第30話 レッサーミノタウロス
扉を押し開けた途端、広がったのは薄暗い巨大な部屋。
そして、その奥で目を光らせている存在があった。
「これが…レッサーミノタウロス…?」
思わず私は小さくつぶやく。
目の前のその姿は、まさに威圧そのものだった。
何度も資料や先人たちの記録で目にしたけれど、実物の凄まじさは圧倒的だった。
重厚な筋肉を誇示するように構えた身体は、2メートルを軽く超えている。
その圧迫感に、思わず足がすくんでしまった。
「すごいな…。でかすぎだろ…」
佐々木くんが、普段の軽口を忘れたように呟く。
彼の視線も、私と同じく恐怖と驚きでいっぱいだった。
「橘、翔太、中野さん、高木くん、心の準備はいいか?」
山下先輩が振り返りながらも、冷静に確認を取ってくれる。
「ええ、やるわ。美咲、頑張ろう」
優花がかすかに震えながらも、精一杯の笑顔で答える。
その表情からも、恐怖を押し殺しているのが伝わってくる。
私も彼女に応えるようにうなずいた。
「さて、翔太、高木くん、俺たちで引きつけるぞ。準備はいいか?」
山下先輩が仲間たちを鼓舞するように目を向ける。
佐々木くんはお得意の短剣をしっかりと握りしめ、深呼吸をして集中し始めた。
高木くんも、遠距離から援護するための杖を構えている。
「逃げられないからな、やるしかない」
ゆっくりと、背後で扉が閉まる音がする。
佐々木くんが強く短剣を握り直し、自らを奮い立たせるように言う。
それに続いて、優花が杖を構え直し、私も構えを整えた。
小さな動作ひとつひとつで、自然と心が落ち着いていくのを感じる。
逃げ場がないからこそ、前に進むしかない。
ここにいる仲間たちと一緒なら、どんな敵でも越えられる。
そう、信じるしかないのだ。
私たちの気配に気づいたのか、レッサーミノタウロスが低く唸り声を上げながら、こちらをじっと見つめる。
その目には、こちらを見定めるような鋭い光が宿っていた。
山下先輩が、盾を前に構えながらゆっくりと前進し、間合いを詰めていく。
「橘、みんな、全力でいくぞ。翔太、俺に続け!」
山下先輩の掛け声と共に、私たちは一気に距離を詰める。
「行くぞ!」
山下先輩が盾を高く掲げ、そのまま突進する形でレッサーミノタウロスに迫る。
ミノタウロスが巨体を揺るがせながら、重厚な拳を振り下ろしてきた。
山下先輩はギリギリでその拳を盾で受け止め、激しい衝撃音が響き渡る。
「ぐっ…! 思った以上に強いぞ!」
山下先輩が声を張り上げながらも、盾を押し返し、踏みとどまっている。
その間に、佐々木くんが素早く回り込むように動き、レッサーミノタウロスの側面を狙って攻撃を仕掛ける。
「こいつ、どんな防御力だよ…!」
佐々木くんが短剣を振るうも、筋肉に刃がわずかにしか食い込まない。
彼の額に汗が浮かぶが、目を鋭く光らせ、次の攻撃に備えている。
「高木くん、優花、サポート頼む!」
私は叫び、彼らに合図を送る。
優花がすぐさま魔力を集中させ、私たちの身体に回復の魔力を送り込む。
高木くんも冷静な表情を保ちながら、遠くから一撃一撃を確実に当てて援護してくれる。
「美咲、無理はしないで、あたしもできる限りサポートするから!」
優花が、必死に声を張り上げてくれる。
その声が、私の心に力を与えてくれるのを感じる。敵は強大だが、ここで諦めるわけにはいかない。
レッサーミノタウロスが再び巨体を振りかぶり、拳を振り下ろそうとした瞬間、山下先輩が素早く構えを直し、盾を突き出してミノタウロスの攻撃を受け止めた。
盾が激しく軋む音が響くが、山下先輩は耐え抜いている。
「いけ、翔太、今だ!」
山下先輩の合図で、佐々木くんが全力で突進し、短剣をレッサーミノタウロスの脇腹へと突き立てた。
敵の苦しげな叫び声が響き渡り、その巨体がわずかに傾いた。
レッサーミノタウロスが、巨大な戦斧を振りかざし、私たちの目前で荒々しい叫び声をあげた。
耳をつんざくような咆哮が洞窟の壁に反響し、周囲の空気が震えるのを感じる。
私は冷静さを保ちながら、右手にトンファーを握り締めた。
戦いは、始まった。
山下先輩がもう一度、正面から接近し、大きな盾でレッサーミノタウロスの戦斧の一撃を受け止めた。
