008 獣人でも夢を見ていいですか? 2
技能を鑑定する際、もう一つ調査されることがある。それは魔物の因子の有無に
ついてだ。
人には稀にではあるが、魔物の因子が混在してしまうことがあるらしい。それは
生まれ持ったもので、原因は解明されていない。
しかし、確実に判明していることがある。魔物の因子が存在した者が大人になる
と、魔物に変わってしまうという事実が。そのため、魔物の因子が見つかった場合
は、その者を魔大陸へ追放することになっている。
教会は、「即刻殺さないだけありがたく思いなさい、これは慈悲なのです」と
言っているが、当事者と身内にとってみればとんでもないことである。
魔大陸は、水も食料もない不毛の大地だと言われている。そんな所に追放するな
ど、処刑と何が違うというのか。
なぜそのような残酷な事をするのか。それは、子供の時はただの動物に変化する
だけだが、大人になって魔物に変化してしまうと、自我のない破壊の限りを尽くす
化け物になってしまうから。
これが、技能の判定を拒否してはならない理由であった。
~~~~~
ニーシャの視線の先では、猫になったラライが別の装置に置かれているところ
だった。
それは魔大陸へ転送する装置だ。
「何かの間違いです!お願いです、妹を助けて下さい!何も今すぐ魔大陸へ送らな
くてもいいのではっ!」
ニーシャは必死に懇願した。覆ることはないと判っていたが、叫ばずにはいられ
なかった。
「静かにしなさい。ここは教会です、大声を上げることは許されません」
司祭が咎めると、ニーシャは二人の助祭に押さえつけられた。
「神が下した判断に間違いはありません。それにいつ魔物に変化するのかわからな
いのです、個人差がありますから。もしかしたら明日、隣に寝ていた妹さんが魔物
になってあなたを襲うかもしれないのです。それがあなただけで済めばまだいいで
すが、確実に周りにも被害が出てしまいます。そうなっては手遅れなのです。あな
たに責任がとれるのですか?」
司祭の口舌に言葉が詰まってしまうニーシャ。
「我々も心が痛いのです。こんなことはしたくない、治してあげたいのです。です
が方法がない。百を守るために一を切り捨てるしかないのです。もし私が切り捨て
られる立場になったら、甘んじてそれを受け入れて自ら魔大陸へと行くでしょう」
司祭が講釈を垂れる間にも転送作業は進んでいく。
そうしている間にラライが置かれた装置が起動した。今にも転送されてしまう、
ニーシャは形振り構っていられなかった。
「ラライ!」
ニーシャは力ずくで拘束を振り解き、瞬く間にラライの所へ駆け寄った。そして
ラライを抱き上げた瞬間、二人の姿は…その場から消えた。
~~~~~
二人は荒野にいた、見渡す限り岩石砂漠が広がっている。
ニーシャは、ラライと一緒に魔大陸へ来てしまったのだ。
ラライは未だ猫のまま、ニーシャの腕に中にいる。
「ラライ大丈夫?体おかしくない?」
「ニャン、ニャ~ン」
ラライはニーシャの頬に自分の顔をこすりつけた。
「私の言葉、分かる?」
ラライは猫の頭で頷いた。
ラライはニーシャの言葉に反応しているし、理解している。しかし元に戻るのか
わからない。さらに飲み物も食べ物もない。獣人は人間より飢餓に強く、ニ、三日
食べなくても大丈夫だが限界はある。
「その間に水源が発見できればいいけど…でも、まずはどこか日差しを防げるとこ
ろを見つけないと、体力が削られちゃう」
ニーシャの不安は増すばかりであった。
それと気がかりもある、集落の人達のことだ。結果的にニーシャは教会の制止を
振り切って来てしまった。教会に反抗したことになる。
ニーシャ一人が居なくなっても何も変わらないだろう。しかし、教会はそこに付
け込んで集落に何かするかもしれない。こうなってしまった以上どうすることもで
きないが、何もないことを願うしかない。
「ニャ~ン?」
ラライが、ニーシャの頬を肉球でポンポンと叩く。こんな状況だが、猫ラライの
可愛さに顔がほころんでしまった。
~~~~~
ニーシャ達が飛ばされた魔大陸内の場所は、ニーシャ達が先程までいた町より東
にあり、太陽の位置が先程より高い。そして太陽は北に見えるため、この場所が南
半球であることもわかる。
ニーシャはラライを抱きながら、太陽を背にして歩き出した。
移動を開始して一時間近く経ったが、何も見つからない。もし逆方向に歩いてい
たら直ぐに水源や食べ物が見つかったかもしれない。悲観的な考えが頭の中に浮か
んでくる。
好転しない状況に気持ちが沈んできたが、突然ラライの体が光りだし、光が収
まったあとには、元の姿に戻ったラライがいた。
「ラライ!」
「おねーちゃん!」
二人は互いを抱きしめ合った。
「よかった、元に戻って」
「もうずっとこのままかとおもって、こわかった」
ラライの恐怖は如何程であったであろうか。
「おねーちゃん、なんでいっしょにきちゃったの?」
「ラライを一人にするわけないでしょ?お母さんがいなくなってから、ずっと一緒
にいるって約束したじゃない」
「でも…こんなところにきたら…」
ラライも今の状況をしっかり理解しているようだ。
「もしあのまま残っていても、もっと酷い目にあったかもしれない…。魔大陸の方
が希望があるかも…」
ズシン。
ニーシャがそう言いかけた時だった、頭上からの強い日差しが陰り、何か重量の
ある物が大地を揺らした。
「グルアァァーー!」
そして、絶望をもたらす咆哮が荒野に響き渡る。
その声の方向へ、ゆっくりと顔を向けると、そこには…
「ド…ドラ…ゴン?」
話でしか聞いたことがない、想像上の生き物と思っていた存在が目の前にいた。
二人とも、驚愕と恐怖で体が震えている。
「に…逃げないと…」
しかし、言葉に反して体は動かない。
逃げると言っても逃げ切れるのか分からない、でも何もしなければ直ぐに殺され
てしまう。それに自分達は獣人の中でも足が速い、上手く逃げれば逃げ切れるかも
しれない、ニーシャはそう思うしかなかった。
「ラライ、合図したら後ろに向かって思いっきり走って」
「お…おねえちゃんも、いっしょだよね?」
ラライはニーシャが自身を囮にして、ラライを逃がすつもりと思ったようだ。
「もちろん一緒よ、一人にはしないわ」
その間、ドラゴンはなぜか襲って来なかった。理由はわからないが、好機と思う
しかない。
「今よ!」
姉妹は全力で後ろに向かって走り出す。脇目も振らず一心不乱に走った。今まで
の人生で一番速く走った。
二人の呼吸は荒く、酸欠気味になってる。初めての経験、森の中を走り回っても
こんなに疲れたことはなかった。
「ラライ、少しだけゆっくり走ろう、ずっとこのままじゃ体が持たない」
実際は三分も走っていないが、体の疲労がすごい。
果たして逃げ切れたのか?見たくないけど確認しなければならない。ニーシャは
恐怖を押し殺して後ろを向く。
ドラゴンはいなかった。
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