ちてきた光沢を伴う緑色の硬質ボディーの千切れた羽の部分、
そこに薄っすらと付いたいくつかの傷、それが、マエラが精根尽きるまで出しき
切った結果である。
倒していないのに、何を言っているのかと思うだろう。
魔物は既に倒されているのだ、マエラが膝を地面につく前に、無残にはじけ飛ん
でいたのだ。
一撃、そんな魔物を一撃で粉砕する馬面の二人。「何なのこの人達…」自分との
実力差に衝撃を受けてへたり込んでいるマエラ。
「マエラさん、ナイスファイト!」
ジルベスタがマエラの奮闘を褒め、ズダロンは右の拳を握り、親指だけを立てて
いる。「相手を称賛するときのジェスチャーです」とジルベスタがフォローした。
「ありがとうございます、出し切りました…」
「マエラさんは休んでいて下さいね。あと、レベルが上がっていると思うので確認
しておいて下さい」
馬面の二人はマエラと雑談しながら、大量の魔物を相手にしている。マエラの体
力が回復するまで守ってくれているのである。
マエラはステータスを確認する。
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名前:マエラ
年齢:21
種族:人間
身分:リビール商会 従業員
レベル:15
スキル:トレジャーハンター
レベル1 :財宝や罠を感知
感知範囲:10m
特性:
能力:
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マエラがステータスを確認すると、レベルが15まで上がっていた。一匹倒しただ
けでレベルが3も上昇していたのだ。
その結果に驚いたが、あれが相手だったのだから、さもありなんと納得した。
「すごい!15まで上がっていました!」
マエラが報告する
「それはよかったですね、どんどん上げていきましょう。レベル30になれば、この
辺の魔物は一対一なら楽に倒せるようになりますから!」
ジルベスタが称賛し、ズラタンは親指を立てている。
そう言われても、自分が魔物をバッタバッタと倒している姿を想像できないマエ
ラであった。
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