第二話 転生

(く、苦しい……)


「!”#$%&’(」

「|~=)(’&%$」


 息苦しく、体も締め付けられるようだ。

 なにが起こったのだろう?

 ああ、そうだ、列車事故で俺、死んだんだ。

 いや、苦しさを感じるってことはまだ生きてるのか?

 助かったのか!?


 スッっと頭を締め付ける感じが緩んだ。

 目は開かない。そして、相変わらず呼吸は出来ない。


「#%%&’%’(&)」


 若い男の声だ。

 なんだか遠くから聞こえる感じだ。

 あの列車事故で巻き込まれた人だろうか?


 体の締め付けがなくなった。

 肩の辺りと顎に手を掛けられて頭のほうへ引っ張られる感じがした。

 これは? 一体? 何かの治療なのか?


 目は開かない。そして、相変わらず呼吸は出来ない。

 苦しい。

 と、俺の体は温かいお湯に包まれた。風呂か?


(く、苦し、い)

「げほっ、げぶぉっ」


 むせるように呼吸が出来るようになった。

 何だ? 血の味がする。


「げぼっ、げへっ」


口の中の血液だか液体だかなんだかを吐き出しつつ呼吸ができるようになってきた。


「>’#)&!”&##%?」


中年の女の声がする。姿は見えないので中年かどうかは定かではないが。


「$?%、’(#&’#&~#”?」


 さっき聞こえた若い男の声だ。


(これは、まだ治療じゃないのか? 俺は血を吐いたのか?)


「>%、%$$、#”%!! #”$#$!!」


 俺、一体どうなったんだよ?


「%$$”、’=&=、#%=~&!!」


 まだ苦しい。トリアージの順番待ちなのだろうか?


(おい! 俺は助かったのか!? どこの病院ですか?)

「うげ! うぎゃ、うぎゃああ!? うぎゃああああ?」


(あれ? 喋れないぞ?)

「うごぁ? うびゃああ?」


「”+、*?}&!、¥^-・、*:(’、;=%」


 この看護婦(?)、何言ってやがる。日本語喋れよ。


「#”$”#$、0-&。”#$#:、;*】&%! #$&”!」


(くそっ、なにがどうなってる?)

「うぎゃっ!うぎゃうぎゃあぁぁあ?」




・・・・・・・・・




 大怪我なんかしてなかった。ぶつけた筈の肩もまったく痛くない。

 と、言うか、うまく喋れない訳もなんとなく解った。俺は生まれたばかりの赤ん坊になっていた。

 目は開いたが障害を負って乱視が酷いのだろうか?

 良く物が見え辛いがなんとなく解った。

 かなりの努力を伴って体中を弄ってみたところ俺の手にはぷくぷくとした可愛らしい指がついており、腕もぷくぷくしていた。

 うまく体を動かすことは出来ないが、動きは阻害されていないし、痛みを感じることもない。

 どうも体に力がないようだ。

 手を見た感じ赤ん坊なので筋力がないのだろうか?

 出来るだけ体を動かしてみようと努力したがうまく力を入れることが出来ず、ぐにぐにと動くだけな感じだ。寝返りを打つだけで大変な努力を要する。

 と、誰か男が俺を覗き込み、喋りかけてきたようだ。やはり先程聞いた単語のとおり外国人面っぽい感じがする。

 なんとか喋りかけようと努力してみたが、声帯をうまく動かせないようで「あぐぁ」とか「ほぐぁ」とかしか声が出せない。まずいな、これは……。


「%−&、*;*;、%%=#。> ” =^¥&%$:)# ” &%」


 くそ、変な抱き方すんなよ。あんたの掌が硬くて痛ぇんだよ。

 文句を言おうとしたが、この怒りの感情を制御できず、激情のまま叫んでしまう。


「うぎゃ、うぎゃあああああああ」


 ああ、畜生、痛いが我慢出来ない程じゃないし、こっちは何とかコミュニケーションを取りたいだけなのに。




・・・・・・・・・




 それから多分三ヶ月くらい掛かっただろうか。色々なことが判ってきた。かつて自衛隊時代に仕込まれた思考法で纏めてみる。


①恐らく、俺は生まれ変わった。記憶を保ったまま

②生まれ変わった場所は外国。ヨーロッパか?

