第15話 拓也の秘密と決意
新型探索ロボットG型のおかげで、僕たちは効率よくダンジョン探索を進めていた。
G型は、狭い隙間を抜け、ダンジョン内で回収した宝箱から貴重なアイテムを次々と持ち帰ってくる。
手応えを感じながら僕たちは、次なる探索のための計画を練り続けていたが、ラットやG型ではどうしても限界があった。僕たち自身はレベルアップできないし、魔物を倒して得られる素材や貴重な経験値を手に入れることもできない。
そんな中、拓也が珍しく浮かない顔をしているのが気になった。
彼はいつも冷静で、僕たちが迷った時には率先して次の方針を提案してくれる頼れる存在だ。
しかし、この頃の拓也は、どこか気が散っているようで、僕たちの会話にも集中できていない様子だった。
ある日の放課後、僕たちは次の探索計画について話し合っていたが、拓也は終始黙り込み、考え込んだ表情のままだった。
「拓也、どうしたんだ?今日はいつもと違う感じがするけど」
僕が問いかけると、彼は一瞬こちらを見たものの、すぐに視線を外してしまった。
「別に…大したことじゃない」
拓也は小さな声で答えるだけで、また黙り込んでしまう。
「そんなわけないだろ。普段なら、こんなに暗い顔をしていないだろう?何か悩んでいることがあるなら、話してくれよ。俺たちは仲間なんだから」
洋介も心配そうに声をかけたが、拓也はただ黙り続けるだけで、僕たちの質問に答える気配はない。
「どうして話さないんだよ。お前、いつもは冷静にいろいろ考えてくれるのに、どうしたんだ?」
僕は思わず苛立ちが募り、強い口調で問い詰めてしまった。
僕たちは互いに支え合ってきた仲間だ。
なのに、拓也がこんなにも頑なに黙り込んでいるのは、僕にとっても苦しかった。
「…お前たちには、関係ない」
拓也がぽつりと呟いたその言葉に、僕はさらに苛立ちを感じてしまった。
「関係ない?仲間なのにか?拓也、お前のことを信じてるから話してるんだ。それなのに何も話さないで、ただ黙っているなんて…僕たちを信じてないってことか?」
僕は自分の中の感情が抑えきれず、言葉に怒りを込めてしまった。
すると、拓也は顔を上げ、声を震わせながら言った。
「そんなことはない…お前たちを信じてないわけじゃない。でも…でも、話したらもう戻れなくなるような気がして…」
僕と洋介は驚き、言葉を失った。
拓也はやがて深呼吸をし、僕たちの前で静かに話し始めた。
「…妹が、突然倒れたんだ。彼女は、足先から少しずつ石化していく病気にかかってしまった。医者も、今の医学では原因が分からないと言っていて、通常の回復薬では治せないらしい」
「石化…って、まさか…」
僕は愕然とした。
石化病は、噂に過ぎないとされているが、足先から少しずつ石のように固まっていき、やがて全身が動かなくなるという。
僕はそれが都市伝説のようなものだと思っていたので、拓也の口から聞いた時、信じられない思いだった。
「今はまだ症状が軽い。少しずつだけど、確実に進行しているらしい。このままだと…このまま進めば、3年後には完全に石像になってしまうそうだ」
拓也の目には涙が浮かび、その瞳は深い苦しみで満ちていた。
「拓也…」
僕も洋介も言葉を失い、ただ彼を見つめることしかできなかった。
「医者にももう打つ手がないと言われた。でも…噂でしかないけど、ダンジョンの奥深くに『エリクサー』があると聞いたんだ。それがあれば、どんな病も治せるかもしれないって。分かってる、ただの噂かもしれない。でも…今の僕には、それに賭けるしかないんだ」
拓也の声は震えていたが、その目には確固たる決意が宿っていた。
彼は自らの信じる希望にすがりつき、妹を救うためにエリクサーを手に入れようとしている。
その気持ちが痛いほど伝わってきて、僕は胸が締め付けられるような思いだった。
「だから…僕はダンジョンの深層に行く。ロボットでは得られないアイテムがそこにはあるかもしれない。僕が自分で行って、妹を救える可能性が少しでもあるなら、どんなリスクだって構わない」
拓也が涙を拭いながら、僕たちをまっすぐに見つめて言った。
「おれも行くよ。拓也、俺たちは仲間だ。妹さんを救うために、できることを一緒にやろう」
洋介が力強く答え、僕も大きく息を吸い込んで頷いた。
「分かった。僕も協力するよ。エリクサーが本当にあるかどうか分からないけど、僕たちで探しに行こう」
僕は彼の肩に手を置き、決意を込めて言った。
拓也は小さく微笑み
「ありがとう…ありがとう、健太、洋介」
と、感謝の気持ちを込めて頷いた。
拓也から真剣な顔で「妹に会ってくれ」と頼まれたのは、僕たちがダンジョンに挑む決意を固めた翌日のことだった。
拓也は今までにないほど強い目をして、僕と洋介に真剣な表情で言ったのだ。
