ギルドの職員が残業回避のため迷宮で配信します

@sion0311

①今日も残業

探索者ギルドの職員は安全な場所で勤務を行い、保証は手厚くされており、運営に支障が出るような問題を起こさなければ、解雇されることはなく、他の職種よりも給料が高い。制服が可愛いことから、子供の頃は就職してみたい仕事の1つとなっていた。


☆ ☆ ☆ ☆


迷宮の第一階層。森林にいるような緑が溢れており、魔物の他に動物も生息しているグリーンフィールド。


「聞こえてます?」


木原亜弥は右目に装着している配信用のデバイスの電源を入れて、画面の向こうの視聴者たちに問いかける。


:聞こえてるよ~

:亜弥ちゃんの配信ってことは……

:残業お疲れ様です


右目に装置しているコンタクトレンズ型の機械はネット回線に接続し、私が見ている景色を視聴者に届け、コメントは音声に変換され、装置しているイヤホンを通して私に届けられる。


「残業です。エンタメ性は少なくてごめんなさい」


私の配信を見に来てくれている視聴者の数は50人くらい。大手の探索者は一日の配信で数万といるみたい。


:え? これって残業なの?

:亜弥ちゃんが配信してるってことはそうやで

:昔はギルドの職員は人気あったんだけどな


現在の時刻は夜の8時。ギルドの終業時刻は夜の7時までなので、今の時間帯は残業としてカウントされる。


:今のギルドの体質は何処もブラック体質って言われてるから

:探索者の数は増えてきてるけど、離職率も年間増えてきてる


迷宮が誕生してから政府は探索者に対して手厚い支援を行い、活動を全面的に支えているけど、数が増え続けることでギルドの運営は火の車状態で、離職率が高いことで、業界の中では就職したくない企業、ワースト10入り。


「今日は定時退社できると思ったのに……。あの上司……!!」


:聞こえてるぞw

:上司が後で見るんやろ。これ

:ストレス溜まってて草


今日はスムーズに業務が進んだから久しぶりに定時退社出来るーと心の中でガッツポーズしてたのに……。


「今日は迷宮で救難信号が出たので、助けに行きます」


:了解

:救難信号を出した子って女の子?


「性別までは確認してません。上司にいってこいっていわれたので」


:上司さん、そこは教えてあげてw

:亜弥ちゃんってどっちでも気にしないから教えなくてもいいかって思ってそう


私の配信を見てくれている人はギルドの内情を理解している人が多い。


:武器や装備って経費?

:いや、自費

:全部自費やで


私の恰好は青色のシャツと黒色のショートパンツ。身軽さを重視しており、体を保護するような防具はなし。理由は単純、防具はお金がかかるから。


「オートメイルで40万って……高すぎませんか? 私の月の給料でも足りないんですけど」


:亜弥ちゃん、女の子なのに

:経費で落としてあげてください。上司さん

:政府から補助金受けてるんだから出来ると思うんだけどなぁ


政府と運営は太いパンプで繋がっている噂があり、経営幹部陣に金銭が流れている噂があるけど、下で働いている私たちには流れることはない。


(信号を受け取ったのはここらへんだけど)


スマホで救難信号を受信した場所を確認しながら、向かっていると、暗闇から赤い斑点が無数に輝いている。


(魔物。ここら辺はあんまり強くないけど数が多い)


赤色と黒色が混ざるような大型の蜘蛛。サイズとしては人間の身長を軽く超えるような二メートルはあり、鋭利な爪先には猛毒がある。


:血がついてる

:捕食中って感じか

:亜弥ちゃんなら大丈夫でしょ


数としては3体でいずれの蜘蛛の足の先には血が付着しており、この先に何かあるような感じ。


「この先、食事中の人はあまり見ないでください」


私はウエストポーチの中から銀色のグローブを取り出す。右手の小指には魔術回路を読み込む指輪が装着されており、私の足元には魔法陣が描かれる。


『氷鎖』


白い魔法陣は私の詠唱に反応するように、氷で出来た細い鎖が蜘蛛が動く前に体を拘束する。


:亜弥ちゃんって氷属性なの?

:せやで。これは初期魔法

:グローブが銀色の人は基本的には氷属性


無数の氷の鎖に動きを封じられながらも、強引に鎖の解放を解いた蜘蛛の一体が私に向けて突進する。


『氷壁』


私の前に分厚い氷の壁が出現し、突進してきた蜘蛛を跳ね返す。


:亜弥ちゃんが防具買わないのってこれが理由なんじゃない?

