第29話 新たな力
「橘、ちょっと話があるんだが、今時間あるか?」
放課後、部活の後に山下先輩が急にそんなことを言い出した時、私は内心驚いた。
ふだん山下先輩はどちらかというと控えめで、ダンジョンの話以外ではあまり話しかけてこないタイプだ。けれど、今の表情はいつもより真剣だった。
「はい、どうかしましたか?」
「実は、俺の従兄弟で佐々木翔太ってやつがいるんだが…お前も知ってるだろう?」
佐々木くん――確かに覚えている。
中学時代から陸上部で、成績もいいし、目立つ存在だ。
それに、以前同じクラスだった頃もあって、彼の視線がよく私に向いていることも、何となく気づいていた。
そんな彼がダンジョンに加わるとなると、私は少し戸惑いを感じてしまった。
山下先輩が続けて話す。
「翔太は昔からスポーツ万能だし、俺とお前がダンジョンに挑んでいることを聞いて興味を持っててな。お前も知ってるだろ?翔太の素早さは並じゃない。それに、もうすぐ俺たちは三層目に挑む。敵も強くなってきてるし、あいつのスピードがあれば、かなり戦力になると思うんだ」
私は山下先輩の言葉を聞きながら、どう返事をすべきか悩んだ。
佐々木くんが優れた運動神経を持っているのは認めている。
でも、それだけでダンジョンに誘うことに少し疑問を抱いたのも確かだった。
彼は、私に対して少なからず好意を寄せているような気もするし、それがかえってパーティーの雰囲気を変えてしまうかもしれない。
「…でも、佐々木くんは、ただ興味本位でダンジョンに来るだけじゃないですか?そういう気持ちだけで、簡単に入ってもらうのは少し違うと思うんです」
山下先輩は私の言葉を聞いて、しばらく沈黙したあと、小さく頷いた。
「お前の言いたいことは分かる。確かに、俺も最初は軽い気持ちで誘うのはよくないと考えてた。でも、翔太は真剣なんだ。彼も俺と話したときに、どんな危険があるのか、しっかり考えた上で決めてた」
「本当に…?」
山下先輩は、ゆっくりと私を見つめながら答える。
「ああ、彼もお前たちと一緒に危険を分かち合う覚悟がある。俺たちが本格的にダンジョン攻略を進めていくなら、やはり力が必要だろう。お前も、俺も、そして中野も、みんなで無事に帰るためには、今より戦力を強化する必要がある。それに…」
山下先輩は少し言葉を区切った後、私の目をまっすぐ見据えた。
「翔太は、お前が本気で挑んでいることを知って、俺たちと一緒に進みたいと言ってるんだ。俺たちの強化がパーティー全体の安全にもつながる。それに、翔太は運動神経も反射神経もずば抜けているし、動きの面ではお前も感じるところがあるだろう?」
山下先輩の言葉を聞きながら、私は少しずつ考えが変わり始めていた。
彼が言う通り、パーティー全体の安全を確保するためには、優れた運動能力を持つ佐々木くんのような人物がいると助かる。
彼が真剣な覚悟を持っているなら、それを信じてみるのも悪くないかもしれない。
「分かりました。じゃあ、佐々木くんをチームに加える方向で話を進めてください。ただし、彼が本当にやる気で、どんな危険が待っているかも理解しているなら、という条件で」
山下先輩は私の返事を聞き、満足そうに頷いた。
「ありがとう、橘さん。翔太もきっと喜ぶはずだ」
放課後、山下先輩は佐々木くんを連れてきた。
彼は少し緊張しながらも、私の前で真剣な表情をしていた。
「橘さん、僕、ダンジョンに挑戦する覚悟はできています。危険だってことは分かってますし、何かあったときはチームのために全力で動きます」
私は佐々木くんの言葉にしっかりと耳を傾け、その表情を見て少し安心した。
そして、彼に言葉を返した。
「分かりました。私たちの仲間として、一緒に挑戦していきましょう。でも、これからは個人的な感情よりも、お互いを守り、支え合うことが大事だってことを忘れないでください」
