第7話 2人の距離
逸香は、高鳴る気持ちを押さえながら受話器を握り直した。
「もしもし、逸香~、起きてた~?」
聞きなれた声。
「あ、な~んだ、お母さん。どうしたの?」
「な~んだはないでしょ!」
逸香は電話が鳴った時、もしかして公斗?と期待してしまった自分に、なわけないじゃん、と言い聞かせる。母にバイトを始めることを報告していたので心配でかけてきたらしい。母親らしい。
「バイトばっかりで、学業おろそかにしたらダメよ」
「分かってるって」
この頃の電話は市内3分10円。あとは距離によって電話代が高くなるので、手短に話を済ませて電話を切った。
昨日のこの時間は公斗と話してたっけ。初めてのバイトで緊張するって話したら、頑張ってって言ってくれた公斗。報告してみたい気持ちと、迷惑かな?と思う気持ち。
「やっぱりやめとこ」
そう思った時、また、電話が鳴った。
「もしもし…」
「あ、逸香ちゃん」
公斗だ。低音の渋い声。急に胸が高鳴った。
「さっきかけたら話し中だったんだよね」
かけてくれてたんだ。
「お節介かもしれないと思って電話かけるの迷ったんだけどね。昨日不安げにしてたけど、バイトどうだった?」
お節介とかとんでもない。逸香のバイトの話から始まって、公斗のアルバイトの話やお互いの大学のこと、話は尽きなかった。
そしてその日から、どちらからともなく電話するのがお互いの日課のようになっていった。
公斗が中学生の頃、父親の転勤で逸香の地元の町に居たことが分かり、ますます親近感を覚えたのだ。校区は違ったけど、公斗は逸香の3つ年上の兄と同じ学年で、兄の高校時代の友人を何人か知っていたのだ。不思議な縁。同じ町で過ごしていたことがあったなんて…
会ってみたい。
そう思うのに時間はかからなかった。でも、逸香は恐くてなかなか言い出せなかった。そして、それは公斗も同じだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます