007 獣人でも夢を見ていいですか? 1
ニーシャは、妹のラライを連れて町に向かって歩いていた。
その足取りはとても重い。なぜなら、そこで起こる事によって、二人は一緒にい
られなくなるかもしれないからだ。
町の入り口にあたる門で、衛兵に身分証と入場理由を言って町の中に入った。身
分証がないと町に入れなくなるため、絶対に無くしてはならないものでもある。
彼女達はよほどの事がない限り町には来ない。町は、彼女達にとって危険が溢れ
ている場所だ。少しの判断ミスが、取り返しのつかない事態を招くことに繋がって
しまう。
彼女達の身なりは、控えめに言って酷いありさまだ。着ている服はボロボロで、
髪もボサボサ、肌も汚れている。周囲からは、汚物を見るような蔑みの目が向けら
れているが、それも納得できる容姿であった。
ただ、これは彼女達なりの処世術でもある。汚い容姿をしていることで、悪い意
味では目立つが、人除けのための一助となっていることも確かなのだ。
これまでの経験で、綺麗な身形をしているより汚い身なりをしていた方が危険を
回避できる確率が高いことが明らかだった。
獣人は様々な欲望のはけ口としての対象でもあるのだ。
この町は比較的大きな町であり、周囲の町や村の中心的な位置にある。しかし、
町と呼ばれる人の集まりの中に住むことが出来るのは人間だけであった。
町への獣人の入場は日中、しかも仕事の時のみ許され、もし日が落ちても町中に
いたら、犯罪者として取り締まられることになる。その為、獣人は町の外に小さな
集落を作り、そこで生活をしている。
この世界において、獣人は被支配層であり差別の対象となっていた。
~~~~~
では、なぜ危険を承知で町に来ているのか?それは教会に行くためである。集落
には教会はなく、教会に行くなら町に入らなければならない。獣人は教会の関係者
になることはできないし、教会も獣人の集落に来ることはないのだ。
そして教会に行かなければならない理由だが、それはラライが十歳になり、技能
の確認をする必要があるからである。
人間、獣人関係なく、十歳になったら技能の確認をすることは義務である。もし
技能の確認を怠れば、集落全体が処罰を受けることになるため、個人の理由で逃げ
ることはできない。
逃げても生活はできないし、他に受け入れてくれる所などないのだ。
技能は誰もが授かるわけではない。人間でも発現しない者もいるし、獣人で発現
する者もいる。実際にニーシャは技能無しの判定を受けている。
技能を持てば、その技能に合った職業に就くことができるため仕事をする際に有
利になるが、獣人が技能を得ても人間の技能を持っていない者よりも立場は低い。
であるから、獣人で技能を持っていない者の置かれる立場は、察するに余りある。
彼女達の父親には"斥候"という技能があり、人間の冒険者に雇われてダンジョン
や森に行くことを主な仕事としていた。しかし、三年前のある日帰って来なかっ
た。
母親が、同じ斥候の職を持っていた知り合いから伝え聞いたところ、父親は見殺
しにされたとのことだった。強い魔物から逃げるときに囮にされたらしい。
冒険者達は一緒に戦ったと言っていたらしいが、嘘に決まっていると。
しかし抗議はできない、獣人が何を言おうが取り扱ってはくれないのだ。口答え
をしたと言って牢に入れられ、最悪殺されることだってある。
獣人の命は軽い。
家族は悲嘆に暮れた。大黒柱が居なくなったのだ、収入が無くなり生活は一気に
苦しくなる。獣人は結束力が高く、相手を思いやる気持ちが強い種族だ。そういっ
た家族には周囲の助けはあるが、全てを世話してくれるほど余裕はなく、ニーシャ
とラライも生きるために行動しなければならない状況だった。
母親は女手一つでニーシャ達を育てていたが、一年前に亡くなった。無理がた
たったのだ。
母の最後の言葉は「ごめんなさい」だった。
それからは、妹と二人その日の食料を得るために、仕事をもらって頑張ってき
