第14話 拝啓

 拝啓


 惜春の候、お変わりございませんか。


なんて、気取った書き出しをしてみたけれど、やっぱりあたしには性に合わないみたいです。堅苦しいのはやめます。


 シュンくん、お元気ですか?お久しぶりです。ユイです。随分ご無沙汰してますね。五年、になっちゃうのかな。それでも君と過ごした日々がつい最近のことのように感じてしまいます。君はあたしのこと覚えてくれてるかな?薄情な君のことだから、忘れてそう。それか覚えてるけど照れ隠しで忘れたふりとかしそう。そんなことしてる想像がつきます。


 もしかして、あたしが死んだんじゃないかって思ってた?残念、不正解。生きてます。生きてきました。あたしがこうして生きているのもひとえに君のお陰です。君が、あたしを救ってくれたのだから。


春が来るたびに、貴方のことが懐かしくなります。ついあの頃のことが懐かしくなって。君に伝えたくなった。あたしの生き様を。君に救ってもらった、その後のあたしを。こうして手紙をしたためることにしました。


 どこから話せばいいんだろう。まずはやっぱりあたしの生い立ちから語ることにします。そんなに最初から、と思うかもしれませんが、あたしの人生を語る上でやはり遡る必要があります。君にはあまりはっきりとは言ってないですものね。長ったらしくなるかもしれませんが、どうか最後までお付き合いください。

 

 あたしの母親は風俗で働くホステスでした。あたしがあの街に住んでたのはあの人の職場が近かったから。父親は知りません。あの人が酔ってべろべろになってた時、別ビルで働くホストにハラマされたと聞きました。誰かは分からないけれど、あの人が気に入って指名してた人。枕でゴムなし。その末に無責任に生み落とされたのがあたしです。そのホストは自分が父親だって分かった時点で姿をくらましたらしいです。あの人のただでさえ少ない貯金を持ち逃げして。恨む気持ちは分からなくもないけれど。その恨み故かあたしは執拗に暴力を振るわれました。子供にとやかく言われても、という話ですが。第一まともに育てられもしないくせに産もうとしたあの人にも問題あります。まぁ、そんな冷静なことを言っても聞く耳を持ちませんけど。加えてヒステリックな人だったから、もう感情に任せて殴るわ蹴るわ。お酒が入ったら本当に始末に負えない。もう抵抗するのも馬鹿らしくって、どうぞお好きに、みたいなスタンスでいた気がします。


 ちょっと最初から過激すぎたかもしれない。文字に起こしてみると結構強烈ね。でも君には全部知ってもらいたいから。このまま書かせてもらいます、もらうわ。やっぱり、あたしこの書き方苦手。下手に敬語を使うと教養の無さが露呈しそうなので、ここから先は話し言葉で書かせてもらうね。


 売春を始めたのは中学生の時。やりたくてやったわけじゃない。あの人があたしをお店に連れて行った時。そこのお客に強姦されたのがあたしの初めて。聞きたくないでしょ、こんなこと。あたしだって書きたくないけれど。どんなに美しく表現しようったってできないから。まだあの頃はあたしも純情を保ってた。男の子に付いた突起物と女の子の穴にそんな意味があるなんて知らなかった。何も知らないまま、あたしはその見ず知らずの男に穢されたの。あれこれ考える前に感じたことって、痛みだけなんだよね。もうただただ痛くってしょうがなかった。その後、その男がお金をくれた。二千円。中学生の駄賃にしたら高い方だろうって。あたしの一番最初の価値は二千円だった。最初はあの人も想定外のことだったんだと思う。雑用をやってもらうために連れてきただけだった。けれど、人間って一度味をしめちゃうともう元には戻れない。あの人はあたしの性がカネになることに気づいてしまった。もっとカネになる男に買わせたら儲かるんじゃないかって。馬鹿なくせにそういうことだけは頭が働いた。それからが地獄の始まりよ。あたしは毎度お店に行って男の相手をするようになった。あたしの春を売ってできたおカネは全部あの人に巻き上げられた。あたしはあの人にとって単なる道具だった。そのおカネはどこに溶けたか?あの人の娯楽よ。調子に乗ってホストに貢ぎまくった。自分が金蔓だってことなんて気づいてもいなかったんでしょうね。それはそれで哀れだけれど。あたしの稼いだおカネはそんなろくでもないものにずぶずぶと溶けていった。


 高校生にもなると、発育がぐんと良くなって魅力的になった。性的な意味で。あたしはどんどん高値で売れるようになった。けれど、やっぱりタイプじゃないって指名が入ったのに断られることもあったの。そんなときはあの人があたしに罰を与えた。タバコの火傷痕。見せたでしょう?控室にあの人が来た。一回指名を外されるごとに一回。それだけじゃ収まらなくてやっぱり殴られた。時々鈍器も使って。大量に血が出たこともあった。さすがにあの時はあの人も狼狽えてた。あの人の恋人に寝込みを襲われた時も、何故かあたしに暴力を振るわれた。あの人は夜の街を一日中渡り歩いていたからめったに家には帰ってこなかった。それでも時々家に帰ってきたの、毎度新しい彼氏を連れて。それで奥の部屋でおせっせをする。扉一枚隔てた先に娘がいるにも関わらず大声量で喘ぐの。流石にあれは笑っちゃった。あの人が寝た後、その晩の彼氏があたしを強姦した。あたしが叫んだらあの人も起きてリビングに入ってきた。その時なんて言ったと思う?人の彼氏を寝取るな、だって。もうあたし、おかしくって笑っちゃった。そうしたら血を吐くまで蹴られた。


 この状況から抜け出したい。ずっとそう思ってた。あたしにあった選択肢は二つ。一つは、あたしが死ぬこと。けど、それはやっぱり無理だった。死ぬ勇気なんて到底持てないと思ったもの。電車に飛び込む人って凄いなぁって感心するよ。四肢がもげてちりぢりになって、長い間痛みだけを感じるかもしれない未来に突進していくなんて。あたしにはやっぱりできなかった。それに、あの人に最後の最後まで屈したみたいで嫌だった。せめて一矢報いてからじゃないと気がすまなかった。もう一つが一番あたしにとっては現実的な策だった。あの人を殺すこと。あの人を殺してしまえばきっと何もかもから解放される、そう考えた。あの人が生きている限りはあたし達の親子という関係が必ず鎖となるから。殺意、というものが気づいたらふつふつと沸いていた。だけど、実行に移せなかった。あたしには勇気がなかったから、その一歩を踏み出す勇気が。誰かにあたしを肯定してもらわなくてはいけなかった。肯定じゃなくてもいい。あたしの行いを、あたしの総てを、認めてもらいたかった。


 君にいつだったか、砂の城の話をしたと思う。見かけだけは立派だけど、ほんとは脆くて、触れたらすぐに壊れてしまいかねない、そんな城。あたしの理性。その中で、秘められた殺意が眠ってる。誰かがあたしを、本当のあたしを救い出してくれるのを待っていた。たった一つの純粋な肯定、承認が、あたしを自由にする、ギリギリのところに、あたしはいたの。そんなあたしを、あたしの総てを受け入れてくれたのが、シュンくん、貴方でした。

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