第11話 ヤドリ蔦の切望

 チャ、と弓丸の太刀たちが鳴る。


 とげを持つつたが複数絡み合い、木の根のように変化した両脚。その末端は岩肌の隙間へと千々ちぢに潜り込み、足の形を保っていない。男は、にごった瞳にわたしを収め、無精ぶしょうひげに埋もれた半開きの口をもごもごと動かした。


「で、歩道橋にいた妙なガキが一人ひとり……ふうん」

「ゆ、弓丸、この人と会ったことあるの?」

「いや。藍果は?」

「私もない……と思うんだけど」


 なんとなく、なんとなくだけれど、どこかで見たことがあるような。ただ、これだけは断言できる。私は、この男に名前を教えたことは一度もない。


 男は、笑みとも痙攣けいれんとも取れる動きをせた頬に浮かべ、白い殻の実の中身を手のひらに乗せた。渋皮に包まれクリーム色をしたそれは、まるで脳みそのような形をしている。


「藍果ちゃんもどうだ? こいつはヤドリづたっていう植物の実らしい。ちゃんと量を守ればこんなふうにはならねぇんだと。いい夢が見れるぞ」


 周りの壁の亀裂きれつからは、大小様々な〈ヤドリ蔦〉が顔を出していた。指程度の太さのものから足くらいの太さのもの。互いに絡み合い、電柱ほどのサイズになっているもの。そのうちの一つはスッパリと切れていて、断面からにじむ液体が岩肌を赤く染めている。おそらく、あれがさっき私達をおそったものだろう。


「あ、の……っ! 瀬名は、アヤちゃんは、無事なんですか!」

「藍果」


 弓丸が、刺激するなとでも言うように小声で私を制する。けれど、黙ってなんていられなかった。


「瀬名ちゃん、あやちゃん、真月まつきちゃんか? お前のお友達に見せてもらった夢はな、どれも俺よりずっと綺麗きれいで……だから」


 コツン。

 からん。

 棘の先からうみのように染み出した液体が、丸い実となって地面に転がる。


「なぁ。俺のこと、助けてくれよ」


「えっ……え?」


 肘を立て、男がゆっくりと上体を起こす。


「あの女の子達のことをさぁ、心配するみたいに。俺にも、大丈夫かって言ってくれ」


 穴が空き、薄汚れたTシャツにほつれた半ズボン。それから、毎朝のゴミ出しで嗅ぐにおい。


「……ふ、ふ。俺の身の上バナシってやつ、教えてやろうか。なぁ」


 ざんばらに切られ、使い古したほうきのように傷んでしまった髪の毛が、男の表情を覆い隠す。むくんだ左手、何も付いていない薬指。


「この実を渡してくれただって、本当は俺を助けるつもりなんぞ無かったんだ!」


「……あ」


 思い——出した。私は、この男を知っている。


 いつも通り抜けする公園のそばに、もの扱いされている家があった。物置のすりガラスいっぱいにうずだかく積もったがらくた、収まり切らず外に出された洗濯機。その横にうずくまって、毎朝タバコを吸っていた男だ。


 彼はヤドリ蔦の実を投げ捨てて、肩をふるわせ奇声を上げた。それはきっと悲鳴だった。

 その声に一瞬気を取られ、弓丸の反応がわずかに遅れる。うなる一撃が弧をえがき、その間隙かんげきつたの雨が降りそそぐ。


 圧倒的な攻撃の密度——太刀の一振りでさばききれる量ではない。


 弓丸は止めたのに、私が、この男を刺激してしまったから。そもそも、もう失うものがない彼に、もう人の体さえくしてしまったこの男に、私の姿で声をかけることそのものが。


「動くな藍果!」


 弓丸の声が響き、次の瞬間視界が黒く塗りつぶされた。

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