006 女商人の就活 2
「マエラさんは子供を雇用することに忌避感がおありですか?」
「いえ、そうではないのです。たまに酷い環境にいる子供を見ることがありますの
で」
マエラは商人の顔で答える。
「その点はご安心下さい。確かに子供も働いていますが、当商会では幼い子に危険
なことはさせていません」
その言葉を聞いて、怒りがこみ上げてくる。
危険なことをさせない?魔物がいる環境に子供を連れて行く事が危険ではないと
いうのかと。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、それなら安心ですね」
なんでもない会話から、本来の目的を類推されるかもしれないのだ、自分が失言
と思えば、その心の動きが相手に伝わってしまうこともある。不用意な発言は控え
るべきである。
ポメラは「他にないようですので」と断りを入れ、
「では最後に。当商会には、とても高度な技術で作られた物や、外部に漏らしては
いけない情報があります。むしろ、そのような機密情報しかないと言っても過言で
はありません。万一私的利用や故意による持ち出し、漏洩させた場合はそれ相応の
罰則がありますので、その点は覚えておいて下さい」
と言い、マエラは頷いた。
「とは言っても対策はしているため漏洩などということはありませんが、事実は残
りますので決して隠蔽はできません」
その言葉に、マエラは心の中が見透かされている気がして、居心地の悪さを感じ
た。
「それでは、これから面接の内容を精査して合否を判断させて頂きますので、少し
お待ち下さい」
ポメラがそう言い残し部屋を出て行く。
マエラは「え?後日じゃくて、すぐ?この場で?」と声に出さず突っ込んだ。
落ち着かない時間が過ぎていく。
商談結果を待っているより緊張する。商談以外にも、道中では盗賊や魔物の警戒
もしなければならない。緊張感にはいつも晒されていて慣れているはずなのだが、
自分を評価されるのは、また違った緊張感だ。
商談時なら大抵飲み物があるのだが、流石に面接で出ることはない。乾いた喉を
唾液で湿らせて待っていると、
「お待たせしました」
ポメラが帰って来て、向かいの席に座った。
ポメラはしばらく手元の資料に目を落としてから、マエラの方を向き…
「マエラさんを当商会の従業員として採用させて頂きます」
ポメラが笑顔でそう言った。
「あ、ありがとうございます!」
緊張から解放されて、体から力が抜ける。
「ご実家の引継ぎがあるでしょうし、明日からというわけにはいかないと思います
が、いつからこちらに来れそうですか?」
「そうですね、このように迅速に決めて頂いて申し訳ないのですが、十日ほど頂け
ないでしょうか?」
「構いませんよ、こちらも準備がありますので」
「では十日後からお世話になります。本日はありがとうございました」
マエラはインフォメーションセンターを後にする。
「よし、内部に入り込むことができた…」
しかしマエラはそこで言葉を発するのを止めた。
自分の目的は絶対に悟られるわけにはいかない。これからは、あくまで一従業員
として働き信頼を勝ち取らなければならない。
マエラは商人としてこれまでやってきたのだ、情報を扱う適性はあるはず。内部
情報を管理している部署に配属されれば望外のことであるが、新人が重要な部署に
配属されることはないだろう。
地道に仕事をこなし、将来的に姉妹の情報を得る立場にのし上がって見せる。そ
う決意を新たにした。
~~~~~
マエラは十日で引継ぎを済ませた。最近では弟が主になって商会を運営していた
ので、引継ぎの内容は少なかったのが幸いした。
十日という期間をもらったのは、マーエン商会にとって重要な、獣人の集落への
援助について伝え、そして獣人達への顔繋ぎのために集落へ行き、来る者が変わる
と伝える必要があったからである。
弟は、マエラがたまに遠出する意味をそこで初めて知ったのであった。
そこまでは順調であった。しかし、マエラが商会を辞めることについては、揉め
た、揉めに揉めた。
商会長を退くのは既定路線ということもあり受け入れられたが、商会を辞めて家
を出ると言ったら猛反発を食らったのだ。
恩知らず!
俺を見捨てるのか!
独立して商会を立ち上げるつもりなのか!
裏切者!
薄情者!
あの集落への行き来が面倒になっただけだろ!
この阿婆擦れ!