:それな

:防御魔法があるから大丈夫って思ってそう


これ、普通に貫通しますからね。金銭面の都合です。


『氷弾』


跳ね返されて地面に転がっている蜘蛛、鎖の拘束から逃れようと暴れている蜘蛛の頭上に氷の塊を発生されると、体を貫通させるほどの鋭利さを持っている氷の塊は蜘蛛の胴体を貫通し、魔物特有の緑色の血飛沫が飛び散り、切断した部位が転がる。


:うっわ……これはグロイ

:食事中のやつはマジで見ないほうがいい

:そんなやついるわけ……

:ここにいる


時間帯としては夕食の遅めだもんね。警告はしたから、苦情は残業を命じた上司にしてね。


体を貫通され、生命活動の源でもある心臓が活動を停止すると、蜘蛛の体は徐々に小さく鳴り、ダイヤモンドのような形をし、赤色に輝いている魔石に変わる。


(武器の強化に支えるから回収しとこ)


魔石を回収し、血の匂いを感じながら先に進んでいくと、蜘蛛の巣に覆われた先に両手と両足を蜘蛛の巣にとって拘束され、ぐったりとしている女の子がいた。


:この子、知ってる

:最近、よく配信している子だよね

:ソロで活動している女の子。年齢としては亜弥ちゃんと同じくらい。


私と同じくらいってことは未成年か。探索者は10代から30代までと比較的に若い年齢層だから、年上の可能性もあるけど。


(内臓が抉られてる。やっぱり捕食中だったか)


女性の体は腹部を中心に捕食されており、命の灯は今にも消えかけなくらいにぐったりとしている。


(他にはモンスターはいない)


持ち込んだ魔物センターに魔物の姿は反応なし。私はポーチの別の科所から注射器を取り出し、右腕に差す。


(これで魔力の補充は出来た。次は……)


先ほどの戦闘で失った魔力+増強分の魔力の補充。


『氷霊』


詠唱を唱えると、雪女のような見た目をしている精霊が出現し、私は頷くと精霊は意図を理解し、女の子の傷をいやし始める。


:亜弥ちゃんって回復魔法も使えるの⁉︎

:これは上級クラスで俺たちも見たことない

:魔力の消費量が多いからやらないやつも多いんだけど


精霊の癒しで傷は徐々にふさがり始め、後遺症で少しの間は倦怠感は感じるけど、命はつなげられるはず。


「ここからは企業秘密なのでカメラを切ります」


:ええっ!?

:見せられないことをやるってこと!?

:そんなん期待しちゃうじゃん……


配信中の様子が見えないように、カメラの電源を落とし、女の子の体を拘束から解放させ、自由にさせると精霊は役目を終えるように消滅する。


「ご、め、ん、ね……」


女の子は苦しそうに肩で呼吸をしている。命はつなげられたけど、魔力が上手く循環していないのか、唇が白い。


「ん……」


私の魔力を上げるように女の子と唇を交わす。私を通じて足りない魔力が届けられるから、これで大丈夫なはず。


(疲れたから、報告は明日でいいや……)


ゲートから外に出ると、待機している医療班に彼女を任せる。


「お疲れ様。亜弥ちゃんも疲れたでしょ」

「……眠いです」

「他人に魔力を与えるなんて本来はあんまりしないからね。代償は大きいはず」


女の子の属性は水みたいで、氷属性の私が魔力を与えたとしても、体への影響は出ないはず。


「帰ります。お疲れ様でした」

「お疲れ様。気を付けてね」


プライバシーのためにカメラの電源と音声を切っており、待機中の画面を操作して、配信中に戻す。


:お。戻った

:女の子、どうなった?

:あの子、配信中だったみたいだから


は? 


:亜弥ちゃんがあの子とキスしてるのバッチリ映ってた

:あっちの配信、大盛り上がりで草

:おいおい。百合かってコメ多すぎて草


は?


:こっちに流れてくるぞ! 皆、用意はいいか!?

:俺たちの亜弥ちゃんが世間に知られる時がきたぞぉぉぉ!!

:祭りだぁぁぁ!!


いや……待って……。あの子、あの状態で配信してたん? 普通に切れてると思ったんだけど。


「私、この仕事やめる……」


:辞めないで

:推しから絶望のお知らせ

:ブラック企業からの脱出は認めないぞ?


疲労感と明日、上司にどうやって報告しようと思いながら、私は重い足取りで家に向かいながら、配信を終了した。



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2024年10月16日 07:00

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