第28話 初挑戦
取引所の扉を前にして、私は自然と足を止めてしまった。
目の前の重厚な扉には、鉄製の装飾が施されていて、まるで中世の騎士の城門を思わせる。
心臓が高鳴り、胸が苦しくなるのを感じながら、ふと振り返ると、山下先輩、優花、それに高木くんも、緊張した表情で私を見つめていた。
「入ろうか、橘」
山下先輩が低い声で言うと、私は小さく頷いて扉を押し開けた。
重い扉がゆっくりと開き、冷たい空気が私たちの顔に当たる。
中は、外から想像していた以上に広々としていて、壁一面に武器や防具が整然と並んでいる。まるで、武器の博物館に迷い込んだかのような光景だった。
「すごい…」
思わず口からこぼれた声は、少し震えていた。
さまざまな装備がずらりと並んでいる様子に圧倒され、私は一歩足を踏み出す。
カウンターの奥には店員がいて、顧客に対応している。
彼の背後にはさらに大きな棚があり、そこにも数多くの装備が飾られていた。
「思ってた以上に、色々揃ってるんだな」
山下先輩が店内を見渡しながら呟く。
その目には、鋭い意志が宿っているのが見て取れた。
私たちは、それぞれの目的に合った装備を手にするために、じっくりと品物を見て回ることにした。
「見て見て、美咲、ここにはトンファーもあるよ!」
優花が私を呼び、近くの武器ラックを指差した。
そこには、シンプルな木製のトンファーから、鋼鉄製のものまで、さまざまな種類が揃っている。
私は一つ一つのトンファーを手に取り、手の中でバランスを確かめた。少し重みがあるものの、鍛えられた材質とナックルガードのある形状は、確かな力強さを感じさせた。
「…これにしようかな」
トンファーを軽く握り、空手の型を思い浮かべながら、私はその感触を確かめた。
ナックルガードがついていることで、攻撃にも防御にも使いやすい。
これなら、魔物相手でも自分の技を活かせるかもしれない。
「いい選択だな、橘」
山下先輩が私の選んだトンファーを見て、微笑む。
先輩自身も、手に入れようとしている装備に目を向けていた。
「俺はこれだな」
山下先輩が手にしたのは、大きめのシールドだった。
シンプルでありながらも頑丈そうなその盾は、しっかりとした厚みがあり、彼の体格に合わせた大きさだ。
試しに手に取ってみせた彼の姿は、まるですでにダンジョンの戦士となったかのような風格があった。
「優花は何を選ぶの?」
私は隣にいる優花に尋ねた。
彼女は、少し小柄な体に合わせて軽量な革製の防具を手に取っている。
「私はこれがいいかな、軽いし、動きやすそうだから。サポート役に徹するなら、あまり重装備にはできないしね」
彼女が微笑みながら選んだのは、体にフィットするタイプのレザーベストと小型のバックパック。
これなら、回復薬や道具を携帯しつつも、動きの邪魔にならない。
そして、ふと視線を隣に移すと、高木くんが一つの小さなナイフを手に取ってじっと見つめていた。
「それがいいの?」
私が尋ねると、彼は小さく頷き、ナイフの刃先を慎重に指で撫でた。
「うん。手元で扱いやすいし、これなら細かい動きにも対応できる。それに、もし魔物が近づいてきても、自分を守るための手段にはなる」
彼がナイフを選んだ理由を聞き、私は改めて、彼の強い意志を感じた。
彼もまた、戦いへの覚悟を決めているのだ。
「じゃあ、これで決まりかな」
私たちはそれぞれに選んだ装備を手に取り、取引所のカウンターへと向かった。
「これで準備は整ったね」
優花が小さく微笑みながら言った。
彼女の言葉に私たちは頷き、それぞれに選んだ装備を確かめながら、ダンジョンへの第一歩を踏み出す準備を整えていく。
初めてのダンジョンへの挑戦の日がやってきた。
私たち4人は入口で息を飲み、あの冷たい空気に触れるのを感じた。
周囲を見回しながら、まだ緊張で体が強張っている。
「いよいよだね、みんな。心の準備はできてる?」
私が一歩前に出て言うと、高木くんが無言で頷き、優花も小さく微笑んで見せた。
「ふぅ…いざとなれば僕が盾になる。橘、前は任せてくれ」
山下先輩がしっかりとした声で私たちを鼓舞する。
階段をゆっくりと降りていくと、道の両側には石造りの壁が続き、足元の石畳が不思議と薄暗い光で照らされている。
何度も映像で見てきたはずなのに、実際にこの場にいるとまるで別の世界に踏み込んだような感覚だ。
「とにかく警戒を怠らないようにしよう。低層だからって油断すると痛い目に遭う」
優花が静かに警告をする。
その言葉に一同が緊張し、さらに気を引き締めた。
しばらく進んでいると、低い唸り声が聞こえてきた。
声の方向に目をやると、影の中から3体のゴブリンが現れ、私たちに向かってくる。
「来るぞ!構えろ!」
山下先輩が大声で叫び、すぐに私は戦闘態勢に入った。
ゴブリンがその汚れた手を伸ばしてきた瞬間、私は一歩踏み込んで空手の構えを取る。
「はあっ!」
気合を込めて、私は全力でゴブリンの胴体にトンファーを突き出す。
トンファーが直接触れた感触が伝わり、ゴブリンの頭が陥没する。
ゴブリンが後ろに吹き飛ばされる。
次の瞬間、血が吹き出し、ゴブリンが倒れたのを見て私は息を呑んだ。
(生き物を…殺してしまった…)
一瞬、胸が締め付けられるような感覚が襲う。
だけど、他のゴブリンがすぐに次の攻撃を仕掛けてくるのを見て、私はためらっている暇はないと気づいた。
「橘さん、後ろ!」
高木くんの声が背後から聞こえ、振り向くとまた別のゴブリンが私に向かって突進してきていた。
私も再び構え直し、右足を振り上げ、全力で蹴りを入れる。
ゴブリンは再び地面に崩れ落ち、息絶える。
それでもまだゴブリンはいる。
今度は山下先輩が前に出て、拳を握りしめ、私たちと並んで戦う。
彼の拳や盾が次々にゴブリンに打ち込まれるのを見ながら、私もさらに集中力を高めた。
「これで、終わりだ!」
山下先輩が叫び、最後のゴブリンに渾身の一撃を加えた。
その瞬間、ゴブリンは動きを止め、砂のように崩れて消えていった。
私たち全員がその場に立ち尽くし、ようやく戦いが終わったことを実感した。
私は手を見下ろし、拳が震えているのを感じた。
何度も道場で練習してきた拳が、今はこんなにも重く感じる。
倒したのはただのゴブリンかもしれないけれど、生き物を傷つけるという現実が頭にこびりついて離れなかった。
「みんな…無事、だよね?」
優花が静かに声をかけ、私たちは互いに無言で頷き合う。
「これが…ダンジョンの現実なんだな」
高木くんが小さく呟いた。
その言葉に誰も返事をすることができなかった。
私たちは、これから先、何度もこういう戦いを繰り返すことになるのだろう。
それを自覚しながら、私は心の中で自分を奮い立たせた。
「よし、行こう。この先にも敵がいるかもしれないけど…私たちならできる」
そう言って、私は前を向いた。ここで引き返すわけにはいかない。
家族を守るため、私はさらに深くダンジョンを進むことを決意した。
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