022 マエラはレベルを上げたい 2
「いい案だと思ったんだけどなぁ」
マエラはイノシシの魔物をなんとか撃退した後、樹上で水を飲んで一息ついてい
た。
マエラが考えた作戦は、最初は上手く行った。なぜすぐに思いつかなかったのか
と自省したほどだ。
それはおそらく、今までずっと魔物から逃げ回っていたからだろう。それを利用
して魔物と戦うという発想がなかったのだ。
その方法は、姿が消せる指輪を使って、遠くからちまちまと攻撃すること。実に
堅実(小心)なマエラらしい。
その、遠くからちまちま攻撃の方法だが、マエラはダンジョン攻略にあたって、
ある貴重なアイテムを渡されていた。
それはアイテムボックス。
それも反教会同盟の技術の粋を集めて作ったと言っていたが、本当に凄い。一般
にアイテムボックスは現在の技術では作ることはできない。それこそダンジョンか
らごく稀に見つかるだけで、市場に出てくることはない。もし持っていると知られ
たら命を狙われるだろう。
決して新入社員に気軽に渡す物ではない。反教会同盟は、マエラが思っていたよ
り底知れない組織であった。
そのポーチ型のアイテムボックスだが、中には様々なアイテムが入っている。
回復薬や日持ちする食料、衣類はもちろんのこと、武器と呼んでいいのか判断に
悩むが、金属製の丸い球とマエラの身長より長い、何の素材かわかない金属の棒が
入っている。
今回使ったのは金属球(説明では鉄の球、鉄球と言っていた)。それを、姿を消
して十メートル程離れた場所から魔物に投擲するのだ。
マエラは、少し前まで戦いの”たの字”も知らなかった普通の女性である。魔物に
は極力近づきたくないのは無理もない。
これは”誰10”でもやった方法。ただ、あの時はマエラが一当てしてから、その後
教官が倒すという接待のような狩りであったが、今回はマエラ一人である。
レベルを上げるには自分より強い魔物を倒さなければならない。慎重(小心)な
マエラにとって、一人で強い魔物を正面から相手にするのは避けたかった、という
か選択肢になかったわけである。レベルが上がっても、精神が鍛えられたわけでは
ないのだ。
少しレベルが高めの魔物を相手にした場合は、上手く急所に当たれば一撃で倒せ
る。レベル10になると腕力も相当上がっているため、同レベル帯ならそれ程苦労
せずに倒すことができた。
姿が消せるならもっと強い魔物でもいいのでは?と思うだろうが、そこは注意深
い(小心)マエラ、レベルが離れすぎるとダメージが通らなかったり、下手に暴れ
られたりして巻き添えを食らう可能性を考慮して、より確実性の高い(消極的)方
法を取ったのである。
数日かけて十匹程の魔物を討伐し、レベルが12に上がった。この調子でどんどん
レベルを上げて行こうと思った矢先であった、次の魔物に狙いを定めて鉄球を手に
取り振りかぶったとき、魔物と目が合った。
偶然かと思いそのまま投球しようとしたら、魔物がマエラの方に向かって突進し
てきたのである。
それはイノシシ型の魔物、しかしマエラの身長程の体高である。その肉の塊が自
分に迫ってくる迫力はもの凄いものがある。
「わっ!」
マエラは自慢の跳躍で躱すが、魔物はその後もマエラを執拗に追いかけて来た。
「ちょっと!」
「あぶなっ!」
「しつこい!」
遠距離ちまちま攻撃が出来なくなったマエラは、手ごろな木の枝に退避した。
これでやり過ごせると思ったが、そう上手く事は運ばない。魔物は木に体当たり
をしてマエラを落とそうとしてきた。というか、木がミシミシ音を立てている。太
い木なのだが、木ごと倒されるのも時間の問題である。
「なんでこんなに執着するのよ!」
マエラは愚痴を言いながら魔物の頭上から鉄球を投げつけるが、姿を隠してちま
ちま攻撃していたマエラが言うことではない。むしろ姿が見えているだけイノシシ
の方が正々堂々としている。
格闘すること数分、地面に沢山の穴ぼこを作り出し難を逃れたのであった。
~~~~~
「魔石切れか…ちょっと使い過ぎたかな…怒られるかな…」
イノシシに見つかった理由は単純で、指輪の動力源である魔石の魔素が枯渇した
からである。
魔道具は魔石を動力として動くため、魔石に内包された魔素が無くなれば道具は
動かなくなる。
そういった魔道具はリビール商会や教会が独占しているわけではなく、市井で広
く使われているし、製造もされている。
ただ、性能に雲泥の差があるというだけで。
大きな魔道具や高性能の魔道具は、多くの魔素を必要とする。マエラの指輪は魔
石の利用が効率化されているが、姿を消すことができる魔道具はそこらの魔道具と
は一線を画す物であるのは間違いない。多くの魔素を消費するのは道理である。
それをレベル上げの間ずっと使っていたのだ、動力切れを起こさないわけがな
い。渡された時にも、使い過ぎに注意しろと言われたのだ。
それは魔石が高価だから。小さな物でも金貨が飛んでいく。攻略のために支給さ
れているとはいえ、ポンポンと替えをお願いできるほど安くはない。
元商人であるマエラは魔石の価値を理解しているからそこ、魔石の交換を頼むこ
とに後ろめたさを感じていた。
これまで倒した魔物の魔石を全て持って行っても、指輪に嵌められている魔石の
補填には全く足りない。指輪にはとても高価な魔石が使用されていたのだ。
しかし今のままでは、指輪はただの装飾品。魔石を交換しない限りダンジョン攻
略に支障が出る。素直に説明するしかない。
こんなところで足踏みなんかしていられないのだ、あの身体能力ありきの仕掛け
を乗り越えて、絶対に宝を手に入れなければならない!
