004 女商人の心残り 2
マエラはカーネラリアン聖王国での獣人の扱いを目の当たりにして、出来れば他
の集落にも手を差し伸べたいと思っていたが、この国では大っぴらに動くことはで
きない。可能な範囲がこの名もない集落への援助であった。
目立った動きをしてカーネラリアン聖王国に目を付けられてしまうと、メッキラ
独立国の存亡にも関わってしまう。
国の重鎮でもない、一商人の行動が滅亡につながるのは言い過ぎだと思うかもし
れないが、マエラがカーネラリアン聖王国に頻繁に来ることができる理由がわかれ
ば納得すると思う。
そもそもメッキラ独立は半島で三ヶ国と国境を接してはいるが、山脈に阻まれて
移動は困難である。海洋航行技術も未熟で水生の魔物も存在するため、海上からの
侵入も難しい。だが一方、それが他国からの武力や文化による侵略を防ぐ要因と
なっているため、悪い事ばかりではない。
よって街道らしい街道も存在せず、どの方法をとっても命の危険があるなか、な
ぜかマエラは容易に行き来できているのだが、それには理由がある。
だから、もし自分が捕まってしまえば、簡単にメッキラ独立国への侵攻が可能と
なってしまうのだ。捕まるわけにはいかない。
マエラは臆病で、痛い事が大嫌いである。拷問なんて耐えられる自信はない。
きっと自分は喋ってしまうだろうと自分を客観的に評価している。
そして問題のマエラだけが知る秘密の道。
それはいつできたのか分からないが、
両国を隔てる山脈を貫いて。
その距離およそ二十五キロ。休憩なしで歩き続けて五時間はかかるが、山脈越え
をすることを考えれば、比較にならないほど楽だ。
一体、いつ、誰が、どうやって掘ったのか。
この隧道を使い始めた先祖が偶然発見したと言い伝えられており、それこそ国の
記録にも残っていない。むしろ記録として残すことが危険であるため、口伝で伝え
られてきた歴史がある。
マエラも親から隧道の存在を知らされ、その支援を引き継いだ。
普通に考えれば既に十分過ぎる義理を果たしているし、今止めても獣人達からは
非難はされないだろう。だが、危険を冒してまで続ける意味がもう一つだけある。
それは獣人の保護。
カーネラリアン教において獣人は人ではないとしながらも、教義では獣人差別を
禁止している。しかし、その大陸に蔓延っている獣人差別を止めようとはしない。
差別はいけないことだとは謳いつつも、取り締まりはしないのだ。
大陸に絶大な影響力を持つ教会が本腰をいれて規制すれば、差別は解消とはいか
ないまでも、奴隷のような扱いは無くなるはずなのだ。
しかし、教会がそのようなことに口を出すのは禁止されているとばかりに、当り
障りのない声明を出すだけで行動はしないため、人々はそれを肯定と受け取る。長
い年月その状況が続けば、獣人は差別対象という事実が出来上がるのだ。
そして、その差別が一番酷いのが、カーネラリアン聖王国であった。
獣人差別がないメッキラ独立国出身の者の目には、それは異常な光景に映ったこ
とだろう。
獣人を救いたいという気持ちになるのは当然ともいえた。
しかし、集落の獣人全員を連れ出しても、面倒をみることはできない。そして大
きな行動は必ず露見する。
よって、身寄りのない幼い子供だけでも救ってほしいと獣人から依頼され、その
ような子供がいる場合はメッキラ独立国へ連れて行き、自分の商会で保護して仕事
を与えていたのだ。
そして、マエラがこの集落に来るようになって、初めてその状況が訪れた。
対象は幼い姉妹。
一年前に親を亡くし、二人で頑張って生活している。マエラが獣人達から酷い扱
いを受けた時に、大人に怒られても心配して声をかけてくれた子供達だ。
それは秘密裏に行わなければならない。直前まで子供達には伝えず、子供の引き
渡しは集落の中ではなく森の中で行う。
大人が二人を連れ出し、森の中で遭難したと偽装する。そして翌日捜索隊を出す
手筈になっている。
頻繁に使える手ではないため全ての孤児を引き受けるわけにはいかないが、前回
から間隔も空いたため実行することになった。
だが、マエラが頻繁に来ることができないため日時指定は難しい。昼間に一度集
落に姿を見せて、その後指定場所で落ち合う手筈になっている。
その日マエラの姿を見た大人達は、対象の姉妹にこれからのことを伝えるため二
人を探したが、姿が見当たらない。森へ採集か狩りに行っていると思い、彼女達が
よく行っている森の浅い場所を探してもいない。
聞き込みを続けると、どうやら二人でカシンの町に行ったということがわかっ
た。
余程のことが無い限り町に行かないのに、なぜ行ったのか。それは下の子が十歳
になったからであった。
教会の勢力圏では、人間、獣人に拘わらず、十歳になったら必ず教会に行かなけ
ればならないのである(その理由は後述する)。
