023 マエラはレベルを上げたい 3

「お帰りなさいマエラさん、初めてのダンジョン攻略はどうでしたか?」

 ポメラは軽く微笑みながらマエラの帰還を労った。


「最初は順調でした。このまま最後まで攻略できると調子に乗った結果行き詰ま

り、おめおめと帰って来てしまいました」


 マエラは自分の失態を反省するが、


「引き際は大事ですからいい判断だと思います、無理はせず着実に進むことが肝要

ですから、このまま慎重にいきましょう」


 ポメラはマエラの行動を褒め、


「では話の本題ですが。電話で聞きましたが、指輪の魔石交換とレベル上げの件で

いいですか?」


 と、挨拶もそこそこ事務的に話を進める。

 マエラは意表を突かれるも、「はい」と返答した。


「指輪については替えを用意しました。今度の物は、一日中ずっと使っていても魔

素切れは起こさない最高級品です」


「一日中…ですか?」

「語弊がありましたね、マエラさんが生きている間ずっとという意味です」


 ポメラは「どうぞ」と、小さな箱をマエラに渡した。


 それを受け取ったマエラは小箱を開き、中にある指輪に嵌った魔石を見て、絶句

した。


「……この魔石…値段がつけられない…ちょっと使うのが怖いのですが…」


 今まで使っていた指輪の魔石もとても高価だったのだが、それとは比べ物になら

ない魔石が嵌っているのだ。


「高価ですよ、とても。滅多に市場に出ることはありません、滅多には…ね。まあ

それは今はいいです。実はその指輪は、私の上司からマエラさんへの謝罪という迷

惑料になります。ぜひ受け取って欲しいとのことでしたので、気にせずお使い下さ

い」

 ポメラは含みのある言い方をしたが、指輪の由来の説明を優先した。


「上司…ですか?」


「実は今回のことで上司からお𠮟りを受けまして。当たり前ですよね、あんなこと

をしでかしてしまったのですから。それで、いかに自分がマエラさに酷いことをし

たかのを厳しく叱責されたのです、自分の至らなさを再認識しました」


 マエラは、ポメラが自分から上司に包み隠さず報告したと思い、彼女の評価を上

げた。


 実際はクモさんに強制的に連れて行かれただけなのだが…まあ、ポメラもクモさ

んに連行されなくとも報告する気はあったため、マエラの勘違いではない。


「あの時、マエラさんに肉体的、精神的に傷つけないと言った後も、それは口だけ

で、自分の失点を無くそうと、それだけを考えて行動してしまっていました。マエ

ラさんの信頼を得らないのは当たり前でした」


 ポメラは椅子から立ち上がる。


「改めて謝罪させて下さい。先日は、マエラさんを、死を決意させるまで追い込ん

でしまい、誠に申し訳ありませんでした」


 ポメラは誠心誠意、頭を下げる。


 マエラは、以前の口だけの謝罪ではない、心からの謝罪を受けて、心にからみつ

いていた蟠りがとけていくのを感じた。


「はい、謝罪を受け入れます」


 マエラはポメラを許した。


「ありがとうございます。これからマエラさんの信頼を得られるように、行動で示

していきます」


 そこには、浮ついた気持ちではない、芯の通った女性がいた。


 ~~~~~


 ポメラが座ると、マエラは気になったことを聞いた。


「そういえば、その上司の方も反教会同盟の方なのですよね?ぜひ御礼を言いたい

のですが」

 ポメラをここまで改心させた人物に興味が湧いていたのだ。


「反教会同盟のリーダー、総帥とも言われていますね。それとマエラさんが持って

いる”貼り付けシェルター”ですが、同盟初期メンバーしか持っていない貴重な物な

んですよ。私も持っていないんです、もう嫉妬ですよ、嫉妬。所持には実力がある

だけではだめ、幹部の人に人間的に認められなければ持つことは許されません。こ

こだけの話、マエラさんが初めての所持者なんですよ、それをしっかりと心に刻ん

で下さいね。総帥はお詫びと言っていましたが、迷惑をかけた相手でも、悪人なら

絶対に渡さない人達ですから」


 それを聞いたマエラは、胸が熱くなった。


「いずれお会いすることになると思いますが、今は我慢して下さい。マエラさんが

御礼を言っていたことはお伝えしますので」

「はい、よろしくお願いします」


「それと私からもよろしいですか。獣人姉妹の捜索ですが、まだ有力な情報が得ら

れていません。なにしろ教会に悟られることなく慎重に調査しなければならないの

で。申し訳ありません」

 と、マエラが謝罪する。


「そうなんですか…でもポメラさんに危険が及んだら本末転倒ですので、危険は冒

さないで下さい」

 消息が分からないのは仕方ないが、教会に目を付けられるわけにはいかない。マ

エラはそう自分に言い聞かせた。


 しかし…改心したポメラは、笑顔は笑顔だが、嫌味の無いというか圧迫感のない

笑顔でなのだ。マエラとの距離感も適切である。


 マエラにとっては良い事なのだが、ずっと違和感でもやもやしていた。


 ポメラの対応は丁寧になった。距離感が正しくなり、相手を気遣うようになった

というか、いや、前から相手を気遣う所はあったが、より相手の心情を慮ってグイ

グイと人の心の内に入るような事がなくなった。


 遺憾ながら、ポメラが変わったのだから自分も気持ちを伝えておこうと、マエラ

がそう伝えたのだが、


「色々あるんですよ、色々とね…」

 と、少し遠い目をしていた。


 上司の説教以外に何かあったのかもしれない。


 今の状況はあれである、ウザイほど懐いていた犬が自分に興味を失い、全く寄っ

て来なくなってしまった時の寂しさに似ている。


 人間の心は複雑である。


「どうしました?」

 とポメラに問われたが、


「いえ、なんでもありません。あとはレベル上げの件なのですが…」

 恥ずかしい心の内を悟られまいと、話題を変えるマエラ。


「そちらは、特別に凄腕の教官を紹介します」

 と、少し含みのある笑みでポメラは答えるのであった。


 ~~~~~


 遥希の呟き


「いやいや、総帥って何?今まで呼ばれたことないし。俺と字面が全然合ってない

よね?ただポメラさんが雰囲気出したいだけでしょ。そう思うよね?」


 そっと目を逸らす狼獣人の女性。


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