誠に…誠に遺憾であるが、あの人の所に行くしかない…
マエラはスマホを取り出した。
~~~~~
マエラがダンジョンから一時撤退を決めた日の夜のこと。
「さてと、今日のマエラさんは何をやったのかな?」
”ボフッ”とベッドに飛び込んだポメラは、スマホを手に取って動画アプリを開
き、お気に入りに登録してある、”今日のマエラさん”のリンクをタップした。
すると、本日の日付で最新動画がアップされていた。
「あ、新しいのある!タイトルは…”マエラさんの足裏ダンジョン攻略8 足跡の罠
に引っかかる”か」
ポメラは流れるように動画を再生する。
「ふふ、”私のスキルが囁いている”ってなんかカッコいいですね。マエラさんスキ
ルを使いこなせてきているみたいでよかったです」
「ああ~、一時間も探し回って、結局台座が本命だったなんて、それはへこみます
よ」
「いやいや、レベル10程度じゃ無理ですから!」
「ほら、だから言ったのに」
そこには、ダンジョンで悪戦苦闘するマエラの姿があった。
どういう方法で撮影しているのか、動画はマエラの正面や頭上、様々な方向から
映されている。
ちなみに、動画の投稿者は”クモさん”になっている。
「一旦帰って来るみたいですね、たぶんレベル上げかな~」
「じゃあ、あれをここでやって、ちょっと驚かせちゃおうかな」
ポメラはシナリオを進めるようである。
「今日の動画もよかったけど一位は不動だよね、あの時のマエラさん可愛かったか
らな~。みんなもあの可愛さが理解できているようでなによりだよ。目の前であれ
が見れたなんて役得だったなぁ」
ポメラの一押し動画は、”マエラさん真っ赤になる(マーカではない)”、スキ
ルがトレジャーハンターと発覚した際のマエラであった。
「でもここまでアクセスが伸びているのも、撮影技術がすごいからだよね、マエラ
さんの純粋な性格が動画からもわかるもん、さすがクモさん」
そしてポメラは、”マエラさん真っ赤になる(マーカではない)”を再生するので
あった。
ポメラ、お前、ちゃんと反省してるよね?
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”今日のマエラさん”人気動画ランキング
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1位:マエラさん真っ赤になる(マーカではない)
2位:マエラさんの足裏ダンジョン攻略3 初めて宝箱を開ける
3位:マエラさんの足裏ダンジョン攻略1 初めてダンジョンに入る
4位:マエラさんの足裏ダンジョン攻略4 初めて罠にかかる
5位:マエラさんの足裏ダンジョン攻略5 初めての転移
6位:マエラさんの足裏ダンジョン攻略7 冒険者セットを使う
7位:マエラさん初めてのレベルアップ
8位:マエラさん初めてのスキルレベルアップ
9位:マエラさん初めてのイチゴショート
10位:マエラさんレベル10になり調子に乗る
11位:マエラさん真っ赤になる(マーカ)
12位:マエラさん初めてスマホを使う
13位:マエラさんの足裏ダンジョン攻略2 不審者扱いされる
14位:マエラさんの足裏ダンジョン攻略8 足跡の罠に引っかかる
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マエラは知る由もないが、”今日のマエラさん”は、ポメラだけではなくリビール
商会内で人気のコンテンツとなっているのであった。
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おまけ
マエラさんの教会に対する怒りランキング
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1位:ニーシャちゃんとラライちゃんの動画を初めて見たとき
2位:ポメラ支店長が子供には危険なことをさせていないと言ったとき
3位:教会がスキルを秘匿していたことが露見したとき
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