第27話 パーティ

放課後、いつもより少し遅くなった帰り道。

夕暮れの薄暗い道を歩いていると、コンビニの前で数人の男子が集まっているのが目に入った。

近づくと、それがサッカー部の田中 一樹とその仲間たち、大野 拓真、山口 大輝だということに気づく。


彼らの真ん中で、一人の男子が田中に押し込まれるように立っていた。

彼らに絡まれているのは、1年生のときに同じクラスだった高木 拓海だった。

拓海は今は別のクラスだけれど、塾が一緒なので少し親しい存在だ。

彼が困惑した表情を浮かべ、左右を見回しているのが見える。


どうやら田中たちが彼に何か絡んでいるようだ。

距離があったため内容までは聞き取れなかったけれど、彼が肩を押されるのを見て、思わず私は足を止めた。


「おい、お前、何ボケっとしてんだよ。あ?あんた、俺たちをバカにしてるってわけか?」


田中が高木の肩をぐいっと押し、彼は少しよろけた。


「そ、そんなこと思ってないよ。ただ…通りかかっただけだから、放してくれないかな…」


彼は冷静に返しているけれど、その声には少し怯えが混じっていた。


「口ごたえすんじゃねぇよ」


と田中が低い声で言い放つ。

後ろで、大野がニヤリと笑い、山口が田中の肩を叩いて楽しそうに笑っている。


拓海の顔に困惑と恐怖の表情が浮かんでいるのを見て、私は足がすくんでしまった。

昔、健太くんが私を守ってくれた時のことが頭をよぎる。

彼がクラスの男子に怒りをぶつけてくれたあの日、私もきっとこんなふうに怯えていただろう。

その後、健太くんが取っ組み合いの末に吹っ飛ばされ、私が巻き込まれたあの瞬間…あの時の怪我のことが、私の胸に小さな傷跡として残っている。


「さっさと謝れよ。お前、俺たちを見下してんじゃねえのか?」


田中の声が高くなり、拓海は戸惑いながらも何とか言い返そうとしている。

私はもう一度深呼吸して、足を進めた。


「田中くん、それくらいでいいんじゃない?」


私の声に田中たちは一斉に振り向いた。

田中は少し眉をひそめてから、不機嫌そうな顔でこちらを見た。


「おいおい、橘じゃねえか。お前、こんな所で何してんだよ」


彼の目が鋭く光るのを感じながら、私はできるだけ冷静に振る舞おうと努めた。


「何してるかは関係ないでしょ?もう夕方だし、拓海くんも家に帰りたいんじゃない?」


田中は一瞬黙り込んだが、後ろで大野と山口が小声で笑うのが聞こえた。


「そうだな、俺たちも帰るか。でも…橘、あんたさ、余計なことに首突っ込むと怪我するかもよ?」


彼がじっと私を見て、言葉の裏に威圧感を込めたその瞬間、心の奥でまた小さな恐怖が疼いた。

けれど、私はそれを振り払い、彼に真っ直ぐな目を向けた。


「拓海くん、行こう。私もそろそろ帰るところだったから」


私は拓海に目配せをして、歩き出した。

田中は舌打ちをして仲間に合図を送り、三人で去っていくのが分かった。

彼らの影が完全に見えなくなるまで、私は緊張が解けなかった。


「…助けてくれてありがとう、橘さん」


拓海が小さな声で礼を言い、私に軽く頭を下げた。


「いいの。…でも、本当は怖かったよ」


私は彼に微笑んで返したが、あのときの光景がまだ頭から離れなかった。

家へ向かう道すがら、心に重くのしかかる何かを感じつつ、拓海と無言で歩き続けた。

ダンジョンに挑戦する仲間を見つけることが、どれほど難しいことかを改めて痛感しながら。


その日の夜、私は自室で机に座りながら、一人思案にふけっていた。

窓の外には月が静かに輝き、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。

私は、昼間の出来事を思い返していた。田中くんとその仲間たち、そして困惑していた拓海くん。

彼らのやり取りの中で、私は自分の心に小さな疑念が芽生えているのを感じていた。


「ダンジョンに挑戦するには、田中くんみたいな人が必要なのかな…」


呟いてみるが、答えは返ってこない。

思えば、今まで私が接してきた人たちは、冷静で慎重な性格の人が多かった。

幼い頃からの友人たちも、周りのクラスメイトも、どちらかというと物事を慎重に考え、リスクを避けるようなタイプばかり。

だからこそ、宮下や鈴木、岡田も、ダンジョンに挑戦する話を持ちかけた時に、すぐに断られてしまったのかもしれない。


確かに、田中くんのように自分の力を信じて挑んでいける気の強さは大切だろう。

私が空手を続けているのも、自分を強くしたいという気持ちが根底にあるからだ。

けれど、田中くんたちのように無鉄砲に突き進むことが、果たして本当に正しいのだろうか。


「私の周りには、ああいう人はいない…」


静かに口に出した言葉は、やがて重みを増して心にのしかかってくる。

家族を守るためにダンジョンに挑みたい。

そう思っている私の気持ちは確かだけれど、仲間を集めることがこれほど困難だとは思っていなかった。


