005 女商人の就活 1
目的を達成するため、マエラはリビール商会への入社を目論んだ。
外部からの教会に対しての工作は無謀だ。だったら内部に入り込み、信用を得る
方が可能性は高まる。
リビール商会の裏には教会がいる。
それがマエラの出した結論であった。
なぜなら、このような未知の技術を使い、大規模な出店が可能な組織は限られて
いるから。どう考えても、教会しか候補が出てこない。
実は、インフォメーションセンターはヒューラの町だけではなく、メッキラ独立
国の各都市に一斉に出店しているのである。
新参の商会がやることではない。とんでもない資金力と強力な伝手、もしくは権
力がなければ不可能だ。
この世界にそんなことが出来るのは、教会しかいない。
そう、教会は侵略を継続していたのである。武力ではなく、経済による侵略を。
おそらく武力による侵略で戦費と人的被害が大きくなってしまったのであろう、
国の運営に支障をきたすほどに。だから方針を変更した。時間はかかるが確実な方
法、相手が知らぬ間に国の経済に入り込み、内側から支配する。そして、その財力
を元に、政治の中枢にまで影響力を及ぼそうとしているに違いない。
この事実を、メッキラ独立国の上層部は気づいているのだろうか。
しかしマエラがいくら心配しようが、彼女の力でどうにかなるわけでもない。も
し、既に政治に汚染が広がっていたら、それを指摘することで逆に目をつけられて
しまう。だから、彼女は自分にできることをやると決めた。
今までに得た情報から推測すると、おそらく教会は獣人を集め、逆らえないよう
にしてメッキラ独立国に送り込んでいる。
あと留意しておくべき、重要なことがある。
教会は”技能”を独占していること。メッキラ独立国では使える者はいないが、”
技能”を得れば、持っていない者と比べ物にならないくらいの力や技術を得ること
ができるらしい。
”技能”とは特殊能力のこと。
過去の戦争では、何もない所から火や氷を打ち出す魔法や、達人のような剣の使
い手に随分苦しめられたと聞いている。
獣人のぎこちない反応をみれば、そういった秘匿されている技能で行動や発言を
制限、もしくは監視されているであろうことは、容易に想像できる。
かつてメッキラ独立国にも使える者がいたと言われているが、現在ではそのよう
な技を持つと言う噂すら聞かない。
どのような技術を持つ者がいるかわからない、慎重に行動しなければならない。
「申し訳ございません、現在、外部からの新規の従業員の募集はしていないのです
が…ちょっと失礼します」
と、ウェイトレスはマエラに言って奥に入って行き、暫くして戻ってきた。
「上司に確認したところ従業員の募集を予定しているとのことで、特別ではありま
すが事前に面接をしてもよいと許可が下りました。お時間があるなら今からでも可
能ですが、いががなさいますか?準備が必要でしたら後日でも構いませんが」
「本当ですか!ぜひお願いします、今からで大丈夫です!」
ここはやる気をみせておくことが肝心である。
「では、こちらが新入社員の基本給と就業条件になります。基本的にはこの条件で
すが働き次第で変動します。また不満やご希望がある場合は応相談となります。ご
確認頂いて問題がないようなら、こちらの紙に必要事項を記入して下さい。文字の
読み書きが苦手でしたら、口頭でご説明させて頂きます」
と、ウェイトレスは紙とペンを渡した。
マエラは驚かない。渡された紙がものすごくスベスベで薄くて光沢すらあるけど
驚いてやらない。だってメニューを見た時に既に驚いたから。だけど…
「読み書きはできますが…これが…ペン?インクはないのですか?」
「ペンにインクつけません、そのペンの中にインクが入っており、文字を書くと中
のインクが出てきます」
ペンは説明を受けても仕組みが全くわからない。もうやだ…
「あの…これもリビール商会で作っているのでしょうか?」
「はい、こちらも当商会の商品です」
マエラは早速決意が揺らぎそうになった。このような未知な技術で、明らかに貴
重なものを、まるで消耗品のように使っている敵陣の中で目的を達することができ
るのかと。その前に、何も技術を持たない自分が採用されるのかと。
ただ…給料が信じられない額なのだ、多い方で…ちょっと顔がにやける。
もう、やる気だけ前面に出していくしかないと決めた。技術は入社出来たら考え
る。
「書けました、これでいいでしょうか?」
「はい…ありがとうございます。それでは準備しますので、少々お待ち下さい」