「彼女はこのことを知っている。自分がどうなるかも分かっているんだ。でも、どれだけ頑張ろうとしても、時々怖くてたまらなくなるみたいで…僕一人だけじゃ支えきれないんだ。だから、お前たちにも会ってほしい」
彼の思いを感じた僕たちは、すぐに拓也の妹のお見舞いに行くことを決めた。
拓也が頼んでくれるのなら、僕たちもできる限りのことをしたいと思った。
病院に到着し、静かな廊下を歩いていると、拓也の足取りが少しずつ重くなっていくのが分かった。
僕と洋介も無言で彼についていき、ついに拓也の妹がいる病室の前に立った。
拓也は深呼吸をしてからドアをノックし、ゆっくりと病室に入った。
ベッドの上には、拓也の妹が座っていた。
彼女は、兄に似た優しい顔立ちで、長い髪が枕元に広がっていた。
部屋にはたくさんの花が飾られ、彼女がどれだけ大切にされているかが感じられた。
「こんにちは、はじめまして。拓也の友達で、佐藤健太です。そして、こちらは中村洋介」
僕は静かに声をかけた。彼女は僕たちを見て、薄く微笑みを浮かべた。
「お兄ちゃんの友達なんだね。来てくれてありがとう。私は高橋咲良っていいます」
彼女は柔らかい声で、しっかりと僕たちに挨拶をしてくれた。
意識しているのか分からないが、彼女は精一杯笑顔を作ろうとしているように見えた。
その笑顔がかえって痛々しく、僕たちは何も言えなくなってしまった。
「咲良、元気そうじゃないか」
洋介が、少しでも明るい雰囲気にしようと声をかけたが、彼女の表情にはどこか儚げな影があった。
「うん、今はまだ元気。普通に話してると、まるで病気なんてないみたいに感じるけど…」
彼女は一瞬、足元に目を落とした。
彼女の足元には、軽いブランケットがかけられていたが、よく見ると、彼女のつま先から足の甲にかけて、肌がわずかに硬く、薄い石のようになっているのが見えた。
「…これ、もう治らないんだって。どれだけ頑張っても、足先から少しずつ固まっていくんだって」
彼女の言葉は淡々としていたが、その目には、どこか不安と恐怖が滲んでいた。
僕たちは言葉を失い、ただ静かに彼女の話を聞いていた。
すると、咲良は急に笑顔を作り、話を続けた。
「でも、医者の人が言ってたの。あと3年くらいは普通に動けるって。だからそれまでに、できるだけ楽しいことをして過ごそうって思ってるんだ。お兄ちゃんも…それに、あなたたちも来てくれて本当にありがとう。こんな状況だけど、笑顔でいたいから」
彼女は微笑みながら話し続けていたが、その目にはどこか無理をしているような様子が伺えた。
僕は胸が締めつけられるような思いだった。
彼女は自分の体が少しずつ固まっていく恐怖と向き合いながら、気丈に振る舞おうとしている。
でも、その笑顔の裏には、どうしようもない不安が潜んでいるのが痛いほど分かった。
そして突然、彼女は顔を伏せ、肩を震わせながら小さな声で言った。
「…でも、本当は…怖いの。すごく、すごく怖いの。どんなに笑おうとしても、夜になると怖くてたまらないの…このまま、いつか動けなくなるのかって考えると、どうしようもなくて…」
彼女の声は次第に震え、そして堪えきれないように涙がぽろぽろと頬を伝い始めた。
僕たちは動けなくなり、ただ彼女の泣き声を聞くことしかできなかった。
拓也がそっと彼女のそばに寄り添い、優しく肩に手を置いた。
「咲良、大丈夫だよ。僕が必ず何とかする。君がこのまま石になんてならないように…お兄ちゃんが、絶対に助けてみせるから」
拓也の言葉には確固たる決意が込められていた。
彼がどれだけ苦しみ、どれだけ悩んでこの言葉を口にしているか、僕たちには痛いほど分かった。
「…本当に?お兄ちゃん…絶対、助けてくれる?」
咲良が泣きながら問いかけると、拓也は力強く頷いた。
「約束する。僕が必ず君を助ける。だから、もう少しだけ頑張ってくれないか?」
彼の言葉に、美咲は少しだけ微笑みを取り戻したが、まだ不安が完全に消えたわけではない。
彼女は涙を拭き、深呼吸をして僕たちを見上げた。
「ごめんね、こんな姿を見せちゃって…でも、ありがとう。あなたたちが来てくれて、少しだけ安心できた気がする」
彼女は、か細い声でそう言って、僕たちに感謝の言葉を伝えてくれた。
その日の帰り道、僕たちは無言で病院を後にした。
咲良が抱える恐怖と、拓也がそのために背負った覚悟を目の当たりにして、僕たちもまた深い決意を固めた。
どんなに危険な道であっても、どれほど困難が待ち受けていようとも、僕たちはエリクサーを手に入れて彼女を救いたい。
そして、仲間である拓也のために、僕たちは必ずやり遂げるのだと心に誓った。
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