第9話 演奏会へ
開演の合図と共に演奏会が始まった。
最初の演奏は大阪にある大学だ。幕が上がり舞台に立つ学生達を見て息を飲んだ。みんな精悍な顔つきで一点を見つめて立っている。学校名、指揮者、伴奏者、曲名の紹介のあと、指揮者が構える。そして、演奏が始まった。逸香は初めて聴く男性合唱の魅力にすっかり引き込まれてしまった。
こんな素敵な音楽の世界があるんだ!
迫力のある歌声。舞台に立つ学生達がみんな素敵に見えた。1曲終えるごとの大きな拍手。逸香は新しい世界に足を踏み入れた気がした。
そしていよいよ3校目、公斗の大学の演奏が始まる。舞台袖から学生達が登壇してくると、逸香の胸の高鳴りが周りに聞こえるのでは?と思うほど激しくなった。バリトンだからきっとあの辺り?舞台に向かって右側の方に視線を移した。この中に公斗がいる。どの人だろう?歌っている姿はどの人も生き生きと楽しげでとても素敵だ。この美しいハーモニーの中に公斗の声がある。どの人が公斗か分からないけれど、この中にいるんだと思うと、逸香は出会えたけど出会えてない公斗に惜しみない拍手を送った。
すべての大学の演奏が終わり、合同合唱で幕を下ろした演奏会。
来てよかった!
逸香の知らない世界に公斗が連れてきてくれたんだ。この感動を1番に伝えたいのは他ならぬ公斗だが、彼は逸香がここに来たことを知らない。
帰りの京阪電車の中でさっきの感動を噛み締めながら、逸香は公斗に今日のことを伝えるか悩んでいた。
毎日の電話が何となく日課になっていた2人。逸香は、家に帰ってからも公斗に告げるべきか考えていた。
「今日、実はこっそり観に行っちゃった!」
これでいいよね。でも、こちらが意識していることを悟られそうで、逸香はそれが何となく恥ずかしい。悩んでいるうちにいつも何となく電話している時間になっていた。
どうしよう…?
迷いながら、電話できずににいたが、その日、公斗からの電話がかかってくることもなかった。
別に約束していた訳じゃない。ただ何となく続いていただけ。でも…
演奏会に行ったのが良くなかったのかな?
想ってたのは自分だけ?
間違い電話から約1か月。ずっと続いていた公斗との繋がりがプッツリ切れたような気がして寂しくなった。
会ったこともない人、ただ電話で話すだけの人。
たった1日電話がないだけで、ぽっかりと心に穴が空いたような気分になるなんて…
明日は話せるかな?
その日、逸香はなかなか眠りにつけなかった。
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