とか、まあ、色々言われた。
商会中に聞こえるくらい大声で。
マエラもそうなる様に誘導したのだが、ちょっと心にくるものがあった。
だが、この前出来たリビール商会に就職することになったと言えるわけがない。
あれだけの店だ、町にある既存の商店にとって、商品が競合したら生き残るのは
難しい。情報収集をするのは当たり前、あわよくば自分の商会から人員を送り込
み、内部情報を得ようと画策する商会まであった。
その悉くが門前払いされ、未だ就職出来た者はいないし、そのような行為をした
商会は商会名を晒されている。教会からの警告だ。
教会が裏にいると気づけばそのような愚考はしないはずだから、そういった商会
はその考えに至っていないのであろう。
だからこそ就職先を言うことはできない。自分の姉がリビール商会に入るとわ
かったら、変な色気を出すかもしれないから。
そうなったら、マーエン商会とマエラは終わりだ。
一番の問題は、マエラの計画が露見してマーエン商会にも嫌疑がかけられるこ
と。それだけは避けたい。
「とにかく私は家を出るから。商会を立ち上げることもないし、マーエン商会の内
部情報を元に他の商会に入ったりもしないから!」
と言っても納得するはずもなく、
「信じられないなら私と家族の縁を切って、マーエン商会と関係がないと証文を作
ればいい!」
売り言葉に買い言葉、証文を作り互いに所持することになった。結果はマエラの
思い通りなのだが、一つだけ許せないことがある。
阿婆擦れ呼ばわりは納得できない。
親から商会を託され商会のために働いてきた。女ということで下卑た要求をして
くる下劣な奴らにも毅然と対応してきた。自分を売るような真似はしてこなかった
と、胸を張って言える。
そもそもマエラは、異性とお付き合いをしたことはないのだ。しかもこれからは
敵陣に乗り込む身、思い人などがいたら足かせにしかならない…止めよう、悲しく
なってきた。
とにかく姉の門出を祝福してくれる雰囲気ではなく、最後は、
「出て行け!縁を切ったんだ、マーエン商会に戻れると思うなよ!」
と、商会の前で近隣に聞こえるように宣言され、喧嘩別れの状態で家を出てきて
しまった。
お金はそれなりにあるが、住む所も帰る場所も無くなってしまった。
社員寮…あるよね?
~~~~~
マエラの弟
姉が何かをするために家を出るのは、何となくわかっていた。
だから姉の気持ちを汲み取って、商会との関係を絶つように話を進めたが、一つ
だけ後悔がある。
自分の幸せを捨てて商会のために尽くしたくれた人に、阿婆擦れはなかった。
次に会ったとき、必ず謝ろうと誓った弟であった。
~~~~~
「ポメラさんから合否判定の依頼がきたね。マーカが真っ赤な人物はご遠慮願うん
だけど、いきなり真っ赤に変化したケースだから彼女の記憶を探ろうと思うんだけ
ど、どう思う?」
「この場合はよろしいかと。悪意の理由を把握しておかなければ、間違った対応を
とってしまうかもしれませんから」
遥希の問いに、狼獣人の女性が答えた。
「彼女は悪い人ではないと思うから気が引けるんだけどね」
「浅い所までなら問題ないかと。彼女が敵意を向けた理由も予想はつきますから」
遥希は他人の記憶を読み取れるのだが、まだその能力を使うことに戸惑いがあ
る。無暗に他人の秘密を暴くのは良心が痛むのだ。
そのため自ら能力の使用に制限をかけ、使う場合は第三者の意見を聞くことにし
ている。
悪人ならそんな考慮は一切しないのだが。
「だよね、教会絡みだとは思うんだけど確証を得たい。でも君がいてくれて本当に
助かっているよ、客観的に俺を見てくれているから。いつもありがとう」
「!!!ーーーーーー」
その言葉を聞いた狼獣人の女性は、膝から崩れ落ちる。
「うわぁ!ごめん」
遥希は駆け寄って女性を抱き起す。
「申し訳ありません、また無様な姿を晒してしまいました…」
「いや、今のは俺が悪いから」
どうやら、遥希達には色々と秘密がありそうである。
そんな一幕もあったが、遥希の調査の結果、マエラはリビール商会への入社を許
可されるのだが…彼女を待ち受ける運命はどのようなものになるのであろう。
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