友人たちに断られたことを思い出し、胸の奥が痛む。

宮下や鈴木、岡田が心配してくれたのもわかるし、彼女たちにはその優しさがあるからこそ、私も彼女たちが大切だと感じる。

それでも、この先ダンジョンに挑むためには、もっと違う方向から仲間を探さなければならない。


「でも、どうやって…?」


ダンジョンは未知の場所であり、確実に危険が潜んでいる。

そんな場所へ誘うには、ただの友達関係では難しいかもしれない。

だけど、それでも諦めるわけにはいかない。


私は深呼吸して心を落ち着け、再び考え始めた。

もう少し、周りを見渡してみるべきかもしれない。

自分が思いもよらない場所に、もしかしたら同じような思いを抱えている人がいるのかもしれない。

今日のように偶然拓海くんを見かけたように、もしかしたら、周りの誰かが、私と同じくダンジョンに挑む理由を持っているかもしれないのだ。


明日から、もう一度、自分にとって最適な仲間を探すことにしよう。

そう思い、私はゆっくりとベッドに横たわった。

今日の疲れが体に染みわたり、瞼が重くなっていく。

けれど、心の奥にはまだ不安が渦巻いていた。

夢の中で何度も、田中くんたちの笑い声と、挑むべきダンジョンの暗闇が私を呼び続けている気がした。




翌日、塾の帰り道、私は中野優花に声をかけた。

優花とは他校で塾が一緒の友人であり、勉強熱心で知的な彼女にはいつも助けられている。

そんな彼女にこそ、今の私の気持ちを分かってほしいと思っていた。


「ねえ、優花。少し話せる?」


私がそう声をかけると、彼女は少し疲れた表情を浮かべながらも歩みを止めた。


「どうしたの、美咲?急に真剣な顔して…」


私は深呼吸をして、意を決して話を切り出した。


「実は…私、ダンジョンに挑戦しようと思ってるの。一緒に行かない?」


その言葉に、優花は目を見開いて驚きの声を漏らした。


「え?ダンジョンってあの…地下に続いてるダンジョン?冗談、じゃないよね?」


彼女の反応は私の予想通りだった。

慎重派の優花にとって、こんな提案はとんでもないことに違いない。で

も、私は真剣だった。


「うん。だって、今の世の中がどんどん変わってるって感じるから」


私は視線を落としながら続けた。


「それに、レベルアップが勉強や体力に役立つって聞いた。だから…この先の未来のために、どうしても挑戦したいんだ」


優花は戸惑ったように眉を寄せた。


「でも、美咲。ダンジョンって、噂だけでも危険がいっぱいでしょ?私たちが簡単に立ち向かえるようなものじゃないし、命だって危ないかもしれないじゃない」


彼女の不安そうな声が胸に響く。

もちろん、私も恐れていないわけではない。

それでも、何もせずにいる自分に対する焦燥感がそれ以上に強かった。


「優花、分かってるよ。でも、私はどうしても強くなりたいんだ。だから、どうか一緒に行ってくれない?」


そのとき、後ろから声がした。

優花の彼氏である高木拓海が近づいてきたのだ。

彼は私の隣に立ち、優花に声をかけた。


「なあ、優花。橘が言ってること、僕も理解できる気がするよ」


高木は私に視線を移して、少し微笑んでくれた。


「実は…この前のコンビニの件もあってさ。自分が無力だってことを痛感したんだ。美咲が来てくれなかったら、きっと僕はあいつらにやられてた」


高木は、田中たちとコンビニで揉めていたときのことを思い出しながら、視線を落とした。


「だから、僕も強くなりたいと思ったんだ。それに、橘に借りができたままじゃいけないしね。ダンジョンに行って力をつけるなら、僕も協力するよ」


その言葉を聞いた優花が、心配そうに高木を見つめる。


「でも、二人とも、何があるか分からないのよ?危険だって分かってるなら、無理に挑戦する必要はないわ…」


高木は優花の手を握りしめ、優しい表情で彼女を見つめた。


「大丈夫だよ、優花。確かに危険だけど、ただ勉強してるだけでこの先も通用するのか不安なんだ。僕も橘も、少しでも成長したいと思ってる。それに、レベルアップが勉強にも役立つって話を聞いて、少しでも自分を変えられるかもしれないって思ったんだ」


彼の言葉に、優花は少し悩んだ様子だった。

彼女は私たち二人の決意を感じ取ったのか、やがて小さく頷いた。


「分かった。でも、絶対に無茶はしないで。計画的に、安全に進めることを約束してくれるなら…私も一緒に行くわ」


優花のその言葉に、私は思わずホッと息をついた。

やっと仲間を見つけられた気がしたのだ。

高木も笑みを浮かべて私たちを見つめる。


「よし、決まりだね。協力して、ダンジョンに挑もう」


ダンジョンの先に何が待っているかは分からないけれど、こうして仲間がいることで、少しだけ勇気が湧いてきた気がした。

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