紙を受け取った従業員は、受付の奥の扉へ消えていった。。
~~~~~
「マエラさん、準備ができましたので、こちらへどうぞ」
五分程経った頃、先程のウェイトレスが戻って来てそう告げた。
そして通された部屋には、正面に机と椅子、中央に椅子が一脚だけの簡素なもの
であった。
しかし壁には巨大なディスプレイが掛けられており、反対の壁際には白い板に、
先程のペンを太くした物がある。文字を書く物なのだろうか。
「そちらにお座り下さい」
そう促され、マエラは部屋の中央に置かれた椅子に座った。
そして、その座り心地にすまし顔で驚いてあげた。硬くもなく柔らか過ぎもしな
い、ほどよい反発がお尻を包み込む。もちろんその素材は見当もつかない。
”動揺を誘ったつもりだろうけど、思い通りになるとは思わないことね”と、マエ
ラは一人勝ち誇った。空しい…
「今から面接をさせて頂きます。私はポメラと言います、よろしくお願いします」
マエラを案内した犬獣人の女性がそのまま正面の席に座ってそう言った。
「失礼ですが、ポメラさんが面接官なのですか?」
さすがに、配膳係が面接の担当をすることに疑問を抱くマエラ。
「実は私、接客もしていましたが、インフォメーションセンター ヒューラ支店の
店長という肩書なのです。開店したばかりなので、管理職も現場を知るために接客
をしておりました。上に立つ者は現場もわかっていなければならないという、商会
長の理念ですね」
ポメラは「雑談はそのくらいにして」と言い、
「では、お名前と現在の職業についてお願いします」
面接を開始した。
「マエラと申します。今はマーエン商会という商会の商会長をしています」
「事前に書いて頂いたこちらの書類を見て疑問に思ったのですが、商会長という立
場で当商会に入社することはできないのでは?商会を畳むおつもりですか?」
マエラの答えを聞き、ポメラはそう質問した。
「いえ、商会は畳むことは考えておりません」
「そうなると、当商会の技術や情報を手に入れようとしているのでは?と、穿った
見方もしてしまうのですが」
当然の質問だろう。マエラは、自分でもそう疑うと思う。
「決してその様なことは考えておりません。実は私は、弟が一人前になるまでの臨
時の商会長という立場なのです。その弟も最近やっと商会を任せられるようになっ
てきたので、よい機会だと思ったからです」
「そうなのですね、失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした。では、そ
うまでして当商会への入社を希望する理由は何なのでしょうか?」
「月並みな理由ですが、未知の技術力に興味があったからです。それに触れること
の出来る環境に身を置きたかったからです」
「確かに、当商会には他にはない物が多いですから」
「お言葉ですが、お目にかかれない物しかありません。似た商品も、品質は雲泥の
差ですし」
「ありがとうございます。他の商会との差別化、それが売りでもありますので」
マエラの予想通り、敢えて競合を避けていたようだ。しかし、その理由がわから
ない。
「では、当商会でやりたいことは…経営か事務関係となっていますが」
マエラの疑問を他所に、ポメラは次の質問に移った。
「はい、現在商会を経営していますので、そのような仕事が出来ればと思っていま
す」
「そうですか。詳細はこの場ではお伝えできませんが、入社してもマエラさんの希
望通りの仕事に就けるか保証はできません。基本的には、商会内で適性検査をして
頂いて、その結果によって職業が決まりますので」
「それは、必ずという意味でしょうか?」
「どうしてもやりたい仕事に就きたいのであれば考慮しますが、適性の無い職業に
就くと、仕事の効率が著しく劣ってしまうでしょう。そのため、当商会の全ての従
業員は適正に合った仕事をしていますし、不満も出ておりません」
こう言うのなら、商会に任せるしかないのであろうと、マエラは納得する。
その他には、
”これだけは負けないこと”や”商会に貢献できること”、”インフォメーションセ
ンターで改善した方がいいこと”などを聞かれたが、無難に対応出来たのではと
思っていると、
「こちらからは以上になりますが、何かご質問はありますか?」
と聞かれた。
マエラは少し悩み、
「リビール商会では子供も働いているのでしょうか?」
言わなくても良いことを言ってしまった。
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