た。
人間の下働きの獣人の下働き。森の中に入って薬草を採取したり、動物を狩った
り魚を採ったりした。
二人は、獣人の中でも運動能力が高い。その辺の大人より足が速いし、力も強
かった。魔物に見つかっても、二人の機動力なら逃げきれないことはなかったが、
それは黙っていた。その事実が露見すると碌なことにならないのが判っていたから
だ。
一方、仕事でもらえるお金では全く生活ができない。たまに人間から仕事をも
らっても、本来もらえるお金の半分ももらえず、口答えしても何も変わらない、状
況が悪くなるだけだ。
彼女達が抵抗すれば負けることはないが、集落に迷惑がかかってしまう。少なく
ない恩もあるため、我慢するしかなかった。
でも、生きていくためには食べ物が足りない。そういう時は、専ら森で見つけた
物で何とか食いつないできた。
ニーシャは、簡単に目的の物を見つける道具があればいいといつも思っていた。
そうすれ食料を見つけられて、こんなに苦労することはないと。そして、父を殺し
た奴らを見つける事ができると。
そう思うことも、無意識のうちに生きる原動力になっていたのかもしれない。
対してラライは地面を掘るのが得意で、根菜類を見つけるのがとても上手い。二
人が生き抜くための貴重な糧となっていた。いつか金を掘り当てると意気込んでい
るのが微笑ましい。
そして命をつないだ一年が経ち…ラライが技能の確認をする日が来た。
~~~~~
ニーシャは技能無しの判定を受けてから四年間、母が亡くなってからの一年間、
獣人の下働きという底辺の生活をしてきた。
魔物からたまに入手できる魔石を持って行っても二束三文で買い叩かれ、手元に
は雀の涙程度のお金しか入ってこない。
だが、技能無しと判定される方が良い場合がある。
教会に到着した。
技能の確認に来たことを伝えると、専用の部屋に通される。ニーシャが鑑定を受
けた時と同じ部屋である。
部屋には、司祭と呼ばれた男性が一人、助祭とみられる男性が三人いた。その顔
は笑みを湛えているが、それが偽物であることをニーシャは気づいていた。
ラライは司祭に呼ばれ、演台前まで行く。そして、差し出された透明な素材の板
に手を置くように言われ、指示通りに手を置いた。
ニーシャの時も同じであったが、あれが技能を鑑定する道具で、こちらには見え
ないが鑑定結果が表示されていると思われる。
ニーシャの時は直ぐに技能無しと判定されたのだが、今回は隣にいた助祭が紙に
何かを書いて、別室に続くドアに入って行った。
司祭が手に持った板を見つめたまま、しばらく時間が経つ。
ラライは落ち着かない様子で、ニーシャの方を何度も振り返っている。
ニーシャは嫌な予感がしていた。ラライに技能があって欲しいと思うこと以上
に、最悪の状況が起こらないことを必死に願っていた。
助祭が帰ってきて、結果が伝えられる。
鑑定結果は技能無し。
ラライは落胆した様子だが、技能がある方が少ないのだ。これからも同じ生活が
続くだけである。
しかし、技能無しの判断をするだけで、なぜここまで時間がかかったのだろう。
司祭からは、何も説明がないままだった。
次にラライは助祭の一人に促され、円柱状の装置の中に入った。その装置は直径
一メートル、高さは二メートル程ある。側面は透明な硝子のようなもので、中は見
えるようになっている。上下は金属なのかよくわからない素材だ。
準備が完了し、ラライが入っている装置が起動した。ニーシャの時も同じ手順
だったと思うが、少し時間がかかっている。
そして装置が光った後、恐れていた事態が目の前で起こっていた。話には聞いて
いたが、本当にこんなことが起こるなんて信じられなかった。しかもそれが、自分
の妹に起こるなんて。
ラライが動物に変化してしまった。
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