強烈な衝撃音が響き、彼が踏みとどまっているのがわかる。
衝撃で床がひび割れるのが見えたが、彼の体は微動だにしない。
まるで岩の壁のように、私たちを守る壁となって立ちはだかっている。
「お前たち、今だ!俺が奴の動きを止める!」
山下先輩が叫び、私は素早く後方からレッサーミノタウロスの右側面に回り込んだ。
「よし…!」
すかさずトンファーで攻撃を試みたが、魔物の硬い皮膚に当たった時、その分厚い肉と皮が簡単に私の攻撃を吸収してしまった。
しっかりと衝撃は伝わったが、それだけで倒せる相手ではなかった。
すると、佐々木くんが素早く魔物の左側に回り込み、持ち前の素早さで何度も攻撃を繰り出した。
彼の動きはまるで踊りのようで、一瞬たりともその動きを見失わない。
攻撃が魔物の柔らかい箇所に当たるたびに、レッサーミノタウロスが小さく苦しげな唸り声を上げるのが聞こえた。
「橘さん、僕が攻撃を引き付けますから、今のうちに!」
佐々木くんがそう叫び、攻撃を続ける中、私は再度トンファーを振り上げ、レッサーミノタウロスの膝を狙って叩き込んだ。
「うぉぉぉぉ!」
その瞬間、魔物が突如として逆方向に動き、戦斧を振り上げた。標的は――佐々木くん!
「佐々木くん、危ない!」
私は叫んだが、佐々木くんは素早く後ろに飛び退き、なんとかその一撃をかわすことができた。
しかし、魔物の反撃は止まらない。
続けざまに巨大な拳が振り下ろされ、彼はさらに後退を余儀なくされた。
「橘さん、先輩、危ない!」
少し後方にいた優花が叫ぶと同時に、山下先輩がさらに前へと踏み出した。
「このやろう…!」
山下先輩が低く唸りながら盾を構え、レッサーミノタウロスの戦斧に再度立ち向かった。
だが、攻撃を受け続けることで体力の限界が近づいているのがわかる。
彼は汗だくになりながらも、盾を前に構えて踏みとどまっている。
「橘!俺が次の一撃を防いだら、奴の左脇腹を狙え!」
先輩の言葉に従い、私は彼のタイミングを見計らって魔物の側面に回り込む準備を整える。
すると、先輩が盾を振り上げ、猛攻を防ぐために突進した。
「この一撃で…!」
盾の角でレッサーミノタウロスの足元を狙い、彼の攻撃が成功すると、巨体がわずかにバランスを崩した。
私はその瞬間を逃さずにトンファーを振り下ろし、レッサーミノタウロスの左脇腹に全力を込めた。
突き刺すような音がして、魔物が痛みによじれた。
その隙に、佐々木くんがすかさず飛び出し、柔らかい箇所を狙った一撃を繰り出した。
「おらあぁぁぁ!」
彼の叫び声とともに、レッサーミノタウロスの左脇に鋭い打撃が入る。
巨体がよろけ、怒りに満ちた咆哮を上げた。
だが、レッサーミノタウロスも黙ってはいなかった。
狂気の目を私たちに向け、再び戦斧を振りかざす。
「橘さん!危ない!」
佐々木くんが声を上げ、私の肩を引っ張って、戦斧の一撃から間一髪で逃れた。
その刃が床を砕き、粉塵が立ち上がる。
「…ありがとう」
私は佐々木くんに礼を言いながら、再び立ち上がり、距離を取る。
すると、すかさず優花が呪文を唱え始めた。
「…回復の癒しよ、我が仲間に力を!」
彼女の唱える呪文の声とともに、山下先輩の体が微かに光り始め、彼の疲労が次第に癒されていく。
優花の回復魔法が、彼の体力を回復させているのが目に見えた。
「よし、もう少しだな。みんな、最後の一撃を準備してくれ!」
山下先輩が力強く言い放つ。声には疲労と同時に、この戦いに全てを賭ける覚悟が感じられた。
佐々木くんが素早くレッサーミノタウロスの背後へと回り込むと、私も山下先輩と共に接近し、最後の総攻撃に備える。
「佐々木くん、もう一度お願い!」
私は彼に呼びかけ、佐々木くんは短剣を構え直し、迅速な連撃でミノタウロスの注意を引きつけた。
その隙をついて、山下先輩が盾を掲げ、怪物の攻撃をしっかりと受け止める。
「俺が足を止める。橘、高木くん、仕上げだ!」
山下先輩の叫びに応えるように、高木くんと私は同時に攻撃を繰り出した。
高木くんの炎の魔法がレッサーミノタウロスの左肩を直撃し、立て続けに私はトンファーを握りしめ、その右肩に打撃を叩き込む。
