第2話 つかんだ手首②(プロローグここまで)

「あ、いや、えっ、と……飛び降りちゃうのかと思ったの。だから、めなきゃって」


 別に、お礼や見返りが欲しくて引きめたわけじゃない。この子に死んで欲しくないと思って、それでこの子の手首をつかんだ。


「事情は知らないし、あなたが何者なのかも分からないけど、私……あなたに、死なないでほしいと思っただけなの」

「……それが、君の願いごと?」

いて言えば、そうなるけど」


 少年は、私の言葉に瞬きを繰り返す。金のくずが散った、綺麗な瞳が揺れている。彼は、ほんのりと赤い唇を開いた。


「馬鹿なやつ」

「なっ!? ちょっと、馬鹿ってどういう——」

「これ、持ってて」


 手すりから降りると、その子は私に変なものを渡してきた。三十センチ定規くらいの大きさをした木筒。ずっしりとした重みがある。


「どうして僕が見えたのかは知らないが、君は僕に関わるべきじゃなかった。そのうち、君や君の周りにいる人を〈化生けしょうのモノ〉や〈禍者かじゃ〉が襲うだろう」


「け、けしょう? かじゃって何……」


「化け物とか、妖怪とか、そういうものを想像してくれたらいい。もし、そういうものに襲われたら、迷わずその刀を抜くんだ」


「か、刀!? これ、刀なの?」


「ああ。それを抜いてくれたら、あとはどうとでもなる。何事もなければ、それが一番なんだけど。いいか、これからしばらくは、日が落ちる前に帰れ。その刀も肌身離さず持っておくんだ。忠告はしたぞ」


「えっ、ちょっと待って、部活とかもあるし」


「これ以上、僕に関わったらろくなことにならない。どうか、帰り道には気をつけて」


 僕みたいになっちゃうかも、と彼は意味深なことを呟いた。私が足を踏み出す前に、その少年は「朧月夜おぼろづきよ」ととなえて姿を消す。私の手元には、謎の短刀だけが残されていた。


「な、なんだったんだろう、今の……」


 学校の方角から、始業のチャイムが聞こえてくる。

 ああ、完全に遅刻だ。今から走っても、きっともう間に合わない。

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