第31話 諍い
取引所のドアをくぐり、店内の独特の雰囲気に胸が高鳴る。
私たち4人は達成感に包まれながら、5層のボス、レッサーミノタウロスを倒して得たドロップアイテムを手に取引を進める。
アイテムが並べられたカウンターには、取引所の店員が顔を上げて、私たちの品を丁寧に査定してくれている。
「ほう、いい品ですね。お嬢さん方、かなりの腕前と見ましたよ」
査定が終わり、数えるように札束がカウンターに並べられていく。
驚くべき額で、さすがに私たちも目を見張った。
高校生にとっては、想像以上の金額だ。
これで装備の修理や補充もたやすくできる。
山下先輩が財布を手にしてメンバー全員の装備や消耗品の補充をしていく。
戦闘中に酷使した彼の盾は、数箇所にひびが入っており、修理が必要だ。
さらに、優花も回復薬の残りが少なくなっていたので、補充することになった。
新しいポーションや薬草の束、そして攻撃を繰り出した際に消耗した武器の砥石もいくつか購入して、準備は完了だ。
「よし、これで全員の装備も補充できたな。これからの戦いにも備えが整ったってわけだ」
佐々木くんが安心したように呟き、みんなで互いの準備が整ったことを確認し合う。
気分が一瞬、晴れやかになった。
取引が終わり、取引所を出て、私たちは残りの資金を均等に分配することにした。
額を見つめ、思わず唖然とした。
私たちは今、高校生としてはかなりの金額を手にしている。
手の中で札束の重みを感じつつ、心のどこかで不安が湧き上がってきた。
こんなに必死に戦い、命をかけて得たお金。
しかし、それは今抱える私の本当の問題を解決できる額には遠く及ばない。
山下先輩と佐々木くんが、報酬に満足した様子で話し始める。
彼らの表情には、少しの余裕と達成感がにじんでいる。
「まあ、こうして少しずつ進んで、力も金も手に入れていければ上等だろう。橘、どうだ?少しペースを落としてもいいんじゃないか?今のところ俺たちの目標は果たせてるし、無理をすることはない」
山下先輩が私に提案する。
佐々木くんや優花も、それに同意するように頷いていた。
彼らにとって、この進行速度で得られる成果は十分だ。
彼らはみんな目的を果たしつつある。
しかし、私にとってそれは違う。
私は、家族を救うため、もっと大きな成果を手に入れる必要がある。
今の状況ではまだ全然足りない。けれど、彼らにそれを話すわけにはいかない。
「……私は、もっと早く進みたい。今の私たちの力なら、次の階層だっていけると思う」
私の言葉に、仲間たちが一瞬黙り込む。
彼らの表情には、困惑と戸惑いが混じっていた。
「美咲、でも……無理はしなくてもいいんじゃない?ボスを倒したばかりで、今は体力も消耗してるし……焦る必要はないと思う」
優花が心配そうに私の顔を覗き込む。
彼女は、私が思っている以上に私の気持ちを感じ取っているようだ。
それでも、私には譲れないものがある。
「そうだよ、橘さん。無理をして怪我でもしたら、ここまで進んできた意味がなくなるじゃないか。慎重に進んでいけば、きっとまた成果は得られるはずだ」
佐々木くんの言葉に、私は小さくうなずくものの、胸の中に焦りが募る。
私の家族には、残された時間がない。
工場の経営が危ぶまれている状況で、何としても安定した収入が必要だ。
このままでは、すべてが手遅れになってしまうかもしれない。
「ごめん、私……どうしても、もう少しだけ早く力を手に入れたいの。みんなに無理をさせるつもりはないけど……」
少し声が震えた。
誰にも伝えられない重い想いを抱え、口をつぐんでしまった。
言葉が足りないことも、彼らが私の気持ちに納得してくれないことも分かっている。
それでも、私は諦められなかった。
山下先輩が息をついて、私をじっと見つめる。
彼の視線は優しくも厳しく、私の頑固な一面をしっかりと捉えている。
「橘、お前の覚悟はわかった。でもな、お互い無理はしないことだ。みんなの命を守るのが、俺たち全員の義務なんだ」
山下先輩の言葉に、私は苦しい胸の内を抱えながらも、少しだけうなずく。
彼が言うことも正しい。
それでも、このままでは、私の焦りは増すばかりだ。家族を救うために、私はもっと力を手に入れる必要がある。
だけど、それを仲間に押し付けてしまう自分に対する疑念も抱えていた。
「橘さんさ、そんなに急いでどうしたいんだよ?俺たちがみんな無事で進んでるだけじゃ、ダメなのか?」
佐々木くんの言ってる事は正しい。