「今だ、橘さん!」
佐々木くんが声を上げ、私は全力でトンファーを振り下ろした。
その一撃はレッサーミノタウロスの巨体を揺るがし、動きが鈍くなった瞬間、高木くんが前に出て魔法の詠唱を始めた。
「これで、終わりにする…!」
高木くんの手元に集められた青白い光が眩しく輝く。
彼は両手を広げ、全身に魔力を漲らせると、最後の一撃を一気に放った。
「ライトニング・バースト!」
その言葉と共に放たれた雷撃がレッサーミノタウロスの胸を貫き、凄まじい衝撃が洞窟内に響き渡る。
魔力をまとった光がミノタウロスの体を駆け巡り、敵の体がびくびくと痙攣しながら動きを止めていった。
「今がチャンスだ!」
山下先輩が叫び、最後の突進で盾を押し付けながら、彼の全力でミノタウロスを地面に抑えつけた。
ついに、怪物は完全に動かなくなり、膝をついて大きく倒れ込んだ。洞窟に静寂が戻り、私たちはゆっくりと息をつく。
「や、やった…本当にやったんだ!」
優花が泣き笑いのような顔で言い、私たちは互いの姿を確認する。
汗だくで息を切らし、体中が震えているが、全員無事だった。
佐々木くんも笑顔で短剣を握りしめ、高木くんは疲れた様子で微笑んでいる。
「橘さん、みんな、最後までよく頑張ったな」
山下先輩が、私たちの顔をひとりひとり見つめながら、深く頷いた。
大きな達成感と共に、私たちは互いの存在を確かめ合い、勝利の喜びを胸に抱きしめた。
「さぁ、帰ろう。私たち、成し遂げたんだから」
私の言葉に、全員が力強く頷き、そして光り輝くゲートの中へ、ゆっくりと歩みを進めた。
「やった…やっと、倒せたんだ…!」
私は震える手でトンファーを下ろし、膝をつきながら深呼吸を繰り返した。
今まで経験したことのない激しい戦闘に、全身がびしょ濡れになるほど汗をかいていた。
「やったな、みんな…お疲れさん」
山下先輩も重い盾を床に置き、肩で息をしながら微笑んでみせる。
いつも頼もしい先輩が、こんなにも疲れ果てた表情を見せるのは珍しい。
「これで俺たち、ついに第五層のボスを…」
優花も疲労困憊の中、静かに微笑んでいる。
彼女が持つ魔法の杖の先が、微かに光っているのが目に入った。
彼女のサポートがなければ、私たちの戦いはここで終わっていたかもしれない。
「よっしゃああ!勝ったぞ!」
佐々木くんは嬉しそうに飛び跳ね、興奮を抑えられない様子で笑顔を浮かべている。
普段はクールな彼も、この瞬間は無邪気に喜んでいた。
彼の熱気が私たちにも伝わり、疲労の中に少しだけ温かい充足感が広がる。
私は立ち上がり、視線を前に向けた。
すると、ボスが倒れた瞬間に現れた、青白い光のゲートがゆっくりと開いているのが見えた。あの光は…!
「これが、ワープゲート…?」
私は驚きの声を上げ、ゲートに引き寄せられるように一歩ずつ歩み寄った。
ゲートの向こうには、かすかに出口への道が続いているようだった。
「やっと入口に帰れるってことか」
山下先輩がそう言いながらゲートの光を見つめる。
私たちの戦いが、これでひとまずの終わりを迎えることを意味している。
全員でゲートの前に集まり、一人ずつ光の中へと足を踏み入れていく。
眩しい光が視界を包み込んだかと思うと、次の瞬間にはダンジョンの入口付近にワープしていた。
空気が冷たく、外の景色が目の前に広がっている。
外の音、風の感触、そして日常の匂いが懐かしく感じられる。
「戻ってきた…」
優花が目を閉じて、風に顔を向けている。
彼女の表情には安堵が見え、その優しさに私たちも胸をなでおろす。
「おい、みんな、今回の成果を確認しようぜ!」
佐々木くんが元気よく言い、各自が手に入れたドロップアイテムを確認し始める。
私は、ついにここまで来たのだと実感しながら、手に握っていたトンファーをゆっくりと見つめた。
家族のため、強くなりたいと願い、そして何よりも自分自身のために――挑んだこのダンジョン。
仲間たちとともに、こうして前進できることが今、どれだけ貴重なことか、身に染みて感じている。
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