011 女商人の適正 1

 台座の上部が中心から左右に開き、マエラの目の前に黒い光沢のある小箱が現れ

た。


 罠の確認もして、あとは宝箱に手をかけ開けるだけ。


 何度体験しても、この瞬間の高揚感は抑えることができない。


 この小箱を見つけるのには本当に苦労させられた。絶対にあるのはわかっていた

のだ、マエラのスキルが”ある”と言っているのだから間違いない。しかし、どこを

探しても見つからなかった。


 マエラがいる部屋は円形で、中心に台座が置かれている。床には、正六角形に加

工された、半透明のガラスのような物(便宜的にガラス板とする)が一面に敷き詰

められており、天井は高く三十メートルはある。


 かれこれ一時間は探し続けたが見つからない。マエラは探すのに疲れ、これ見よ

がしに部屋の中央に設置されている石の台座にもたれて休憩していた。


 確かに怪しかったのだ、”これしかないよね?”と言うくらい怪しかった。


 ここに至るまで、その模様が頻繁に意味ありげに何十か所も出てきて、ここを調

べて下さいと言わんばかりに描かれているのだ。


 当然調べる、全部調べて来た。だが、出てくる度に悉く空振りに終わったのであ

る。


 この部屋でも一番目立つ台座の上に描かれている。だが、無意味な印と判断

し、”もう引っ掛からない”と除外した。


 その台座は、材質はわからないが表面は自分の顔が映るくらい磨き上げられ、上

面は床と同じ素材のガラス板が貼り付けられている。


「だけど、絶対ここにある。だって、私のスキルが囁いているんだから」


 手詰まり状態のマエラは、ほぼ諦め気味に台座の上に立ち、その足跡の模様の上

に足を乗せた。


 すると、台座の足跡の上部に15の数字が現れ、敷き詰められた敷石の一枚が、

青色に点滅し始めた。


「………」


 何度も怪しいと思わせて調べさせた挙句、手掛かりでもなんでもなかったという

無駄足を繰り返させ、この模様は何でもない只の印と思い込ませる。人の心理をつ

いた、なんともいやらしい術計である。


「なんで光るのよ…また意味不明な技術、本当に常識が通用しないわ。一体誰が

作ったのかしら」


 どうやら、マエラがいる場所は未知の技術が多々存在しているようである。


 マエラは、台座の一つ隣の点滅しているガラス板の上に降りた。すると、”ピン

ポン”という軽快な音が鳴り、下りたガラス板の点滅は消え、少し離れた場所のガ

ラス板が緑色に点滅し始めた。


「これは謎解きの部類かな?」

 と、マエラはそれを見て不敵に笑う。


 マエラは緑色に点滅するガラス板に近づこうと一歩踏み出した瞬間であった、”

ブッブー”と、人を馬鹿にしたような音が鳴り響くとともに、床全体が赤く点灯し

た。


 そして、部屋の内部は最初の状態に戻る。


「ええ、ええ、一回で上手く行くとはこれっぽっちも思っていなかったわ!」


 マエラは静かに闘志を燃やしながら、再度台座の上に足を乗せた。


 意地の悪い仕掛けが多いが、この施設の良い所は、致命的な失敗をしなければ何

度も挑戦できることだろう。


 マエラが足を乗せると、今度は数字の10が現れ、点滅したガラス板は台座から

ニつ離れ場所であった。


 ガラス板の長さは大体五十センチ程のため、台座の中心からは百センチほど離れ

ていることになる。


 マエラはそのガラス板に向けて跳躍すると、"ピンポン"という音が鳴り、今度は

三つ先のガラス板が黄色に光った。


 マエラはそこに跳躍しようとしたが、一旦思い止まり台座を見た。すると、台座

の数字が9に減っていた。


「謎解きと見せかけて、身体能力系なのね。いいわ、レベル10を超えた私がこの

試練を簡単に突破してあげる」


 ”ブッブー”


 一分後に鳴り響く、人を小馬鹿にする音。


「十メートルは…無理…」


 その時点でマエラは攻略を諦めた、心が弱い訳じゃない、無理な物は無理、対策

をして再挑戦する方針に切り替えたのだ。


 そしてマエラが、その部屋から出た所にある装置を操作すると、彼女はその場か

ら姿を消したのであった。


 ~~~~~


 さて、マエラがいたこの場所は一体どこで、何をしていたのかというと、実は

カーネラリアン聖王国 カシンの町近くにあるダンジョン内で、絶賛ダンジョン攻

略中なのである。


 リビール商会に入社して事務系希望であったマエラが、なぜダンジョンの攻略を

しているのか?それを説明するには、彼女が入社した日に遡る必要がある。

 マエラは十五メートルの高さの壁に設置された大きな門を潜り、その先にあるイ

ンフォメーションセンターの店舗に入って行く。


 言い忘れていたが、インフォメーションセンターは町の中にはない。町の外の広

大な土地を壁で囲んだ中に店舗を構えている。その威容は要塞といっても過言では

ない。過言どころか、中は複数の町が入ってしまうほど、広大な土地を有してい

る。


 魔物に襲われないためとか言っているが、その実メッキラ独立国の中に教会の土

地を確保するというのが本音であろう。


 その要塞の中は好き勝手に歩き回る事ができず、入ってすぐの場所にある数か所

の施設だけが立入可能であった。


 出来れば、この中で行われていることも暴きたいとマエラは思っていた。とは

言っても、マエラはまだ入社前。奥の施設に行けるまで這い上がらなければならな

い。


 インフォメーションセンターの中に入り受付で要件を伝え、ポメラに取り次ぎを

お願いした。


 しかし目の前の店員はその場から動くことなく、手元で何かを操作している。そ

して棒状の物を手に取った。


 マエラは驚かない、マエラは学習するのだ。


 店員は、その棒を耳に当てて話し出した。


 マエラはそれを見て、”予想通り”と、心の中で勝ち誇る。


「マエラさんがいらっしゃいました。…はい、では第三会議室へご案内致します」


「ポメラ支店長は外せない案件があるため、少々お待ち頂くことになります。ご案

内しますのでこちらへどうぞ」


 そう言って受付の女性は案内を始めるが、マエラは棒がどうしても気になる。こ

れは職業柄仕方がない、いわゆる職業病だ。


「あの、よろしいでしょうか?先程はあの棒でポメラ支店長とお話になったのです

か?」


「はい、電話と言います。ポメラさんも似た物を支給されると思います。最初は戸

惑いますけど直ぐに慣れますよ。では、こちらでお待ち下さい」


 女性はそう言って去って行った。


 あの棒が自分のものになるとわかり、ちょっと興奮したマエラであった。


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お読み頂きありがとうございます。

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