第9話
少女と比べて犬は小型犬だが、それでも犬の脚力が強いせいか、少女は今にもリードを離しそうになっていた。
「だめだって、だめって言ってるじゃん」
少女が少し低い声を出した。小型犬のマルチーズのような白い犬はキャンキャンと吠え、吠えるのを止めると、こちらへと綱を引くように勢いよく走り出すのだ。
「犬は敵意を向けているわけではありません」
エリが言うと、少女は気を緩めたのか、持っているリードを離してしまった。犬は走り出し、少女は「りん、りん」と言って、犬を追いかけた。犬はダンジョンの前にやってくると、入り口の側で片足を上げて小便を始めた。
「問題はありませんが、村人に発見されました。井上さん一人でダンジョンに入り、非公開でいいと思われます」
「うーん、エリだけ入れることはできないのか?」
「井上さん一人で入るか、または井上さんを含めて他のものも可能にするかの二つになります」
「そうなんか」
少女は犬の側に近づき、こちらには恐怖心を見せてはいなかった。むしろ好奇心のような、目を輝かせていたのだ。
「ハルって言います」
「ハルって?」
少女は自分の顔を指差した。
「ハルはハルって言います。春夏秋冬の春です。家族に春夏秋冬の人は春以外にいません」
難しい言葉を使って自慢げにしている感じがした。どこかしら誇らしげな顔をするのだ。
「自分は井上、こっちのロボットはエリ」
「ロボットですか。ロボットはまだ発明されていないです。春には嘘は通じません」
俺はエリを見るが、彼女は無表情で俺の顔を見ていた。少しは人間のような温かい顔をしてほしいものだった。
「井上さんは、この家を建てたのですか?」
春はそう言って、塔の天辺のほうを見上げた。
「そうだよ。今さっき建てたんだ」
「すごいですね。お父さんは建築のお仕事をしているので、お父さんもすごいのです」
「そうなんだ。建築の仕事をか」
「今日は休日で家で休んでいるんです。ゴロンとしてます」
「外で何が起きてるか知ってる?」
俺は聞いてみた。村人たちが東京で何が起きたのか知っているのか気になったのだ。
「春は、井上さんが高いものを作ったことを知りました」
「これは内緒にしてください」
俺はそう言って苦笑いをした。
「他に何か知ってる?」
俺は聞いてみた。
「うーん、テレビが映らなくなって、停電したって言ってます」
停電しているのか。当たり前といえば当たり前で、ライフラインはすべて使えなくなってもおかしくはない。
「ツクヨさんがコンクールで優勝しました」
「ツクヨさん?」
「二十三歳の美術大学のお姉さんです」
「ほう、他には何かあった?」
「井上さんのことは知らないし、でも井上さんを知りました」
「確かに自己紹介は終わってないかもね」
「あと、もうすぐ会議が始まります。お父さんは叩き起こされて、会議に出ると思います」
「会議って?」
「村の会議です。緊急で、皆が集まるってお母さんが言ってました」
「分かった。ありがとう」
春はじっと俺の顔を見つめてきた。
「春さんはこれからどうする?」
「分かりません」
俺はエリに聞いてみた。
「ダンジョンでモンスターを出現させても、攻撃しないかな」
「ステータスで変更しない限り無抵抗になります」
「なるほどね」
俺は春の方に向いた。
「これからモンスターっていう大きな動物を作るんだけど、見てみるかい?」
春は不安そうな顔をし、犬がキャンキャンと吠えるのだ。
「春は帰ります。今日は失礼します」
そう言って春は民家や畑の広がる田園風景の方へと消えていった。
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