 英語を喋っていない事は確実だ。

 ドイツ語やフランス語でもないので、俺の知らない(詳しくない)国なのだろう。

 東ヨーロッパか北欧、またはスペインやポルトガルのようなヨーロッパの西端かもしれない。

 死んですぐに生まれ変わったと仮定するのであれば、時期と気候からいってもっと南の気がする。

 ひょっとするとメキシコあたりかもしれない。

 しかし、名詞はかなりの割合で英語と共通なようだ。一体何語なのだろう?

③家の中の調度品類から推測するに先進国でもないだろう

 電化製品が一つも見当たらない。

 ラジオすらないってのはいかがなものか?

 東ヨーロッパの旧ソ連から独立した発展途上の小国かも知れない。

 ちなみに家は木造で床は俺が見た範囲では板張り。畳や絨毯などはない。

 窓にガラスもなく、下開きの鎧戸のようなものをつっかえ棒で支えるだけだ。

 夜はつっかえ棒を外すと窓が閉まる。

 窓ガラスはないが食器にはガラスがあった。透明じゃないけど。

➃日が昇る少し前に起き、日が沈む間に夕食の準備を始め、準備が終わり次第暗い家の中でランプを点けて夕食を摂り、就寝する。

 あ、昼食は取っているようだ。俺はまだ離乳食にもなっていないのでメニューはよく判らない。

 電気が無いという生活は非常にきついものがあるな。

⑤家族構成は俺を除いて五人か六人

 人数がはっきりしないのは後述する

 ・一人目は当然俺。赤ん坊だ。おっぱい吸って寝て、うんこしっこして寝てなので正確なところは判らないが多分生後三ヶ月位。ちなみにおっぱいはまずい。薄い牛乳みたいだ。

 ・二人目は多分父親。金髪で髭面のおっさんだ。尤も、死ぬ前の俺よりは大分若いだろう。三〇代半ばではないだろうか? 青い瞳をしている

 ・三人目は多分母親。二〇代後半から三〇代前半か? 結構美人だあと美乳。母親も金髪だ。明るい緑の瞳。

 ・四人目は多分俺の姉。十代後半から二〇歳くらいか? 美人とは言い難いが愛嬌は有るかも知れない。母親らしき人と共によく俺の面倒を見てくれる。茶髪。薄青い(水色か)瞳。

 ・五人目は多分俺の兄で長男だろう。小学校に上がる前くらいだろう。五〜六歳くらい。ちょっとやんちゃな感じがある。年相応に可愛い。茶髪。薄緑の瞳

 ・六人目も多分俺の姉で次女だろう。兄よりちょっと下くらい。三〜四歳? たまに兄と一緒に俺のことを覗きに来る。いい笑顔で笑う。将来は美人な感じ。綺麗な金髪だ。こげ茶色の瞳。

 ・七人目は父親より少し年長の男で声は毎日聞こえる。顔を見たのはこの一ヶ月で二〜三回だ。多分伯父じゃないかと思う。なので家族カウントからは外した方が良いだろう。こいつも髭があるが父親ほどわしゃわしゃと生えてはおらず、綺麗に揃えている。暗い金髪。緑色の瞳。

⑥父親の仕事は不明

 朝飯を摂った後、どこかに出かけているようだが、昼食には帰ってきて、昼食を摂ったら夕方まで戻らない。


 取り敢えずはこんなところか。俺はほぼ寝たきりなので良く解らないんだ。母親の乳を吸う時と、おしめの交換、着替えの時くらいしか構って貰えない。

 あと、大事なことだが、どうも感情の制御が上手くいかない。

 腹が減っても我慢することが出来ずに泣くし、粗相をしてもこれまた不快感が極まって泣いてしまう。

 とても四〇代半ばとは思えない。

 俺はどうなってしまうのだろうかと不安になる。そして不安感から泣いてしまう。

 当然泣くだけではなく、兄や姉が俺をあやそうとしたりして変な顔をすると大して面白くも無いのになぜか嬉しくなってきゃっきゃと笑ったりする。暫くするとまた不安感に押しつぶされそうになって泣き喚いてしまう。俺は痴呆なのか?




