第26話 勧誘

放課後、私は宮下 莉奈と一緒に下校していた。

彼女とは中学からの親友で、私の行動や気持ちにすぐ気づいてくれる存在だ。

その分、何を話しても受け止めてくれる安心感があるから、まずは莉奈に相談しようと思った。


二人で学校を出て、少し歩きながら私はふと口を開いた。


「ねえ、莉奈、ダンジョンって…どう思う?」


莉奈は不意をつかれたように一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに興味深そうに顔を傾けた。


「ダンジョン? うーん、正直ちょっと怖いかな。だって、あんな得体の知れない場所に入るなんて普通じゃ考えられないし」


彼女の答えに少し胸が詰まる思いがした。

けれど、このまま終わらせるわけにはいかない。


「…実は、私、ちょっと行ってみたいと思ってるんだ。ダンジョンに挑戦して、何かを得たいって」


私が真剣な顔でそう言うと、莉奈は足を止めて、じっと私の顔を見つめてきた。


「美咲、本気なの?なんでそんなこと急に言い出したの?」


少し驚いたような、けれども心配するような声だった。

彼女の目には不安の色が浮かんでいる。


「うん、本気。最近、ダンジョンでレベルアップした人たちがすごく注目されてるでしょ?私も強くなりたいって思うようになったんだ」


私はできるだけ真剣な顔で伝えた。

本当の理由を言うつもりはなかったけれど、自分を変えたいという気持ちは本当だった。


莉奈は目を伏せ、少し考え込むような表情を浮かべた。


「でもさ、美咲、ダンジョンってやっぱり危険な場所なんだよ?この前も誰かが行方不明になったってニュースで見たばかりじゃない。もし美咲が何かあったら、私は…私は耐えられないよ」


