021 マエラはレベルを上げたい 1

 入社早々酷い目にあったマエラであるが、その後は直ぐにダンジョン攻略に出発

し、ずっとダンジョンに籠っていた。


 トレジャーハンターというスキルを得て、マエラはダンジョン内で全能感に浸っ

ていた。


 これこそ自分の天職、これこそ私がずっと求めていたもの、マエラは獣人の姉妹

を助けるという目的も忘れてしまうほど、ダンジョン攻略にのめり込んでいた。


 スキルは凄い。


 宝箱の存在がなんとなくわかり、罠も察知できる。魔物や動く金属製の敵が現れ

ても、レベルの上がったマエラの敵ではなかった。


 ダンジョン内では存在を隠す必要があったため、他の探索者がいる場所では姿を

消して進み、宝箱のみを回収していく。


 敵や罠に苦戦する他の探索者達を尻目に彼女は快進撃を続け、誰も到達していな

い区域に辿り着いた。


 スキルやレベルの恩恵もあるが、ここまで順調に来れたのにはもう一つ要因が

あった。それは支給された信じられない性能の探索セットの数々。


 ダンジョンから出なくても生活に困らないどころか、商人時代より良い生活をし

ているのである、ダンジョン内で。


 その道具を使えば、ダンジョン内外に関わらず、その場に別空間につながる扉を

出現させ、その中で食事や就寝ができる。


 食料や水も完備なため、都度補給のためにダンジョン外に出る必要もない。疲れ

たり、眠くなったらその中に入れば良いのだ。至れり尽くせりである。


 その技術はリビール商会では広く使われているのだが、個人用の部屋という利用

方法として所持しているのは限られた者だけであり、本来なら入社直ぐのマエラが

使用を許可されるようなものではない。ちなみにポメラも持っていないため、使用

方法の説明は、開発者の振りをした狼獣人の女性が担当した。


 それが使える理由は遥希からの謝罪を込めた贈り物であったのだが、マエラは知

る由もないことであった。


 だが、只の謝罪で気軽に与えられる代物ではない。一番の決め手はマエラの人

柄。犯罪に使わないという信頼がなければ、いくら迷惑をかけた相手であろうと渡

すことはないのだ。姿を消す指輪しかり、悪事にはもってこいの道具なのであるか

ら。


 もちろん、「悪事を働いた場合は、わかっていますよね?」と忠告はしている。


 とにかく、ダンジョン内で危険もなく眠れて食事も摂れ、常に体調万全で挑め

る。その利点を思う存分使い攻略は順調に進んでいたが、身体能力が劣ることが原

因で攻略に行き詰まり、ヒューラの町に帰ることを即決。


 そこで、”おめおめと引き下がるわけにはいかない”とならない所が、マエラの良

い所でもある…いいところなのか?トレジャーハンターにとって慎重さはなくては

ならないもののはずだ、たぶん。


 今回すんなり諦めたのは、スキルレベル1でここまで出来るのなら、スキルレベ

ルが上がったらもっとすごい事が出来るようになれる確信があったからという理由

が大きかったりもする。


 そんなマエラの現在は…


 ~~~~~


 マエラは、レベル10になり調子に乗っていた自分を恥じてレベル上げをしてい

た。


 ”誰10”を経てレベル10になったマエラは、「レベル10になりましたので、これ

で終了です。今後も鍛錬を継続するかはご自身の判断でお願いします」と言った獣

人の教官に、


「いやいや大丈夫ですよ、見て下さいこの跳躍」と言って、垂直飛びで自分の身長

以上の高さまで飛び、「もう私、何でも出来ちゃいますから!」と、自信満々に

なっていた。


 マエラは、その時の自分を心底殴りたかった。


 それを聞いた教官の温かい目はマエラを称賛しているわけではなく、子供が初め

て薬草を見つけたときのような、微笑ましい視線だったのである。


 啖呵切って威勢よく出て行ったにも関わらず、殆ど成果も無しに帰って来てし

まったのだ。親の意見を無視して一旗揚げると都に行ったが、挫折して田舎に帰っ

て来た状態である。教官に合わせる顔がない。


 だけど会わないわけにはいかない、ダンジョン攻略を進めるにはレベル上げをし

なければならないのだ。


 ”恥は一時、過ぎれば笑い話になる”そう言い聞かせて、インフォメーションセン

ターの受付で教官に取り次ぎをお願いした。


 マエラのスマホには、ポメラの連絡先(渡された時には入っていた)しか登録さ

れていないのでる。「何かあったら連絡して下さいね」と言われているが、あの笑

顔で出迎えられるのを想像するとなんか腹が立つので、極力頼りたくないマエラで

あった。


 教官に会い先日の態度の謝罪をすると、「初めてレベルが上がった人は大体ああ

なる、いつもの事だよ」と言われ、さらにその獣人さんは垂直飛びなら10メート

ル程度は飛べると判明し、獣人の身体能力の凄さを実感した。


 そして、そんな人の前で垂直飛び自慢をした自分の醜態を思い出し、さらに羞恥

にまみれたのであった。


 その後、事情を話して教官にレベル上げをお願いしたが、自分はレベル10まで

の”誰10”担当だから、それ以上のレベルは担当出来ないと断られた。


 それに、レベル10からは個人の判断に任せているため、基本教官は関与しない

らしい。


 ではどうしているかと聞くと、同レベル帯が何人か集まってレベル上げをするの

が通例となっているらしい。当たり前だが、安全のためには一人は止めた方が良い

と言われた。


 ちなみに教官も反教会同盟の一人である。


 教官と別れたマエラは、カフェでマンゴーのタルトを食べている。


 あの事件の後、約束通りポメラにマンゴーのタルトをごちそうになったのだが、

彼女の言う通りに絶品であった。


 マンゴー単体でも芳醇な香りと甘さがあるにも関わらず、クリームもそれに調和

している。果実の旨味を損なうことなく、かと言ってクリームが主張しないわけで

もない。絶妙な調和がそこにあった。


 いつか、これを作った人に賛辞を贈りたい。マエラはここでスイーツを食す度に

そう思っていた。


「はぁ…」

 スイーツで現実逃避していても始まらない。


 差し当たった問題として、マエラはリビール商会に知り合いがいない。マエラの

事情もあり基本的に単独行動。そして大っぴらに自分の存在を知られたくないのも

ある。まあ…スマホに連絡先が入っている人がいるにはいるが…。彼女はレベルが

30を超えていると聞いた。


「…負けてられない。私が強くなれば、あんな目に合っても動じずにいられるは

ず!」

 マエラはポメラの顔を思い出して気合を入れる。


「でも、今の私の実力じゃ…。手持ちの物でどうにかしないと…!!これなら上手

く行くかも」

 マエラは何か打開策を思いついたようで椅子から腰を上げかけたが、座り直して

タルトを最後まで食べてから店を後にしたのであった。


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お読み頂きありがとうございます。

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