009 獣人でも夢を見ていいですか? 3
「逃げ切った!?」
その声には、疑問と驚きが混ざっていた。ニーシャは自分でも半信半疑であった
が、目に映るその事実を受け入れるように体の力が抜けかけたが…
ズドンッ!
再びあの振動が体を突き抜ける。
筋肉が硬直し、首が動くことに抵抗する。嫌だ、見たくない、怖い、恐怖に支配
された体を、眼球を無理矢理向けることで、少しずつ動かすと…視線の先には地面
に食い込む巨大な爪があった。
あんなに必死に走ったのに振り切れなかった。
意思に反して視線が上がって行く…鋭い爪を有する腕…牙がむき出しになった口
…そして目が合った。
逸らしたいけど逸らせない。
目を逸らしたら殺される、そんな精神状態に追い込まれていく。
すると、ドラゴンの口が僅かに吊り上がったように見えた。
それを見て、ニーシャの心を覆っていたものが壊れた。
種族が違ってもわかった、このドラゴンは笑ったのだ。そして理解した、このド
ラゴンはニーシャ達をとことん追い詰めるために遊んでいることが。
「もう…むりだよ…」
ラライは体から力が抜けてしまっている。
しかし、ニーシャには別の感情が湧き上がってきた。
「ラライ、最後まで諦めちゃダメ、足掻けば何か起きるかもしれない。今までも二
人で生き抜いて来たじゃない」
ニーシャはラライの両肩に手を置いて、自分を鼓舞するためにもラライを叱咤し
た。だが、ラライの体からは力が抜けたままだ。
その間もドラゴンは傍観している。
「ラライ!立って!」
ニーシャはラライの両頬を挟むように軽く叩いた。
「…うん、わかった」
顔を上げたラライの目には涙が浮かんでいたが、その目には少し光が戻ってい
る。
「行くよ!」
二人は方向も何も考えず、再び走り出す。
「あのドラゴンは、私達が諦めるまで追って来る。逆に言えば私達が諦めなけれ
ば、殺されることはない。だから、どこまでも逃げるのよ!」
それからずいぶん走った、人生で最速、最長の距離を走っている。ラライも泣き
言を言わず頑張っているが、そろそろ限界が近い。
後ろを見る。
ドラゴンは、ずっと二人の速さに合わせて飛んでいる。
ニーシャは思う、
なぜ自分達だけがこんな目に合わなければならないのかと。
獣人に生まれたから?
技能がなかったから?
元凶は何なのか?
探し出して同じ目に合わせてやりたい。
心の底から思った。
~~~~~
ラライが限界だ、ニーシャは休める場所がないか探していた。
すると、三百メートル程前方の大きな岩に、自分達が入れそうな裂け目を見つけ
た。あそこならドラゴンは入って来れない、裂け目が奥まで続いていることを願っ
た。
「ラライ!あそこの岩の裂け目が見える?あそこに逃げ込もう!そこまで頑張っ
て!」
二人は最後の力を振り絞って、転がり込むように裂け目に逃げ込んだ。裂け目の
奥は十メートルはあり、ドラゴンの腕も届かない距離であった。
外では、ドラゴンが地面に降りて叫び声を上げている。
「こ…ここなら…時間が稼げそう…しっかり休んで体力を回復させよう」
一息つきたいが、ここまで全力で逃げてきた、上がった息はなかなか収まらな
い。限界まで体を使い、極度の緊張状態が続いたことで、心臓が激しく鼓動を刻み
酷い酸欠状態になってしまっていた。
「お…おねえちゃん、ドラゴン…あきらめるかな?」
「わからない、でも時間稼ぎはできると思う、その間に何かいい考えが…」
ドガッ!!
二人には考える暇すら与えられなかった。
破壊音とともに岩が吹き飛び、澄み切った青空が視界に飛び込んできた。
そして…ドラゴンの笑った顔が現れる。
ニーシャの心はグチャグチャになった。
「なんで!なんで!なんで!」
ニーシャは近くに落ちた石を拾って、力の限りドラゴンに向けて投げた。
「うわぁぁぁぁぁああーーー!倒れろ!どっかいけ!」
しかし、ドラゴンの固い皮膚には傷一つ付けることはできない。だけど、ニー
シャは石を投げ続ける。
「ラライ、逃げて!」
全ては妹のラライを逃がすため。
「やだ!やだよ!おねえちゃんといっしょにいる!はなれたくない!」
しかし、ラライはそれを拒否する。
「行きなさい!こいつはどこまでも追って来る!私が引き付けている間に、ラライ
だけでも遠くに逃げて!」
ニーシャはこのままでは二人とも殺されてしまうと思い、せめて妹だけは逃がし
たかった。
「やだ!わたしも、たたかう!」
そう言うとラライは、逃げることなく石を拾ってドラゴンに投げ始めた。
ドラゴンは反撃もせず、ただそこに佇んで石を受けている。
二人の体力はすでに限界だった、直ぐに石を投げる力もなくなり、二人とも大き
く肩で息をして膝をついてしまう。
その姿を見て満足したのか、それとも飽きたのか、ドラゴンは大きく叫び、腕を
ニーシャの方に差し出してきた。
ニーシャは朦朧とする意識の中、ゆっくりと迫って来る鋭い爪が生えた手を、ど
こか他人事のように見つめていた。
ラライはニーシャから少し離れた場所にいたが、ニーシャの方に這って移動して
いる。
「おねえちゃん!おねえちゃん!しっかりして!やだ、やだよ!おねえちゃん!」
ラライの叫びがニーシャに届いているのかもわからない。
そしてドラゴンの手が、まさにニーシャに届く寸前、
ドラゴンの上半身が…消し飛んだ。
ニーシャを捕まえようと目の前に迫っていた腕は、時間が止まったかのようにそ
の場に存在していたが、最終的に”ボトリ”と音を立て、地面に落ちた。
ニーシャもラライも何が起こったのかわからなかった。本当にいきなり消し飛ん
だのだ。
ただ、遠くから衝撃音が何度も聞こえてきていた。
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