彼女の言葉はとても真剣で、その優しさが痛いほど伝わってきた。

私は何も言えなくなってしまい、ただ下を向いた。


「ねえ、美咲、私、気持ちは分かるんだけど…一緒に行くのは無理かもしれない」


莉奈は優しく肩に手を置いてくれた。

その手のぬくもりに、私は胸が締め付けられるような思いを感じた。


「ごめん、無理させちゃったね」


少し震える声でそう言うと、莉奈は首を横に振り、温かい微笑みを浮かべてくれた。


「いいの、気持ちは嬉しいよ。でも、無茶はしないでほしい。それに、美咲が行くなんて、何かあったら…私たちだけじゃなくて、家族だって心配すると思うから」


彼女の言葉がじんわりと胸に染み込んでくる。

私の中には決意があったけれど、同時にそれを周りに理解してもらうことの難しさを痛感していた。


そのまま莉奈と歩き続け、やがて別れ道に差し掛かった。

私は微笑みながら彼女に手を振り、再び気持ちを引き締めた。


どれだけ周りが反対しても、やっぱり私は自分の道を進むしかない。

そんな思いを胸に、私はひとり家路へと向かった。


翌日、放課後の廊下で荷物をまとめていると、鈴木 奈央がそっと近づいてきた。

彼女はクラスメイトの中でも特におっとりしていて、いつも温かい雰囲気をまとっている。

私の横に立ち、小さな声で話しかけてきた。


「美咲ちゃん、ちょっといい?」


彼女の優しい声に振り返ると、奈央は少し心配そうな顔をしていた。


「どうしたの?」


私は軽く微笑んで返事をする。すると、奈央は周りを少し気にしながら、少し低い声で話を続けた。


「昨日ね、莉奈ちゃんから聞いたんだけど…美咲ちゃん、ダンジョンに行きたいって言ってるって本当?」


その質問に私は小さく頷いた。

昨日、莉奈と話したことがもう奈央にも伝わっているとは思わなかったけれど、反対されるだろうという覚悟はしていた。


「うん、行きたいと思ってる。でも、ただの気まぐれじゃなくて、本気なんだ」


私が真剣な目でそう伝えると、奈央は小さくため息をつき、困ったように眉を下げた。


「本気なのは分かるけど…美咲ちゃん、ダンジョンは普通の場所じゃないんだよ?危険なことがいっぱいあるって、ニュースでも言ってたし。なにより…心配なの」


奈央の言葉はどこか震えていて、その心配が真剣なものだというのがひしひしと伝わってきた。


「奈央ちゃん、私は自分を強くしたいんだ。だから、誰かと一緒に行こうと思ってるんだけど…一緒に行ってくれない?」


彼女の反対を覚悟しながらも、私は誘いの言葉をかけた。

すると、奈央は少し目を丸くして私を見つめ、すぐに首を横に振った。


「ごめんなさい、美咲ちゃん。私は…やっぱり怖いから無理。ダンジョンに入るのは私には向いてないと思う。美咲ちゃんには悪いけど、家族も反対するだろうし…」


彼女の言葉には、迷いがない。

いつも穏やかで優しい奈央が、しっかりと自分の意思を持っているのが伝わってきた。


「分かった、無理を言ってごめんね。奈央ちゃんには無理させたくないし、理解してくれるだけで十分だから」


私は微笑みながら答え、奈央の気持ちを尊重することにした。

彼女も少しほっとした表情を見せ、手を軽く握り返してくれた。


「美咲ちゃんが行くのは心配だけど…でも、美咲ちゃんのことだから、きっとその分真剣に考えてるんだよね。何か困ったことがあったら、いつでも相談してね」


奈央のその言葉に、私は少しだけ胸が温かくなった。

理解を得られなくても、友人たちが自分を心配してくれているのが心強く感じられる。


「ありがとう、奈央ちゃん。その言葉だけで、頑張れる気がするよ」


そう言いながら、私はそっと奈央の手を離した。

彼女は静かに頷き、私たちは教室を後にした。

一緒にダンジョンに挑むことはできないけれど、それでも彼女が支えてくれるという安心感が、私の中で確かなものとして残っていた。

奈央と話をしていると、教室の後ろから岡田 茜が鞄を持ちながら、こちらに向かって手を振りながら近づいてきた。


「ねえ、二人とも、今から一緒にカフェに行かない?今日はちょっとゆっくりしたい気分でさ。おいしいスイーツのお店を見つけたんだよね」


彼女はいつものように楽しげな笑顔を浮かべ、手元のスマートフォンを私たちに見せた。

画面には、おしゃれなカフェのメニューが映し出されている。

奈央は少し躊躇いながらも目を輝かせ、私もその誘いに乗ることにした。


「いいね、行こうか」


そう言って私たちは荷物をまとめ、カフェに向かって歩き出した。



カフェに到着すると、店内は心地よい音楽と香ばしいコーヒーの香りに包まれていた。

私たちは窓際の席に座り、それぞれ飲み物とデザートを注文した。

しばらくおしゃべりをしていると、自然と話題がダンジョンのことに移っていった。

茜が興味深そうに目を輝かせながら、私に話しかけてきた。


「ねえ、ところで、さっきの話だけど…美咲、本気でダンジョンに挑戦するつもりなの?」


茜の問いに、私は一瞬ためらいながらも、しっかりと頷いた。


「うん、考えているの。まだ確実なことは言えないけど、自分を強くしたくて」


すると、茜は興味津々の様子でこちらをじっと見つめながら頬杖をつき、スマートフォンをいじりながら情報を探し始めた。


「ダンジョンに挑戦するなんて…やっぱり面白そうだよね。でも、聞いたことある?ダンジョンの中で発見されるアイテムとかレアな素材、結構高額で取引されてるみたいだよ」


そう言いながら、彼女はネットで見つけた情報を私たちに見せてくれた。


「うん、それも知ってる。でも、それだけじゃなくて、私自身も成長できる場所だと思うの。茜も一緒に挑戦してみない?きっと、面白い経験になると思う」


私は思い切って茜を誘ってみた。

彼女の知識欲旺盛な性格から、もしかしたら一緒に挑戦してくれるかもしれないと思ったのだ。

しかし、茜はすぐに首を横に振りながら、少し微笑んだ。


「ごめん、美咲。興味はあるんだけど、実際にダンジョンに入るとなると話は別かな。私は知識を集めたり、こうして調べるのが楽しいだけで、実際にあの危険な場所に行く勇気はちょっとないんだよね」


彼女の言葉は冷静で、少し自嘲気味に笑う表情が浮かんでいた。

いつもなら知識を貪欲に集める彼女でも、実際の危険には慎重な態度を取っているようだ。


「そっか、分かってるよ。無理を言ってごめんね。でも、調べたことをシェアしてくれるだけでも、すごく助かるんだ」


私は少し申し訳なさそうに頭を下げながら答えた。

茜も笑顔で返し、私の手を優しく握ってくれた。


「うん、美咲のことは応援してるから。だから、気になる情報があればどんどん調べて教えてあげるよ。絶対、役に立つことがたくさん見つかると思う」


その後、私たちはカフェのデザートを味わいながら、気ままなおしゃべりを続けた。

茜も奈央も、一緒にダンジョンに挑むことはできなかったけれど、こうして私を応援してくれる仲間であることは変わらない。

そのことが私にとって、どれだけ大切で心強いものか、改めて感じながら帰路についた。学校で仲の良い三人に断られたことが、家に帰ってからじわじわと重くのしかかってきた。夕飯を食べ終わり、自室に戻った私は、静かに机に向かいながら思わずため息をついた。


どうして、私はみんなに断られてしまったんだろう…?


思い返すと、私がダンジョンに行きたいと話した時、三人とも驚いていた。

宮下は笑顔で「やめなよ、危険すぎるよ」と言ってくれたし、鈴木も静かに反対してくれた。

そして、岡田は興味深そうに聞いてくれたけれど、結局は断った。

それぞれが優しく私を引き止めてくれる言葉だった。

でも、そんな彼女たちの表情の奥には、私がこの無謀な計画を持ちかけたことへの戸惑いや心配が滲んでいたように思う。


…確かに、普通の高校生がダンジョンに挑むなんて、無茶なことなのかもしれない。


そう考えると、重苦しい気持ちが胸の奥からじわじわと広がっていく。

ダンジョンの出現が街をざわつかせてからというもの、多くの人が興味本位で情報を集めたり、テレビで放映されたダンジョン探索の映像を見ていたりした。でも、現実としてその中に足を踏み入れることは、私たちにはとても遠いものだったのだ。


…だけど、どうしても私は。


胸の中で、静かに湧き上がる焦燥感が、諦めることを許さない。

父の仕事のこと、家のこと。

これからどうなるのか分からない不安が私を突き動かしている。


そうしてまた、ふと考えた。

パーティを組むといっても、それがどれだけ難しいことなのかを、今更ながらに痛感していた。

どんなに友人たちに声をかけても、自分一人の気持ちだけでどうにかできるものではない。

私のような普通の高校生にとっては、そんな決断をすること自体が、並大抵のことではないのだ。


けれど…今、私が一歩踏み出さなければ、きっと変わらない。


深いため息をつきながら、私は窓の外を見つめた。

夜空に浮かぶ月が、静かにその姿を映している。

暗い夜空の中に輝く月は、まるで私に一歩踏み出す勇気を与えてくれるような気がした。

そうだとしても、今はまだ道が見えない。

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