・・・・・・・・・




 そうこうしている内に半年も経つと更に色々と判明した。


①当面の問題であった感情面の制御だが、慣れて来たのかある程度進歩した

 大きな感情の波も二回に一回はきちんと制御できるようになってきた。これは嬉しい。

②はいはいが出来るようになった

 立ち上がるのは体のバランスがうまく取れずまだ出来ない。

③言語についてある程度理解が進んだ

 文法自体は日本語と大差無いようだ。助詞や格助詞の変化、接続詞や動詞の変化については今一自信がないが、喋っている内容はだいたい解るようになった、気がする。

➃言語に対する理解が進んだため、情報量が急激に増えた

 まず俺の名前。アル。皆は俺を見てアル、アルと声を掛けるからアルなんだろう。

 嘘だと言ってよ○ーニィ。

 父親の名はヘガード。筋肉すごい。プロスポーツ選手みたいな体。

 母親はシャル。美人で美乳。性欲は湧かない。俺が枯れてるのか?

 年上の姉かと思ったが、メイドはミュン。夜明けに出勤してきて夜帰るようだ。酷い労働環境だ。

 兄はファーンかファン。人によって多少呼び方が違う。愛称か? 小僧。

 姉はミルー。小娘。

 伯父と思ったが父親の部下? はジャッド。ミュン以外には敬称のようなものを付けて名前を呼んでいるようなので多分部下とかそんな感じだろう。

 その他に数人、名前はまだ覚えられないが家の前までは来ている様だ。

 中まで入って来ないので顔はまだ分からない。

 自分の家名もまだ判らない。これはある意味当然だろう。普段から家族で家名を呼ぶ筈も無いしね。

⑤住んでいる村? 町? の名はバークッド

 多分国名ではないと思う。そんな国名は聞いた事も無いし、あまり頻繁に自国の国名を発声する事も無いだろうし。

⑥現在年月日は不明

 カレンダーのようなものは見たことが無いし、新聞も無い。

 生まれ変わったのであれば二〇一五年以降だとは思うのだが……。当然のように時計すら無い。


 言うのを忘れていたが、俺は冬に生まれた。

 その後、日本程はっきりとはしないが四季らしきものを迎えているのでそろそろ一年が経つ頃だ。

 列車事故で死んですぐに転生したのであれば北半球のどこかであろうと推測が出来る。

 近頃は感情の制御もかなり出来るようになって来た。また、筋力がまだ低いからか、長続きはしないが立って歩くことも出来るようになった。

 日本語にあった母音を多く含む語であれば発音も出来る。


 ここまでで新たに理解したことを纏めてみよう。


①感情面で制御出来なくなることは激減した

 ただ、大きな喜怒哀楽を感じると暴走の気はまだある。しかしこれは単純に感情制御や我慢のマージンが足りないだけだと思う。

 想像でしかないが、生まれ変わった事で知識や思考力は別にしても精神性は肉体年齢相応、若しくは引き摺られているのではないだろうか?

②立って歩いたりよたよたと走ることが出来るようになった

 しかし、まだ乳幼児であるため常に傍に誰か(母親やメイドのミュン、兄姉いずれか)が居るので外に出る事は出来ない。

③ほぼ完全に言語を覚えた

 文法的には大方のところ日本語そのままなので習得は容易と言って良いだろう。これは、一般名詞に英語とかなりの共通部分がある事も大きい。

 一歳に満たぬうちからたどたどしくではあるが普通に喋る事は出来たが、気違い扱いや悪魔憑きみたいに扱われる事を警戒し、生まれ変わって来た事は当然として、喋る事もしていない。

 そもそも常識で考えて転生とか生まれ変わりとか信じられないだろうし、日本の事を話して認められたとしても既に俺は死んでいるし、とっくに葬儀も済んでいなければおかしい。

