003 女商人の心残り 1
マエラには秘密がある。
露見したら自らの命に関わる程の。
メッキラ独立国は半島にあり、その半島全体がメッキラ独立国の領土である。北
が大陸側で、三ヶ国と接しているがどの国とも国交はない。唯一国交がある国は、
メッキラ独立国の西側、これも半島が国となっているダッシーラム王国だけ。しか
し近い場所でも三百キロは離れており、海運が発達していないこの世界では交易も
ほぼないという状況である。
また、接している三ヶ国とは国交がないと前述したが、正確には敵対していると
いう表現が正しい。現在は小競り合いもないが、少し前までは戦争をしていた。た
だ、国境は高い山脈で隔てられており、攻め込む側も多大な戦費がかかるうえ、
メッキラ独立国側の戦力も高いことから今は小康状態となっている。
戦争の原因は、獣人。
マエラがいるこの惑星は、名前をメライアスと言う。その惑星メライアスの北半
球には巨大な大陸であるエブリシオン大陸が存在し、総人口は人間と獣人を合わせ
て二億を超えるが、その殆どが人間で、獣人は0.5%、百万人しかいない。
そして獣人は差別対象、被支配層である。
エブリシオン大陸に存在する国の殆どは獣人差別、明確に言えば奴隷に近い扱い
を推奨する政策を採っているが、前述の二ヶ国、メッキラ独立国とダッシーラム王
国に加え、さらに西に存在するイオヒラビ王国だけが獣人を保護し、獣人を対等な
存在としている国なのだ。
またエブリシオン大陸では、ある宗教が唯一の宗教として普及していた。それは
カーネラリアン教という。そう、エブリシオン大陸で最大の領土と勢力を有する
カーネラリアン聖王国が国教としている宗教である。
要するに、その宗教では獣人は人ではないという扱いになっていることが、この
大陸における問題の根幹となっているのだ。
あまりにも下らない、宗教家の独善的な思想に基づいた典型的な人心掌握の手法
が始まりだったのである。
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メッキラ独立国にとって、カーネラリアン聖王国は仮想ではなく明らかな敵国と
いうことになる。
しかも一年ほど前に、メッキラ独立国に入り込んでいたカーネラリアン聖王国の
全ての間者、及びメッキラ独立国内の裏切者の大粛清が起こり、その関係は明らか
に悪化している。
であるから、もしそのような敵国に行っている者がいたとすれば、その者は国の
指示を受けて潜入している密偵か、敵国に通じている裏切者のどちらかであろう。
どちらの国に露見しても、無事では済まない。
ここでマエラの秘密である。
それは、このような状況にも関わらず、カーネラリアン聖王国に頻繁に行ってい
ること。
その目的は諜報や裏切りではない。マエラの親、祖父、それ以前から何世代にも
渡って行われている、ただの善意による施しのため。
マエラが住むヒューラの町はメッキラ独立国の北東部に位置し、山脈を越えれば
カーネラリアン聖王国という場所にある。
山脈を挟んでカーネラリアン聖王国側にはカシンという町が存在しており、マエ
ラはその町へ足しげくとまではいかないが、足を運んでいるのだ。
ただ、山脈越えが容易ではない。
長大な山脈の端のため比較的標高は低くなっているとはいえ、四千メートル以上
はあるのだ。急峻な岩場が連続しており、熟練者でも命の危険がある。
もちろんマエラには、そのような難所を越える技術も体力もない。しかし、カー
ネラリアン聖王国側へ辿り着くことができている。
それには、決して口外できない秘密があるのだが…
~~~~~
それは二年前のことであった。
マエラはいつものようにカシンの町に来ていた。正確には、カシンの町の外にあ
る獣人の集落だが。
ただ、その訪問はいつもと違いある目的も兼ねていたのだが…
マエラは獣人の集落に行く際は襤褸を着ていく。そして外見は獣人に見えるよう
に変装している。
その理由は、人間の姿で獣人の集落に行くことは危険を伴うから。獣人に襲われ
るということではなく、人間の目に留まるからである。
一般の人間が獣人の村に行くことはないため、人間の姿で出入りしていることが
発覚すれば目立つ。万一目をつけられて素性を調査されたら、生きて帰ることはで
きない。
とは言っても、人間が獣人の集落に来ることは滅多にないのだから、それほど警
戒する必要はないのだが。人間が来るのは教会関係者が半年から一年に一度、人口
調査に来るのみだ。むしろ、それ以外の目的で人間が来た場合は、獣人にとってよ
くない事である場合が殆どである。
では、なぜマエラは危険を冒してまで他国の獣人を援助しているのか?という話
になるのだが、それはマエラの先祖が近くの森で魔物に襲われていたところを獣人
に助けられ、治療してもらったことに始まる。
言い伝えによれば、獣人は人間を助けたと思っておらず、人間だとわかるとその
場を立ち去ろうとしたらしい。しかし怪我をしていた先祖はこのまま見捨てられた
ら命はないと思い、自分の素性を獣人に話した。すると態度が変わり、集落に連れ
て行ってくれたとのこと。
その獣人はメッキラ独立国の内情を知っており、マエラの祖先がメッキラ独立国
の人間であったから助けてくれたのであろう。もし、カーネラリアン聖王国の者が
同じ目に合っていた場合、他人の目がなければ見捨てていた可能性が高い。
その後獣人達は、怪我が治るまで集落に匿ってくれた。そして祖先は、そのお礼
として手持ちの物資を全て渡して帰国した。
それ以降、その村を出来る範囲で援助してきたのである。そしてそれは、子孫に
代々受け継がれてきた。
見返りはほぼない。ギリギリの生活をしている獣人から金品や食料をもらうわけ
にはいかない、しかし獣人側も矜持がある。そして話し合った結果、もらうのは情
報と決まった。
獣人は人間の下働きをしているため、何かしらの情報は耳に入って来る状況にあ
る。物資の流れや人の流れ、噂など、メッキラ独立国への再侵攻の可能性などを個
人的に仕入れ、商売に生かしていた。
不穏な動きがあれば、カーネラリアン聖王国からの侵攻の際の最前線基地となる
カシンで動きがあるはずだからだ。そして異変を察知した際は、国内にその噂を流
していた。
しかし、普通に考えてみればメッキラ独立国が諜報員を送り込んでいるであろう
し、マエラの一族の行動は無駄であったかもしれない。だが情報の出所が複数であ
ることが信憑性につながる。であるから、無駄な行為ではないと信じて代々引き継
がれて来た。
また、獣人への援助は主に物資であるのだが、衣料品などは真新しい物を持って
行く訳にはいかない。
もし獣人が新品の服を着ていたら、搾取の対象になったり窃盗などの犯罪の疑い
をかけられ、よくて所持品の取り上げ、悪ければ殺される。そのため、わざと使い
古したような色や模様にするなどの手間をかけていたりもする。
あとは医療品。集落の住環境は劣悪で、病気になっても薬はない。自然治癒に任
せるだけの状態なのだ。マエラが持ってきてくれる薬は、とても貴重なものであっ
た。
獣人達はマエラの一族にとても感謝をしていた。
だから獣人達はマエラを無視する。村の中でもよそ者として邪険に接する。そし
てマエラの荷物を強引に奪い取る。罵声を浴びせ、何かが書かれた木の皮を投げつ
ける。
それがマエラを守る事だから。
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