「もちろんです!」
佐々木くんは嬉しそうに頷き、山下先輩と軽く拳を合わせた。
これで、私たちのパーティーは少しずつ力を増していく。
数カ月後。
ボス部屋の手前で、一旦腰を下ろし、私たちは静かに息を整えていた。
緊張で張り詰めた空気が漂う中、誰もが無言で水分補給をしながら、これからの戦いに向けて精神を落ち着かせようとしている。
「ここまで来ると、さすがにピリピリしてくるよな」
山下先輩が軽く息を吐きながら言った。
彼の視線は、すぐ前方の重厚な扉に向かっていて、私もその先に待つレッサーミノタウロスのことを考えると、自然と背筋が伸びる。
「でも、佐々木くんが加わってから、ここまで本当に順調だったよね。ここまでスムーズに来られたのは、彼の運動神経の賜物だと思うよ」
私は軽く笑みを浮かべて佐々木くんの方を見た。
彼の加入後、私たちのダンジョン探索は格段にスピードアップした。
運動神経抜群の彼がいるおかげで、敵の攻撃をかわしながら反撃することも多くなり、危険な状況を回避できる場面も増えた。
「おいおい、そんなに持ち上げると、照れるだろ?」
佐々木くんは冗談めかしに言いながら肩をすくめて見せたが、その目は少し緊張で揺れている。
私たちは確かに自信を持ってここまで来たけれど、ボス戦というのはやはり特別な緊張感を伴うものだ。
「でも、冗談抜きで助かってるよ、翔太。ここまでで、おまえがいなかったらもっと時間がかかってたはずだから」
山下先輩も真面目な表情で頷き、佐々木くんに視線を向けた。
すると、佐々木くんは少しばかり照れた様子で笑みを浮かべたが、すぐに真剣な顔に戻る。
「ただ…今回はボス戦だから、いつもみたいに簡単にはいかないよね。敵の攻撃力もタフさも全然違うし」
優花が小さなメモ帳を取り出して、そこに書かれたボスの情報を見返している。
何度も確認した情報だけど、実際に相手を目の前にしてみると、今まで以上に慎重にならざるを得ない。
「優花が言う通りだ。ボス戦での死亡率は聞いたことがある。ここにいる僕たちの誰もが無傷で戻れる保証なんてない」
高木くんが淡々と、しかしどこか引き締まった表情で言った。
その言葉に、私たち全員が小さく息をのんだ。
彼の冷静な言葉が、私たちに戦いの厳しさを改めて実感させた。
「怖いっちゃ怖いよな。正直なところ、今だってちょっと手が震えてる」
佐々木くんが肩をすぼめて少し笑いながら言った。
その一言で、一瞬場が和むけど、全員が同じ気持ちを抱えていることは伝わってくる。
私も手を見つめてみたけれど、心臓の鼓動が速まり、落ち着かなかった。
「でもね、ここまで来たからには、全員で無事に戻りたいよね。必ず…生きて帰ろう」
優花が静かに言って、私たちは全員その言葉に頷いた。
彼女のその言葉が、私たちを引き締めてくれる。
誰もが帰りたい人がいる、そしてこの戦いに命を賭けている理由がある。
「橘、君の言う通りだよ。生きて帰る。それが…僕たちの使命だし、大切な人たちにとっても、それが一番の結果だ」
山下先輩が力強くそう言って、拳を固く握りしめた。
その様子に、私も頷いて応えた。
「よし、みんな、行こう。必ず全員で帰るんだ。私たちは一緒にここまで来たんだから、最後まで一緒だよ」
私は立ち上がり、仲間たちの顔を見渡した。
それぞれが微笑んでいるけれど、その目の奥には決意が宿っている。
私たちの仲間として、ここまで支え合ってきたみんながいる限り、きっと大丈夫だと思えた。
ゆっくりと息を整え、私たちはいよいよ扉の向こうにいるレッサーミノタウロスへと挑む。
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