010 獣人でも夢を見ていいですか? 4
ニーシャとラライは、茫然とドラゴンだった物を眺めている。
自分達の命を刈り取ろうとしていた破壊の象徴が、見るも無残な姿を晒している
のだ。誰が逃げ切る事ができるというのだ、誰が倒せるというのだ、あれだけ必死
にもがいて、ついには生を諦めてしまった。自分達をそこまで追い詰めた存在が、
意味もわからずに命を散らしたのだ。
数分後、足音が聞こえてきた。警戒しなければならないのだが、その気力もわか
ない。
そして、少し離れた場所で、その足音が重なった。お互い反対方向から来た人間
の男女がいきなり抱き合ったのだ。抱き合ったというより、男の人が女の人に抱き
着かれ、慌てているように見える。
片方は軽装の普通の美形の男、もう片方は絶世の美女と言ってもいい女性。あま
りにも場違いである。
魔大陸に来てからずっと逃げていたが、人っ子一人見なったのだ。ここには人が
いない、あんな生物がいては生きていけるはずがない。そう思っていたのに、これ
である。
意味不明な状況がニーシャを現実に戻した。だが理解が追い付かず、その光景を
ボーッと眺めてると、もう一人の人間が現れた。
その人物は、なんと表現していいのかわからない程の美貌を持った人間の男性
だった。
だが人間には良い思い出は無い、ニーシャは警戒してラライを抱き寄せた。
その人物は、無意味に二人に近づくことなく、やさしく語りかけてきた。
ニーシャとラライは、話の内容から、どうやら自分達を助けてくれたのだと理解
する。
そして、ニーシャの目からは大粒の涙が、止めどなく溢れて来きた。
その男性は、二人の肩を抱いて「守ってあげる」「傍にいる」と言ってくれた。
今までそんなことを言われた事はなかった。それに普段なら、人間に触られるな
んて嫌悪感しかなかったのに、心は安心感で満たされている。
それは絶体絶命の状況で二人に訪れた奇跡。その男性の手は温かく、とても優し
かった。
ニーシャは最終的に諦めてしまったが、生きようと精一杯頑張ったご褒美をも
らった気持ちだった。
そして、獣人の自分でも幸せになる夢を見ていいのかな?と思うのであった。
~~~~~
「二人とも、この人知ってる?」
「え?マエラさん?…でも…」
「マエラお姉ちゃんだ!あれ?耳が無いよ?」
遥希がニーシャとラライにマエラの画像を見せたら、二人からこの反応が返って
来た。
「マエラさんで間違いないんだけど、彼女は二人から見てどんな人?」
「身寄りのない私達にも優しく接してくれた、とても良い人です」
「マエラお姉ちゃんは、酷い事されていて可哀そうだった。でも、私に色々教えて
くれた優しい人だよ」
彼女達の印象は良いようである。
遥希はこれなら大丈夫と判断して、二人にマエラの正体を話した。
「マエラさんは人間だったんですね、マエラさんが酷い扱いをされていたのは演技
だったなんて…それに私達が大人から守られていたなんて気づきませんでした」
「私も、マエラお姉ちゃんがいじめられていると思っていた。マエラお姉ちゃんに
近づくと怒られたし…」
二人とも、明かされた真実に思うところがあるようだ。
「それは、大人達がマエラさんの正体を悟られないためにしていたことだから、
ニーシャとラライが気に病む事じゃないんだよ」
遥希はそう言って、二人の頭を優しく撫でた。
二人は頷き、遥希に抱きつく。笑顔が見られるから、少しは心のつかえは取れた
のだろう。
~~~~~
「それでハルキさん、これからの彼女の処遇はどのようにすればいいでしょうか?
マエラさん、盛大に勘違いしているみたいですし」
状況が落ち着いたと判断したポメラが、正面に座っている遥希に尋ねた。
「今の状況に対してエブリシオン大陸の情勢だけしか知らなければ、彼女が出した
結論に辿り着くのが普通かもしれないね」
と言ってから、遥希は少し考えて、
「二人ともどうする?マエラさん二人を探しているみたいだけど、会いに行く?」
と聞いたが、
「あ、今の無しで」
と、発言を撤回した。
「彼女行動力あるよね。二年前にニーシャとラライを保護できなかったのを後悔し
ているようだから、その後悔を取り除く手助けをしてもいいかもね。感動の再会も
させてあげたいし」
と、含みのある笑顔で独り言ちるが、
「遥希さん、何やらせるつもりですか?」
「人の心を弄ぶのは駄目だと思います。素直に会わせてあげるのがいいと思います
よ」
と、遥希の斜め左前に隣に座っている美男子と、隣に座っている美女が苦言を呈
した。
「なんでそういうことになるの?利用しようとか、踊ってもらおうとか考えるのは
相手が悪人の時だけ。これは手助け、自らの道を切り開くためのちょっとした後方
支援?導き?みたいなものだからね。とは言っても、もちろんニーシャとラライの
意思を尊重するよ?」
遥希は、心外だと言わんばかりに反論した。
「私はマエラさんが危険でなければ、ハルキお父さんにお任せします」
「マエラお姉ちゃんが元気なのがわかったから、今は会わなくても大丈夫」
ニーシャとラライはそう答えた。
「今考えているのだと、ちょっと危険な目には会うかもしれない。でも、怪我はさ
せないよ、サポートは万全にするから」
「それは信じています。ハルキお父さんがそう言うなら、大丈夫です」
「私も!おとうさんは、いつも私達を守ってくれるから」
遥希、ちょっと涙ぐむ。
「じゃあ、ポメラさんが計画からやってみようか。期間は…あまり長いと隠すのも
大変だし、マエラさんも可哀そうだから…三か月以内で」
「えぇ!私がですか!それに三か月は短すぎですよ~」
突然無茶振りされ、自分は指示に従うだけだと聞き役に徹していたポメラは困惑
する。
「そう、ポメラさんのスキルを活かして、マエラさんを導いてあげて。成功したら
昇格に昇給、スイーツ食べ放題三か月でどう?」
「やります!今の発言映像ありますか!録音でもいいです!なければ書面に書いて
下さい!取り消し無効ですよ!」
物で釣る遥希に、面白い様に食いつくポメラ。
「まずは軽く方針を決めようか、ちゃんと相談にはのるから…って、聞いてないね
…」
「食べ放題ってそう言う意味だよね…一日の個数制限ないって意味だよね…」
餌が美味しすぎたようだ。
「ポメラさん取り消さないから落ち着いて、しっかり書面にも残すからね、はい報
酬の前払い。ポメラさんチョコ好きだったよね?」
遥希はポメラを宥め、彼女の前にチョコレートケーキとチョコレートのお菓子を
置いた。
「ありがとうございます!私、頑張りますよ!」
彼女の視線と手はテーブルの上に集中し、一応上司の遥希など視界に入れようと
ぜず、手と口を動かしている。
遥希はこの状況でそんなことは気にしないが、狼獣人の女性は眉をひそめてい
る。
とにかくポメラのやる気は十分だ。
誰も不幸になっていないのだが、美男美女の二人は、ポメラを憐憫の目で見てい
たのであった。
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