私だって家族の事がなければ今のペースで良いと思ってる。
正論が言えるって幸せな事なのね。
「佐々木くん、私たちの力がもう少し必要だって言ってるの!あなたは……何も分かってないのよ!」
私は言葉を強めてしまい、佐々木くんの表情が一瞬で険しさを増した。
彼がこんなふうに私を見るなんて、今までに感じたことがなかった。
「何も分かってないだって?俺が……橘さんのためにどれだけ……!」
その場にいた高木くんと優花が、互いに視線を交わし、焦ったように私たちの間に入ろうとする。
優花が少し戸惑いながらも、私の腕をそっと引いてくれる。
「美咲、落ち着こうよ。佐々木くんも、少し言葉が強すぎるよ」
高木くんも佐々木くんに向かって手を上げて制しようとするが、佐々木くんは高木くんと優花の二人を見て、一瞬、苦々しげな表情を浮かべた。
「お前らカップルはいいよな……互いに支え合えるんだからさ!」
佐々木くんの言葉が刺さるように場に響き渡った。
優花が驚いた表情で高木くんを見上げ、高木くんも顔をこわばらせる。
「俺だって、橘さんのために……ずっと戦ってきたつもりだ!だけど……結局俺なんて足りないってことか?」
佐々木くんの拳が震えているのが見えた。
言い返す言葉もなく、ただ彼の痛みが伝わってきて、胸が締めつけられるような気持ちになった。
「ごめん、佐々木くん……私、そんなつもりじゃ……」
かすかな声で謝罪の言葉を漏らすが、佐々木くんの苦しい表情は変わらない。
私のせいで、みんながバラバラになってしまう気がして、恐怖が襲ってきた。
「いい加減にしろ、橘!」
山下先輩の低い怒声が場を凍りつかせる。
彼が私に向けた鋭い目は、普段の穏やかな姿とはまるで違っていた。
「お前が言いたいことは分かる。でもな、焦ることで仲間が無くなるような戦い方はするな!俺たちはチームだぞ、お前だけじゃないんだ」
その言葉に胸が痛くてたまらなかった。
私は耐えきれず、その場から駆け出してしまった。
涙が溢れて止まらない。
走って、走って、みんなから離れた場所にたどり着いた。
気がつけば、ダンジョンの出口のすぐ近くだった。
全身が震え、涙で視界が滲んでいた。私は声にならない嗚咽を漏らしながら、ただ、自分の弱さを痛感していた。
涙を拭きながらダンジョンの出口へ向かって歩いていると、見慣れた声が背後から響いた。
「おい、橘さんが泣いてんじゃん?これは珍しいことだな」
振り返ると、田中一樹が冷笑を浮かべて立っていた。
彼の隣には、いつも彼と一緒にいる取り巻きの大野拓真と山口大輝が揃っている。
私は彼らの軽蔑混じりの視線を全身で浴び、唇をかみしめた。
「どうしたの?橘さんみたいなカッコいい人が、ダンジョンで泣いて出てくるなんてさ」
田中が私ににじり寄り、山口も口を開く。
「ま、しょうがない。女が調子に乗ってダンジョンに挑むからこうなる」
嫌味な笑い声が私の耳に突き刺さる。
彼らは私が泣いていることを面白がって、さらに笑みを浮かべながら近づいてきた。
「さあ、今日はお前を家まで慰めてやるよ。どうだ?俺んちでゆっくりしてかないか?」
田中は私の肩に手を置こうとした。
彼の手の力は強く、振り払おうとしてもなかなか逃れられない。
心の中で、再び怒りと恐怖が湧き上がってくる。
しかし、ここで怯むわけにはいかない。
私は、自分の腕を振り上げ、田中の手を振りほどこうとした。
「離して!私は、あんたたちと一緒にいるつもりはない!」
レベルアップを重ねてきた私には、昔とは違う力があるはずだ。
その力を信じ、田中から距離を取ろうとした。
「何だよ、急に強気だな。少しレベル上げたからって、俺に勝てるとでも思ってるのか?」
田中は怒りに顔を歪ませ、再び私に手を伸ばしてきた。
だが私は、素早くその腕をかわし、彼の手首をつかんだ。空手で鍛えた動きが、体に染みついているのを感じる。
私は彼を睨みつけたまま、しっかりと反撃の構えを取った。
「橘、ダンジョンでレベルアップしても、ここで何ができるってんだよ!」
田中は大きな声で叫びながら私に近づいてくる。
大野と山口も、田中を助けるように後ろから私に圧をかけるような態度で迫ってくる。
周りを取り囲まれた私の心臓が、早鐘のように鳴り響く。
しかし、その瞬間、心の中で静かな決意が湧き上がった。
何度も危険なダンジョンに挑み、命を懸けてきた私には、この程度の恐怖は何でもない。
私は再び田中を睨みつけ、大きな声で叫んだ。