大人達は後悔した。マエラの正体は大人しか知らない、子供は嘘をつけないため
情報の漏洩を恐れて秘密にしていたのだ。しかし、万一の事を考慮して話しておく
べきであったのだ。
そして結局、森の中で待っていたマエラの元に、その姉妹は現れなかった。
~~~~~
もしマエラが一日、いや一時間でも早く集落に姿を現していれば、姉妹はメッキ
ラ独立国のマエラの店で元気に働いていたかもしれない。
後悔がずっと、マエラの心にはこびり付いていた。
二人がいなくなったことに教会が関与していることは間違いない。だが、それを
理由に教会に乗り込むわけにはいかない。この世界では教会に疑いの目を向ける事
は、自らの破滅を意味する。
教会が是と言えば、非は是になるのだ。
姉妹のことは気になるが、まずは自分の身を守らなければならない。しかも自分
は敵国の人間。そのような者が他国の教会でもめ事を起こせば、メッキラ独立国へ
の侵攻の良い材料にされてしまう可能性がある。例えば、マエラがメッキラ独立国
の諜報員でカーネラリアン正教国の転覆を図ろうとしたなど、いくらでも理由は
でっち上げることができるのだ。
もちろん誰もマエラを責めることはできない。マエラと同じ状況で獣人を助ける
ために行動を起こせる者がいるとは思えない。動けるとしたら、ただの馬鹿か、絶
大な力を持った善人くらいであろう。
しかし、マエラは忘れることはできなかった。
だが、思いもよらない場所で、その忘れられなかった獣人の姉妹の姿を見たの
だ。
インフォメーションセンターのディスプレイに映し出された映像の中に。
それは一瞬だった。
しかしマエラは、絶対に見間違いではないと確信があった。
ディスプレイには繰り返し同じ映像が流れているため、その場面を何度も何度も
確認し、あの姉妹であると確証を得る。
怒りに身を震わせたが、感情のまま行動しては駄目だと自分に言い聞かせ、商人
としての顔を無理やりつくった。
「すみません、少々伺いたいことがるのですが」
「はい、なんでしょうか?」
マエラは店員を呼びとめると、犬の耳をした獣人の女性がそれに応じた。
「あのディスプレイに映っている映像について質問があるのですが…」
と、店員の視線をディスプレイに誘導し、
「あの映像は、何をされている場面が映っているのでしょうか?魔物を倒している
のはわかるのですが」
映像の中では獣人が魔物と戦っているのだ、いったいそれに何の意味があるのだ
ろう。
「あれは…ですね…申し訳ありません、当商会の業務に関することですので…外部
の人には言えないのです…」
「そうなんですね、お気になさらないで下さい、ちょっと気になっただけなので」
回答は得られなかったが、店員の反応から答えが組み合わさっていく。獣人達
は、おそらく無理矢理戦わさせられている。それに、このぎこちない反応をみれ
ば、なんらかの術で行動や発言を制限、もしくは監視されているであろうことは容
易に想像できる。
下手な事は言えない。
自分が何に興味を持っているのか悟られてはいなけい。
今自分が取るべき行動はなんなのかと、マエラは考える。そして…ある道筋を見
出した。
「では、私でもリビール商会に入ることはできますか?私も、このような素晴らし
い環境で働いてみたいのです」
~~~~~
「彼女、あの映像を見るたびに敵意が強くなっているよね」
「はい、あの映像に何か憤りを感じるものがあるのだと思われます」
遥希の問いに、傍らに立っていた狼獣人の女性が答えた。
「ただの戦闘訓練の映像だと思うんだけど…」
「少しよろしいでしょうか?ここをご覧下さい」
タブレットで同様の映像を見ていた女性が、ある場面で止めて遥希に見せた。
「二人が一瞬映っていました。おそらくこれが原因かと」
「ホントだ、よく見つけたね。でも、彼女達の露出は控えた方がいいかな…これで
よし。あと映像作成の部署に修正したことを伝えておいて」
「了解しました」
遥希は、マウスとキーボードを使い動画を編集し直した。
「で、二人と面識があったのかな?地理的には近いけど、あの山脈を超えて行くの
は大変だよね。二人に聞いてみればわかるか…」
遥希は二人に連絡を取ろうとしたとき、
「彼女がリビール商会に入りたいと言っているようです。外部からの従業員の募集
はしていませんが、如何しましょう。しかも彼女は人間ですし」
女性がそう告げた。
「人間だから入社させないという理由はないよ。そうだな…元々外部からの従業員
は募集する予定だったし、いい機会だから面接をしてみようか。彼女が何を考えて
いるか分かるかもしれないし。それとは別に彼女の背景を調べておいて」
マエラが知らないところで、彼女の調査が始まった。
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