012 女商人の適正 2
通された部屋は、廊下にいくつもの扉が並んでいるうちの一室、マエラが面接を
受けた部屋の隣であった。
内装は中央に長いテーブルに椅子が八脚。隣の部屋にあったように、ディスプレ
イと白い板が置いてある。会議室と言っていたので、ここにある部屋は全て接客や
会議をするための部屋なのだろう。
「お待たせしてしまって済みません」
暫く待っていると、ドアをノックする音とともにポメラが入室してきた。
「いえ、私の方も時間を指定していませんでしたので。これからリビール商会の一
員として一生懸命働いていきます。よろしくお願い致します」
そう言って一礼した。ポメラとは店員と客ではなく、上司と部下という関係に
なった。まずは、この支店の責任者への印象をよくしておかなければならないと気
を引き締めた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。そう固くならなくて大丈夫ですよ、う
ちは結構ゆるいですから。もちろん役職での上下は存在しますが、常識的な対応が
できれば問題ありません。徐々に慣れていって下さいね」
そして、「でも仕事は真面目に取り組まないとお給料は下がりますけど」と、冗
談っぽく付け加えて着席を促す。
「ご実家の方の引継ぎは問題なく?」
「はい…引継ぎは問題なく済んだのですが、その後私が家を出ると言ったら喧嘩に
なってしまいまして、マーエン商会とは絶縁状態になってしまいました」
マエラはそう言って、自分がマーエン商会と一切関わり合いがなく、家族の縁も
切っているということが書かれた証文を提示した。
「そこまでの決意で来てくれたのは嬉しいですが、よかったのですか?」
「はい、むしろ私がいたら商会の命令系統が二つ存在してしまい、弟にとっても商
会にとってもあまり良くないことですから。それに、リビール商会は話題の中心で
すから、そこに就職すると知ったら欲をかく可能性もありますので」
実際は、もしマエラが問題を起こしてしまった場合、マーエン商会に責が及ばな
いようにするためだが。
「弟さんには、どこに行くかも言っていなのですか?」
「はい、言っていません」
マエラはきっぱりと言い切った。
「少し寂しいですが、マエラさんがそう決めたのなら尊重します。でも大丈夫です
よ、しばらくしたら笑って再会できますから。笑い話がいいですよね?悲哀なのは
嫌ですよね?」
ポメラ、失態。
「お気遣いありがとうございます。ですが私は戻るつもりはありませんので、お気
になさらないで下さい」
マエラ、気づくはずもなくスルー。
「んん、では、業務についてお話ししましょう」
無駄話をすると余計なことを話してしまうと思ったポメラは、軌道修正する。
「まず初めに、以前もお話ししましたが、我々の商会には公表できない情報が多々
あると言ったことは覚えていますか?」
「…はい」
ポメラの雰囲気がいきなり変わり、息を飲むマエラ。
「その内容は絶対に外部に漏らすことはできないため、魔法による制約をして頂く
ことになります。これを受け入れて頂かなければ入社は認められません」
ポメラは契約書をマエラに差し出してそう言った。
制約を受けることは、マエラにとって痛手であった。内容によっては、今後の行
動に大きく関わってきてしまう。
「そういうことは、契約前に伝えるべきであると思うのですが?それで、制約は具
体的にどのような内容なのでしょうか」
「これに関しては謝罪する他ありません、完全に私の落ち度でした。制約はリビー
ル商会の内部情報を外部に話せなくなるだけです、もちろん文字で伝えることも。
命に関わることではありませんし、行動を縛るなど日常生活にも支障をきたしませ
ん。当然、思考に影響を与えることもありません。ただ、従業員には話せますが、
その話を偶然その場にいた外部の者がいた聞いた場合は、両人とも処罰を受けるこ
とになるため、従業員も話題に出すことはありません」
これは完全に後付け設定のため、事前に伝えることは無理である。制約を強要さ
れている雰囲気を演出したいだけである。
「ちなみに話そうとしたり書こうとしたりすると、それが上層部に伝わってしまう
ので、興味本意で試すのも止めた方がいいですよ」
「わかりました、要は誰にも話さなければいいということですね」
マエラはそう言いながら、契約書に自分の名前を書いた。
すると、彼女の体が一瞬光を帯びる。
もちろん、単なる演出である。
「ありがとうございます、現時点で正式にリビール商会の従業員となりました。
やっと商会の内部事情を話すことができます」
ポメラは軽く息を吐いた。
まあ、実際には制約などかかっていない。リビール商会の技術力を持ってすれば
それも可能なのだが、ポメラはマエラの人となりから、彼女なら絶対に外部に漏ら
す行動はしないと判断した。
顔に似合わず、中々大胆な性格をしているポメラである。
「それでは、まずスキルを確認しましょう」
「あの…”すきる”とは何なのでしょうか?」
初めて聞く響きの単語に疑問を抱くマエラ。
「世間では”技能”と呼ばれているものですね」
マエラは眉を寄せた。やはり教会は技能を独占していたのだ。スキルという単語
を言い換えることで。やることが卑怯で卑劣である。
「興味本位ですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、答えられることならお答えしますよ」
マエラは焦ってはいけないと自分に言い聞かせるが、一方で完璧な確証を得た
かった。
「なぜ、スキルは技能と言われているのでしょうか?そして、なぜリビール商会は
はその事実を知っているのですか?」
「やはり疑問に思いますよね、でもそれは商会の根本に関わりますから、詳しいこ
とは言えません。マエラさんがもっと出世すれば、しかるべき方からご説明がある
とだけ言っておきます」
ポメラの反応は、痛くもない腹を探られるという感じではない、
「技能は教会が管理していることは広く知られています。ということは、リビール
商会は教会に関係あるのでは?」
マエラはさらに突っ込んだ。
「マエラさんは、何が知りたいのですか?」
ポメラの声音が変わるが、これは子供でも知っている事実であるため、特別な質
問ではないと気持ちを強く持つ。
「自分が所属する組織の構造は知っておかないと、どこかで間違った行動をしてし
まうかもしれませんから」
「確かにそうですね…リビール商会の設立には教会が大きく関係しているとだけ
言っておきます。ですが、これ以上の質問は受け付けません、いいですね」
ポメラの目は、威しや疑念という感情ではなく、ただマエラを諭しているように
感じられる。
「はい、ありがとうございます」
マエラは引き下がるしかなかったが、目的は達成できたのであった。
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