「私を舐めないで!私の力、試してみる?」
体の奥にある力を引き出し、一気に動き出した。
山下先輩たちの教えと自分の鍛錬があれば、こんな相手に負けるわけがない。
田中が一瞬たじろいだのを感じたが、すぐに表情を歪め、激昂したように腕を振り上げる。
だが、私は一歩も引かず、その腕を避け、田中の胸元に拳を打ち込んだ。
「ぐっ……!」
田中が後ずさりし、苦痛に顔を歪める。
周囲の空気が一瞬止まり、大野と山口も動きを止めて私を見つめている。
「次はないから。私は、あんたたちと関わるつもりなんてない」
田中とその取り巻きの大野と山口が立ちはだかり、まるで獲物を囲むように私をじりじりと取り囲んでくる。
「おい、涙が止まらないな。泣いてるじゃねぇか。これじゃあ、強がりの橘さんもただの女だな」
田中がにやりと冷笑を浮かべ、私の目をじっと見据えた。
彼の隣で、大野がニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ、山口も薄暗い笑い声を立てている。
私は一歩後ずさりながらも、何とか冷静さを保とうと深呼吸した。
「お前ら、いい加減にして。関わらないで」
冷静にそう言おうとしても、緊張で声がわずかに震えたのが自分でも分かる。
それが、彼らにとってはさらに面白いらしく、田中が一歩踏み出してきた。
「いいから、こっち来いよ。今日はお前がどれだけ強いか、俺らで試してやるよ。そろそろ橘も、泣いて謝るってもんじゃないか?」
田中は私の腕を掴もうと手を伸ばし、その力強さに私も必死で反応し、素早く腕を引いて彼の手を振り払った。
「やめて!私は、あんたたちなんかに負けない」
私は深く息を吸い、すぐに空手の構えを取った。
「おい、大野、山口、手伝え。3対1なら俺たちの勝ちだ」
田中が後ろにいる二人に指示を出し、私を挟み込むように3人が動き出した。
山口が肩を揺らしながら一歩前に出て、私に向かって拳を振りかざしてきた。
私は素早く体をひねり、彼の拳を受け流す。
続いて大野が突き出した足を横に飛んで避け、体勢を崩しながら田中の側に回り込む。
「お前らの相手なんてしてる暇はないの。私には、もっと大事なものがあるから!」
私は再び田中の胸元に素早く掌底を打ち込んだ。
田中がうめき声をあげ、数歩後退する。
続いてすぐに大野が飛びかかってきたが、私はその腕を捉え、身体ごと力いっぱい振り払った。
大野が地面に倒れ込み、苦しそうに喘いでいるのを確認してから、山口の方向へ振り向いた。
「な、なんだよ……橘、意外と強いじゃんか」
山口の声が、かすかに震えているのが聞こえた。
ダンジョンでのレベルアップの成果が、こうして少しずつ形になっているのがわかる。
しかし、彼らも私の反撃に怯むことはないらしく、田中は顔をしかめながら再び私に向かってきた。
「この……調子に乗りやがって!」
田中が最後の力を振り絞って突進してくるが、私は冷静にその動きを見極め、彼の動きを捉えた。
その瞬間、体の芯から力が湧き上がり、無意識に彼を押し返す動作に入った。
彼の腕を掴み、再び掌底を打ち込んで彼を数歩後ろに吹き飛ばす。
田中が悔しそうに立ち上がり、怒りと憎しみが混ざった目で睨みつけてきた。
「くそっ……今日はここまでだ。だが、覚えてろよ。次は必ず、泣いて謝らせてやる」
田中がそう吐き捨てて、ついに彼ら3人はその場を後にした。
私は大きく息を吐き、心臓の鼓動が落ち着くのを感じながら、胸に手を当てた。
心の奥底に宿る悔しさと不安、それでも前に進むという決意を抱え、私はダンジョンの入り口を背にしてゆっくりと歩き出した。
「おい」
振り返ると、そこには田中が笑顔で立っていた。
田中の拳が私の胸に直撃し、視界が一瞬白くなったかと思うと、私は地面に叩きつけられていた。
衝撃が全身を駆け抜け、息が詰まるような痛みが胸を刺す。
立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。
顔を上げると、田中が私を見下ろしながら、嫌らしい笑みを浮かべていた。
「さぁ、橘、お前はちょっと俺たちの家に来てもらうぞ。しっかり『教育』してやらないとな」
田中がそう言いながら、私の腕を強く引っ張ろうとしたその時、突然、背後から大きな影が田中たちに突っ込んできた。
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