 この国の政府から日本政府に連絡が行っても面倒な事になるだけだ。

 確かに美紀や父母に会いたいというのも本音だが、俺は死んでいるのだ。

 万が一助かっているということもあるだろうが、それはそれで問題だ。

 同一人格で同じ記憶を持っている人間が二人いる事になるし、どちらが本物かで日本人の俺と争ってしまうかも知れない。

 そんな事はごめんだし、記憶を持って生まれ変わったのならば「この俺」が「この俺の人生」を歩む上で有利だろう。

➃地理及び社会情勢だがここバークッドは村で、何と父親は村長というか、庄屋というか、領主のような扱いっぽい

 村の主な産業は農業で、狩猟もある程度は行われているようだ。

⑤度量衡の単位だが、俺の感覚的にメートル法だと思う

 正確な定規となるようなスケールが無い為詳細は不明。不便なので俺の中ではメートル法で考える事にする。単位や発音もほぼ一緒だ。

⑥数学についてだが、十進法を採用している

 計算は簡単な四則演算であれば両親共に出来るが、教育水準が低いのだろう、兄と姉は計算が苦手なようだ。掛け算や割り算が小学校入学程度で出来ないのは解るが、数もまともに数えられないのはいかがなものか。


 取り敢えず転生してからの一年間ほどで判明した事は以上だ。

 ここからはより重要だと思った事を話そう。


①現代じゃない可能性がある

 と言うか、その可能性が高い。

 ロンベルト王国というのがこの国の名前だそうだ。

 そんな名前の国は聞いた事無いし、旧ソ連から分割独立した国に王国は無かった筈だ。あとは生活水準や雑貨などからの推測になる。アフリカの小国じゃなければタイムスリップなのか?

②ロンベルト王国は封建制で王が国を治めている

 王以外の貴族は王直轄領以外の土地を自らの領土として半ば自治領主のように君臨している。

 バークッド村はウェブドス侯爵領の一部だ。親父は一応領主で士爵との事だ。

 俺、貴族だったわ。

 家は長子の兄が継ぐ事になるだろう。姉は嫁に出るとしてこの国での次男の扱いはどうなるんだろう?

 時代によっては冷や飯食いになるかも知れん。

③最後に税だ

 バークッド村の主な産業は農業で小麦を栽培している。

 勿論他の野菜類も栽培してはいるが、あくまで主力は小麦だ。

 農民はその収穫高のなんと六割を税として親父に納めている。

 親父はその六割を更に上級の領主(ウェブドス侯爵かどうかは解らない)に納めているそうだ。

 収入の六割も取られるとか無茶苦茶だ! と一瞬思ったが現代じゃなければ当たり前だし、親父には村の総生産の二四%が入る事を考えると充分か、とも思う。

 実はとうぜんの事だが、そんなに入らない。村のインフラ整備は領主である親父の責任なので費用は持ち出しになる。

 村の人口が不明なので(多分大したことないだろう)総収入は不明だが、左団扇で安楽、と言う程では無いだろう。調度品や食事で大体予想が付く。


 とにかくあまり目立たないようにおとなしく情報収集に努めた一年間だった。

 怪しまれたりして変に問い詰められて口を滑らす事になったりでもしたらまずい。

 せいぜい、一歳という赤ん坊のうちにごく簡単な言葉を解した上、かなり上手によちよち歩きができる将来有望そうな子供、という程度に留めておかないといけない。

 これでも充分異常だ。

 話すことは可能だが、それはあまりに不気味で目立ちそうなので、話すことはしていない。幸いなことに両親は俺の異常な早熟を心から喜んでくれた。

 なに、まだ一歳だ、あまり生き急いでも仕方が無いだろう。

 情報収集の時間はまだたっぷりあるし、現代ではないのなら、運動をしたりして体力練成もする必要がある。

 ゆっくりやればいいさ。生まれてから今までの一年間にわたって慎重に慎重を重ねて暮らしていたが、ここに書いたことなんか吹っ飛ぶような出来事が立て続けに起こったのは、こんなふうに情報の収集と整理をのんびりとやっていた数日後だった。

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