第7話 瀬名の失踪(事件発生)

 次の日、瀬名が失踪しっそうした。


「藍果先輩……っ」


 歩道橋のすぐそばにある、小さな公園の屋根の下。そこのベンチに腰掛けて、わたしはびしょれの靴から垂れる水滴をじっと見つめていた。傘の柄を握りしめ、新聞部の後輩——アヤが駆け寄ってくる。私の前で足を止めると、息せき切って顔を上げた。


「やっぱり、見つかりませんでした」

「……っ、そっか……」


 瀬名は、一時間目が過ぎても登校してこなかった。朝、家を出た後に消息を絶ったらしく、先生たちも捜索にあたったが、今も変わらず行方不明ゆくえふめいのままだ。大雨警報が出たこともあって、学校は十一時前には切り上げられた。


 それから、アヤとも手分けして瀬名を探し始め、早くも一時間半だ。瀬名が通っている塾や、よく行っている本屋。私もその近辺を探してみたが、足取りはつかめないままだった。


「……先輩、一回あきらめて帰りましょう。雨だって午後からもっとひどくなるみたいですし……学校からも外出は自粛じしゅくするように言われてるんですから。私たちまで事故にあったりしたら手間が増えます」

「分かってる、分かってるけど……」

「藍果、アヤの言うとおりだ。ここは一旦引こう」


 瀬名の失踪に、例の化けづたを差し向けてくる犯人が絡んでいないとも言い切れない。それもあって、弓丸も捜索そうさく手伝てつだってくれていたのだが。


「確かに、瀬名の失踪が〈化生のモノ〉や禍者によるものだったら、それは辿たどるべき手がかりにもなる。でも、そろそろ探し始めて半刻はんとき以上はってるんだ。ここは相手の出方をうかがった方がいい」


 私は、口を引き結んでアヤの顔を見上げた。アヤに弓丸は見えていない。雨風に乱れたショートカットの髪が、白い頬にはりついている。アヤはそれをうっとうしそうに指で払って、私から目をそらした。


「瀬名先輩と、ケンカでもしたんですか」

「……そういうわけじゃ」

「さては図星ですね。困りますよ、仲良くしといてくれないと」


 アヤは、こんなときも冷静沈着だ。合理的に状況を判断して、私たちが取るべき行動を示してくれている。私なんかより、ずっと頼りがいがあって、しっかり者で。


「……アヤちゃん。こんなに雨もひどいのに、瀬名のこと、探すの手伝ってくれてありがとう」

「いえ、別に気にしないで」


「付き合わせちゃってごめん」


 アヤは、いい子だ。悪口は言わないし、お願いした作業は快く引き受けてくれる。今日きょうだってわざわざ私のいる教室まで来て、「瀬名先輩のこと、探すの手伝いましょうか」って。


 けれど、最近気づいたことがある。アヤは、私たちと話しながら、いつも何か別のことを考えている。部活が終われば一分一秒を惜しむように学校を飛び出す理由も、そこにあるような気がしていた。


「ほんとは、帰ってしたいことがあるんじゃない? それなら、無理しなくてもいいよ」

「……藍果先輩」


 なんだか、瀬名のことも私のことも、ぞんざいに扱われているようで。普段なら、何も気にしなかったと思う。けれど、今は。


「私、もう少し探してみる。アヤちゃんは、先に帰ってて」

「……分かりました」


 そう言って、アヤはその傘を手前側に傾けた。激しくたたきつける雨、次から次へと伝い落ちる水の滴で、すりガラスのようになったビニール傘が私とアヤとをさえぎる。


 不意に、雨がんだ。


 あれほどひどく降りしきっていた雨粒が、今や一滴も落ちてこない。それなのに、相変わらず空は暗くて、じっとりと墨を吸ったような雲が垂れこめている。急な静寂が辺りを包み、張り詰めた糸のような高音が耳の奥で響いた。


「あれ、雨……」


 アヤはそうつぶやきながら、傘をずらして空を見上げる。

 次の瞬間、土砂崩れのような轟音ごうおんはじけ、アヤの背後、約二メートル後方の地面が割れた。土塊つちくれが飛び散り、砂が舞い、巨大な蔦が地中から飛び出す。バネのように伸び上がり、アヤを覆い尽くそうと襲いかかった。


「こいつか!」


 弓丸が叫び、流れるような動作で腰の太刀たちを抜き去った。とげのついた蔦は、支柱を探り当てたかのようにアヤの手足へと巻きついて、地の割れ目へと引き込む。


「ア、ヤちゃ……っ」


 呼びかけようにも声がかすれる。アヤは呆然ぼうぜんと目を見開いて、ビニール傘を取り落とした。弓丸が太刀を振りかぶり、蔦に向かって跳びかかる。


「せ、せんぱ……」


 大量の蔦がおおいかぶさり、亀裂の奥へとアヤの体が飲み込まれた。ざん、と地面に突き刺さった太刀の刃先が蔦の一部を断ち切るが、仕留めるには到底及ばない。ビニール傘が地面に落ちて、その透明な表面を泥水が汚す。


 ほんの一瞬の出来事だった。

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